過酷な旅路

 とにかく逃げないと、カールは死んじゃう……。


 ああ、でも……。

 どうしてこんなことになっちゃったの?

 デューン、私、ただあなたに贈り物がしたかっただけなのに。


 ――デューン……。


「くしゅん!」

 くしゃみした勢いで、シーラは目覚めた。

 毛布にくるまって寝てみても、砂漠の夜は寒かった。星がまるで降るようで、何だか怖いほどである。

 少しでも村から離れなければ……と思って、馬車を進めていたら、草木がまったくない場所に出てしまったのだ。

 何度か車輪が砂地に埋まり、動かなくなった。満足に飼葉を与えられていない馬たちは、かなり消耗していた。

 夕方になり、この何もない場所で一夜を過ごすことにした。

 馬車の下から、カールの苦しそうな声が響いている。

「……俺……殺される。俺、人殺しだ……」

 彼は、シーラと一緒に寝るのは罪だといって、馬車の下で毛布にくるまっていた。だが、寝付けないのだろう。うなされている。

 その声を聞いて、シーラは心細さを打ち捨てた。

(私がしっかりしなきゃ! カールを殺させなんかしない。絶対に無事に逃がしてあげるわ)

 でも、自分がそのあとどうするか、などという頭はなかった。

 シーラは馬車を降りると、二枚使っていた毛布の一枚を、カールにかけてあげた。そして、自分は残りの一枚をすっぽりと被り、ずっと星を見続けていた。


 翌朝、シーラは馬車に積んでいた最後の乾草を馬に与えた。

 朝のうちに草のある場所に移動しないと、馬たちも限界だろう。すでに、二頭のうちの一頭は馬車を引く元気がなく、バランスがとれなくなっていた。

 思い切って馬車を一頭立てにするしかない。そして……。

「カール。私、この馬を引いて歩くから」

「で……でも、お嬢様」

「平気、平気! 私、馬車は操れないから、お願いね」

 カールは、すぐには返事をしなかった。彼の顔は土色で、目の下にはクマがあった。結局、ほとんど寝ていないのだろう。

「……お嬢様。駄目だ」

 逃亡して、初めてカールがシーラに異論を唱えた。

「え? どうして? それしかないわ」

「そうかもしれないが、そうしたって、この砂漠はわたれねえ。馬車を捨てて、身軽になって、村に戻るしか、助からねえ」

「駄目よ! 絶対に!」

 シーラは叫んだ。

 村に戻るということは、カールが人殺しとして捕まり、死罪になるということだ。それだけは、何があってもさけなければならない。

「諦めないで逃げましょうよ! きっとどうにか……」

「甘い事言うな!」

 カールに突然怒鳴られて、シーラは目をぱちくりした。

 おとなしくて小心者の少年が、目を血走らせて怒鳴るのを見るのは初めてだった。

「お嬢様、いいですか? このまま進んだって、俺らは動けなくなって死ぬんだ。馬も死ぬ。でも、村に戻れば、俺は死罪かも知れないが、馬とお嬢様は助かるかも知れねえ」

「駄目よ、カール。あなた一人では死なせない。死ぬなら、このまま砂漠を突き抜けて、あなたと一緒に死ぬことを選ぶ」

「馬鹿野郎!」

 ぱしっと音。

 シーラは、頬に熱いものを感じた。

 じんじんしている。生まれて初めて、平手でぶたれたのだ。

「俺は平民だ。でも、お嬢様は貴族だ。たった一人の身じゃねえ! 俺はのたれ死んでも母さんが泣くだけだ。だが、お嬢様は違う。モアラ家とデルフューン家の関係はどうなる? 若様の名誉はどうなる? ちゃんと、しっかり考えろ!」

 今まで情けない姿ばかりをさらしてきたカールに怒られて、シーラは目が醒めたような気がした。


 ――私ひとりの……身じゃない。


 舞い上がっていたのだ。

 なりゆきでこのようなことになり、おろおろするカールを見て。

 どうすればいいのかわからなかった。ただ、カールを助けたい一心で、舞い上がっていた。

 カールを助ける英雄気分にひたっていただけで、本当は自分の身に何が起きているのか、考えたくなかったのだ。

 シーラは、デルフューン家とモアラ家の悪口を聞いて、腹を立てた。

 だが、このままカールと逃げて死ねば、その悪評をますます増長することになる。シーラの評判は、そのままモアラ家の――デューンの評判にも直結している。

 そして、この期に及んで、初めて、自分の行動がデューンに迷惑をかけていることに気がついた。 

(デューン……。きっと心配している)

 そう思えば、急に恋しくなった。

(でも……今日はもう学校に戻ったわよね)

 会いたくて会いたくて会いたくて、たまらなくなってきた。

 じんじんする頬に、熱い涙がつつつ……と落ちた。

「わかったわ。あなたの言う通りにする。カール」

 こうして、カールとシーラは、馬車を捨てて、馬に乗り、来た道を引き返すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る