駆け落ち騒動

「カール! いったいどこへ行くの?」

 猛スピードの馬車は、道なき道を走っていた。

 シーラは、激しい揺れに舌を噛みそうになりながらも、後ろから追手がこないかどうか、見張っていた。

 道ばたに落ちた石に乗り上げ、馬車は止まった。

「くそっ! くそっ!」

 焦るカールは、何度も馬に鞭を当てたが、馬は嘶くだけで前に進まなかった。

「駄目! もう馬がかわいそう」

 シーラがすがって止めると、カールは鞭を置いた。手から、カールの震えが伝わっていた。

「俺……人殺しだ。俺……どうしよう……」

 カールは、しくしく泣き出した。


 ――私のせいだわ。

 カールは、私を守ろうとしただけですもの。


 シーラは泣けなかった。

 むしろ、カールを救うのは、自分しかいないと思い、妙に冷静になれた。

「とにかく逃げるしかないわ。捕まったら、死罪だもの」

「で、でも……お嬢様は……」

「私だって、同罪よ。むしろ、私がしようとしたことを、ただあなたは実行しただけですもの」

 カールは、鼻水を流しながら、泣き続けた。

「俺、どうしたらいいんだ」

「まずは、逃げて隠れるの。そして、知らない土地に行って、そこで暮らすしかないわ」


 土地感のないシーラには、ここがどこだかわからなかった。

 カールに聞こうとしても、無理だった。母親とは正反対の小心者の少年だ。すっかり、自分を失っている。

 危険な動物がいるかも知れない。でも、馬を休ませて、草を与えないといけない。

 かなり走ったので、オアシス地域を抜けそうな場所まできたのかも知れない。あたりは、荒れていて、馬が食べられそうな草らしい草がない。積んでいる乾草だけが、たよりだ。

「カール。馬車を下げることはできる?」

 カールは、泣きながらもうなずき、馬車を動かせる状態にした。

「とにかく隠れなくちゃ……。捕まったら、大変だわ」

 でも、捕まるより砂漠に迷うほうが大変だということを、シーラは知らなかった。




 その頃、モアラ家では、シーラの外出――いや、家出に気がついて、大騒動になっていた。

 お腹が痛い……ということで、デューンが心配して部屋を訪ねたら、シーラはいなかった。慌てていろいろ調べたら、馬車が一台なくなっていて、カールも消えていた。

「村に買い出しに行くといって……戻ってこないんですよ。おかしいですね」

「おかしいといえば……今日のシーラは、何かそわそわしていておかしかった」

「そういえば、カールのヤツ。どこか、おどおどしていて、おかしかったですよ」

 そのような時に、村へやった使いが戻って来た。とんでもない情報を持って。

 たんこぶを作った男が、シーラとカールを見たというのだ。

 シーラとカールは、この男が死んだと思い込んだが、頭を打って失神していただけなのである。ウーレン族は、そう簡単には死にはしない。

「いやはや……もう。急に殴り掛かってきたかと思ったら、逃げ出して……。ありゃ、何か後ろめたいことでもあるんですかね?」

 当然のことながら、喧嘩相手の男は、自分たちが話していた不利な内容など、デューンに言うはずがない。

 デューンが得られた情報をまとめると、ふたつのことしか浮かばない。

 カールによるシーラ誘拐か……もしくは。

「ありゃ……駆け落ちですかね?」

「安易にその言葉を使うな」

 デューンにすごまれて、男はたじたじとなった。

 男は、見舞金と称して金を受け取り、そわそわしながら帰って行った。別名、口止め料ともいう。


 まだ七歳の少女だ。駆け落ちであるはずはない。

 だが、カールとともに家を出たのは、まぎれもない事実。


 二人を捕まえて、処分しなければならなかった。

 誘拐であれば、カールは死罪。駆け落ちであれば、シーラもだ。

 ウーレン族は、名誉を傷つけられることを嫌う。婚約者に別の男と逃げられることは、最大の侮辱。許されることはない。

「嫌だとは言われていたが……そこまで嫌われていたとはな」

 デューンは、帰ってゆく男の後ろ姿を見送りながら、小さくつぶやいた。



「デルフューン家には連絡するの?」

 デイオリアが心配そうに聞いた。

「いや。まだ真実はわからない。騒ぎを大きくしたら、それこそ厄介だ」

「デューン。私、どうも先ほどの男、まだ秘密を持っているような気がするわ。カールの性格を思えば、急に殴り掛かるなんて、ありえないですもの」

「たしかに。そう考えてあとはつけさせている」

 デイオリアは、小さくため息をついた。

「はぁ……。でも、いったい何があったというのでしょうね? しかも、あなたが学校へ戻るって時になって」

「わからないが……。意外と計画性があるようで、ないのかも知れないな。私がいない時のほうが、駆け落ちにしたって、誘拐にしたって、しやすいはずなのに」

 当然のことながら、明日のデューンの出発はなくなった。彼にとって、学校よりも婚約者の安否のほうが、はるかに大切だった。

 急遽、招集された間者たちが、部屋に入ってきた。シーラとカールを探すため、呼び寄せられた精鋭である。

 彼らは、まるで犬のように嗅ぎ回ることができた。すでに、カールの馬車の轍を見つけ、あとを追っていた。

 デューンは、彼らに指示を出した。

「抵抗するようだったら、カールは殺せ」

 当然のことだった。

 いかなる理由があるにせよ、婚約者を連れ去った男なのだから。

 デューンには、無礼討ちが許されている。当然、彼の指示ならば、間者たちにもだ。

 間者たちは胸に手をあてた。

「御意」

 あっという間に、影は散った。

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