運命

 かつて、恋人を救うために、馬を射た女。

 シーラは、その話を憧れにもにた気持ちで聞いたはずだった。

 だが、実際に、弓矢を射るということは……。


 ――人を殺すこと。


「母は、この家を守らなければならなかった。そして、あなたも。ルナを殺さなければ、あなたは死んでいた。デルフューン家にも申し訳がたたない」

「……それは、わかるけれど……」

「母は武人だ。ああするしかなかった」

 わかるのと、納得するのは違う。シーラは戸惑っていた。

 ルナの死を、どうしても清算できないでいる。

「私があの場にいたら、母はやらなかった。その前に、私がルナを斬り殺していただろう」

「……」

「怖いか?」

「……」

「モアラ家の者ならば、誰でも同じ選択をした。怖いか?」

 シーラは唇を噛み締めた。

 確かに怖い。

 この一家は、デルフューン家の、どこか優雅な(成金ともいう)貴族生活とは、かけ離れ過ぎている。

 だが、デューンは、少しもシーラを安心させてはくれなかった。

「今後も、悲惨な事件が起きないとは言い切れぬ。政変にぶつからぬことのほうが、稀だ」

 今になって、父がシュリンと違う育て方をしたわけが、わかるようだった。

 礼儀作法も、美しい容姿も、踊りの巧みさも、二の次。武人であることが、モアラ家にとって必要なこと。

 そして、現実に立ち向かう勇気が。 

「それが、王族のさがだ。王族と繋がるということだ。……ここにいるのが、怖くなったか?」

「ま、まさか! そ、そんな弱虫ではないわ!」

 シーラは、慌てて返事をした。

 デューンは、にやり……と笑った。

「では、ここを出てゆく必要はない。それでこそ、我が婚約者だ」


 ――や、やられた!


 シーラは、悔しげにデューンの顔を睨みつけた。

 もとより、ここから出て行ったところで、デルフューン家には戻れないし、牧場にも住めない。連れ戻されるのがオチだ。

 出てゆくのは、あてのない希望だった。だが、今度「出て行く」と言えば、臆病者だと思われてしまう。

 悔しくてたまらない。

「私、あなたを婚約者だなんて認めない! 私にだって、選ぶ権利があるはずだわ!」

「もちろん。だが、こういった運命の流れだ。素直に私を選ぶのが自然だ」

 シーラの怒鳴り声に、デューンは全く動じる様子もない。その態度が、ますます悔しい。

「う、う、運命だなんて! そんなのに従えない!」

「従うさ」

 デューンは、顔色ひとつ変えずに言った。


 ――運命に従う。


 シーラは不思議でたまらなかった。

 デューンは、デイオリアはもちろん、ソリトリュートとも対等に意見を交わしているように見える。親のいいなりになるタイプでもなければ、あきらめで生きているようにも見えなかった。

 デューンには、【運命】という言葉があまりにも似合わないような気がした。

「もしも、私がうんと嫌な子で……」

 言いかけて、シーラは少し口ごもった。

 確かに、デューンにとっては、全然いい子ではないだろう。喧嘩を売るようなことばかりしているし、負けず嫌いで生意気だ。

「私がこんなに嫌な子で、悪い事ばかりして、顔もよくなくて、性格も悪くて、つきあいきれなくて……。それでも、運命だから、婚約者なの?」

 デューンは微笑んだ。

「そうだ」

 あっけなさに、またまたシーラは爆発した。

「! そんなの、おかしいじゃない! 嫌いな子だったら、嫌いでポイすればいいじゃない!」

 だが、憎らしいまでにデューンは変わらなかった。

「あなたは、親を選んで生まれてきたか? 姉を選んで生まれてきたか? 自分で選べなかったといって、愛さない理由になりうるか? 否、たとえ嫌なところがあったとしても、それで絆を断ち切れまい」

 シーラは、ぐうっとうなった。

 確かに……。

 姉とは対照的で喧嘩ばかり。母は一緒にいてくれなかった。父は王族との縁ばかりを気にしている。シーラにとって、理想的な家族ではなかった。

 でも、それで家族の縁を切ろうとは思わない。シーラにとっては、大切なかけがえのない家族だった。

「あなたとの縁は、家族同様、定められたものだ。だから、欠点があろうが、落ち度があろうが、どのような悪に手を染めていようが……簡単に断ち切れる絆ではない。もっとも……そうではないし、嫌だとも思っていないがな」

 シーラの頭の中は、すっかり混乱した。

 あまりにも、デューンのいうことは、もっともらしくて……。

 でも、どうも腑に落ちないでいる。

 

 ――反論できなくて……。

 腹が立つ!

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