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 俺が生まれ育ったのは埼玉の片田舎にある岡部村と言うところだ。今は市町村合併で名前が変わったらしいが、どんな名前に変わったかは知らない。市町村合併後に母親が亡くなり葬式で一度戻ったきりだ。もう10年も前のことだから多少は変わったのかも知れないが少なくともその当時の印象は俺が小さい頃からほとんどなにも変わってなかったということだ。最寄り駅は無駄なくらい立派になったが少し離れると小さな住宅が建ち並ぶ昔からの団地を抜け、あっという間に田圃ばかりの農村になる。多少は新しい家も建ってはいるがほぼなにも変わってない。たまに昔の風景と変わったと思えるところも有るが、昔営業していた小さな商店とか自転車店が潰れて廃墟になっているくらいだ。火葬場に向かう霊柩車に乗っているとき、昔の友達の家の前を通るとその古ぼけた茅葺き屋根の家は跡形もなくなり、小さな家が何件か出来ていた。親戚の叔父に聞けば、借金で売り払ってしまったとのことだ。本人は仕事もせずぷらぷらしてたという事だから自業自得だと叔父は苦笑いをしていた。

 母親の火葬中、対して仲も良くない親戚たちに囲まれしのぎの寿司をつついていると、しきりに今は何をしているだの、なんだのとしきりに話しかけられるが元々口べたな俺はろくに会話も出来ず、たちまち会話も終わる。そうなると皆つまらない奴だと思いはじめてやがて俺を放って会話を続ける。このアウェー感にいたたまれなくなる。今にも逃げ出したい俺はトイレにいくのを口実に場を離れた。トイレの後もあの連中の中にいくのも憂鬱な俺は、予算不足なのか手入れもされてない火葬場の庭園で久し振りにそこの自販機でたばこを買って火をつけて吸った。もちろんライターなど持ち合わせてなかったが、勝手に誰かが置いていったマッチを拝借して使った。そういえばマッチなんて何年ぶりに使っただろうか? 子供の頃の花火遊びか? 覚えていない。

「勲よう!おめえは相変わらず変わりもんだな」聞き慣れた声がすると思ったら再従兄弟の猛だ。此奴とは学年も同じで小さい頃のつきあいだ。だが単に親戚だからというだけで此奴とは特段仲がいいわけではない。むしろ嫌いだった。たいして頭も良くないくせに、いやむしろ馬鹿のくせにいつも上から目線で人をなめ腐っているのが特に腹立たしかった。俺は地元から少し離れた中程度の進学校に通っていたが、此奴はこの辺の底辺校である熊谷農業に進学したが一年の二学期ごろに先生を殴って退学になってる札付きの悪だった。もちろん深夜に盗んだバイクで暴走を繰り返して何度も逮捕されているような奴だ。十七歳で女を孕ませて結婚してから暴走はおとなしくなったが、女癖も悪く三回も離婚と結婚を繰り返している。俺から見たらたいしてかっこいいとは思えないがこの手の輩が好きな女は一定数いるんだろう。そうでなければ三度も結婚なんかしない。

「なあに、こんなところでたばこ吸ってんだい? おまえ、喪主だべ?」と言いながら奴は右手でブイサインをして俺の目の前に手を突きだしてきた。たばこをよこせって事か? 相変わらず卑しい奴だ。

「俺は喪主じゃない。兄貴だ」俺はたばこの火を消して引き返した。此奴と居るくらいなら、おっさんたちの話でも聞いていた方がまだいい。十年の時を越え、ふと、猛の変わり者という言葉が脳内にフィードバックしてきた。そう言えば俺は子供の頃から変わり者だったんだな。その頃まで、おかしいのは周りの奴らで、俺は普通だって思いこんでいた。今考えるとそれって典型的な精神異常者の思考じゃないか? 俺は当時の自分が滑稽というか哀れに思えてきた。あの時に気がついていれば、まだ良かったかも知れない。いや、やはり手遅れだ。既にあの時点でポイントオブノーリターン、引き返せないところまで落ちていた。だが、その当時はまだ望みを持っていた。何の根拠もない癖に。

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