なりゆき
二人の男は、ぽかんとしていた。
全く見知らぬ小さな子が、いきなり文句をつけてきたのだから。
「デルフューン家は、不当に馬の値段を釣り上げたりなんかしない! それに、モアラ家だって身売りなんかしない! それに……」
――この婚約は、お金が目的なんかじゃないわ! 絶対に!
そう言おうとして、涙が出てきた。
モアラ家が節約体質なのは、すぐに気がついた。でも、デイオリアには、たくさんの人がついている。彼女は、自分でも言っていた。【金食い虫】と。
リュートが金の為に婚約を受けたことも、デューンが母親のことを考えて婚約を飲んだことも、充分にあり得ることだった。
男たちは、シーラの抗議に怒りだすかと思ったら……突然、笑い出した。
どうやらシーラの男装を見抜き、当人であることに気がついてしまったらしい。
シーラの姿はほとんど知られていないものの、モアラ家の城下の村である。この村人たちは、時にモアラ家の優秀な兵士にもなる人々なのだ。
婚約者を家に入れたこと、婚約者のために人を雇い入れたこと、年老いた馬を買ったこと、等等、モアラ家の動向をよく知っている。
「これが噂の成金娘だな? なるほど、とんだじゃじゃ馬らしい」
「贅沢でわがままだって噂は、本当らしいなぁ? モアラ家をずいぶんと振り回しているそうじゃないか」
「悪い事はいわん。デルフューンに帰ったほうがいいぞ。モアラ様には、もっとふさわしい家柄ってもんがあるからな」
シーラは悔しさでわなわなと震えた。
だが、二人の男は、もうシーラにはかまう気がないらしく、再び談笑し始めた。
これで、すごすご引き下がったとしたら、何も事件は起きなかった。だが、シーラはどうしても発言を取り消させたかった。
馬車の上にあった鞭を拾うと、思いっきり振り上げた。鞭の先は、笑っていた男の頭をかすった。
「こ、この野郎! 何をする!」
男はすごんだ。
「謝りなさい! 言葉を取り消しなさい!」
「うるせい! 本当のことを言っただけだ。謝るのは、そっちのほうだ!」
「無礼者! 私は貴族よ!」
お忍びの身で、身分をあげて大上段に構えるのは、利口なことではない。男たちは、この身のほど知らずな少女を、ますます軽蔑した。
「デルフューン家は、金で貴族の地位を買った。馬を扱う仕事に携わっているもので、デルフューンが貴族だと思っているヤツなんざ、誰もいねえ」
男が叫んだ。
ますますの愚弄に、シーラは馬車を降りて、二人に突っかかろうとした。
「うわ、お嬢様、駄目です。騒ぎはいけません。騒ぎは……」
カールが必死に抑えて、シーラを押しとどめた。
「悔しい! 悔しい! あなたたちなんか、死ねばいい!」
シーラとデューンの結婚がなされていたら、男たちは殺されていても仕方がなかった。
ウーレン王族は、無礼討ちが許されている。だが、貴族の称号だけでは、そこまでの権利はない。
それをよく知っているので、男たちはシーラを笑い飛ばした。
「品位もなにもないなぁ。このガキは」
その瞬間、シーラの体は、急に自由になった。
え? と思った時には、もう事件は起きていた。
冷静にシーラを押しとどめていたカールが、突然切れたのだ。彼は、シーラを放すと、勢いよく男の一人に体当たりした。
「この野郎! その言葉を取り消せ!」
強烈な体当たりを食らった男は、勢いよく倒れ、頭を馬車の角にぶつけて、きゅう……と動かなくなった。
「ひ、人殺しだ! 人殺し!」
もう一人の男が、大声で叫びだした。
シーラは何が起きたのか、しばらく把握できなかった。
ぐったりとしている男は、ぴくりともしない。死んでしまったのだ。
日がどんどんと上って来て、ちらほらと人影が見える村の広場に、男の大声が響いている。それが、どういうことを意味するのか、わからなくはなかった。
「カール! いけないわ。逃げましょう!」
シーラは、呆然としているカールの腕を引っ張った。血の気を失った少年に、シーラはさらに怒鳴った。
「このままだと、人殺しで捕まっちゃうわ! 早く逃げないと!」
カールのような一般人は、当然ながら無礼討ちが許されていない。人を殺せば、死罪になる。
「あ、あわ……あああ」
言葉にならない言葉を発して、カールは馬車に飛び乗った。
そして、かなり乱暴な発進で、村の広場を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます