剣の誓い
デューンは、膝をついて、シーラを見上げた。
「それは、私を婚約者として認める……だから、秘密は持たないでほしいという願いか?」
まっすぐに見つめられて、シーラはたじろいだ。
そうだ……と言えば、婚約を心から受け入れるということになってしまう。
違う……と言えば、秘密は語られないだろう。
「……それは」
言葉に詰まってしまう。
所詮、シーラの「知りたい」は、子供故の好奇心に他ならない。
困惑の表情に、デューンはやや視線を外した。
「二者択一の話ではないな。これは……」
どちらの返事も、おそらくデューンの望むところだったはず。しかし、彼はそれ以上の答えを求めず、矛先を引っ込めた。
が、シーラがほっとする間もなく、先ほどよりも強い眼差しで、シーラを見つめた。
「いいか? 興味本位で秘密を分かち合うのは危険だ。分かち合う相手がいる時点で、もうそれは秘密ではないのだから」
シーラには意味がわからなかった。
でも、ひとつだけわかったのは、やはり、デューンは大きな秘密を抱えていて、それが重大だということだ。
「はっきり言っておく。あなたが私の妻となった後でも、秘密を持つことがあると思う。信じていないからではない。分かち合うには、重たすぎるものもあるからだ。特に、大事に思う人には……」
「でも……私だけ知らないのは、嫌!」
シーラは、唇をとんがらせた。なぜか目が潤んで来た。
「みんな、何だって、秘密にするんだわ! 私が子供だからって、馬鹿にして! 全部、勝手に決めておしつけるんだ!」
それは、秘密とはまったく関係がなかった。だが、シーラには同じことに思える。
田舎から都へ連れ出したと思ったら、さっさと他人に娘を渡す親と同じ。
この家の人たちだって、家族であるような顔をして、シーラを安心させておいて、何を企んでいるのかわからない。
「そうやって私をいつまでも仲間はずれにするんでしょ!」
時間が過ぎて行き、シーラのわめき声も静かになっていった。だが、かわりにすすり泣きが止まらなくなっていた。
「私だけ……ぐすん」
その間、デューンは、じっとしてシーラを見つめていた。
だが、何を思ったのか、突然立ち上がると、剣を抜いた。
キラリ……と、空を一回転――そして、シーラの足元近くに突き立てた。
「秘密は命をかけて守るものだ。その覚悟はあるか?」
シーラは、さすがに震え上がった。
まさか、剣を抜かれるとは……。
「わ、私を斬るの?」
「そうだ。約束が守れなければ……だが」
シーラは息を飲んだ。
迫力に圧されて、足を一歩引いたが、そこで思いとどまった。
「ま、守る。誓うわ!」
デューンは、少しだけ眉をひそめた。
「駄目だ。誓うなら、剣に誓わねば」
そう言うと、デューンはシーラの手をとり、剣の柄に添えさせた。
「……やめるなら、今のうちだ」
「誓うわ!」
――剣にかけて誓う。
この誓いが破られる時は、この刃に身を委ねることを。
「ウーレンの誓いは神聖だ。破ったら、本当に斬る。それでも?」
「ええ」
「では、この話を聞いても声を出すな。口にすることも、質問も駄目だ。いいな?」
「ええ」
シーラは大きくうなずいた。
たとえどのような秘密であっても、絶対に守り通せる自信はあった。
今までだって、花瓶を割ってしまった召使いの秘密だって守ったし、牧夫が事故で仔馬を死なせてしまったことも、秘密にしてあげた。
ばれていたら、二人とも職を失ったことだろう。それだけの秘密を守ったのだ。
だが、今回は秘密の規模が違った。
デューンは、そっとシーラの耳元に唇を寄せた。
「………」
「! ………! うっ!」
聞いた言葉が信じられなくて、思わず叫びそうになった。
いや、おそらくデューンがシーラの口を強く抑えなかったら、叫んでいたことだろう。
そうしたら、斬り殺されたとしても、文句が言えない。
――ウーレン王・ギルトラントが暗殺された。
「これは、まだ王妃様にも伝えられていない真実。父上は、状況を見極めるために、急遽出発された。詳しい事は言えないが、今日届いた報告は、さらに悪かった」
(ど、どうなるの?)
と、シーラが聞こうとした時、デューンの手がますますシーラを強く押さえつけた。苦しいくらいだった。
デューンは、ますます声を潜めた。
「数日の内に、このことは公表せねばなるまい。それまでが、駆け引きだ。でも、間違いなくウーレンは揺れる」
やっと、デューンは手を緩めた。
もう少しで息が止まりそうだった。シーラは、ほっと息をついたが、重たすぎる秘密に、息苦しいままだった。
「私……」
「秘密を知っても、あなたに何もできることはない。ただ、心に留めておいて、なりゆきを祈ることしか」
ぞくっと震えがきたのは、けして寒さだけのせいではないだろう。
何も力になれないなら、聞かないほうが、よっぽど楽だった。
ウーレン王の力で維持されて来た平和は、終息を迎えようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます