秘密


 空き部屋が多いせいか、妙に静かだった。

 シーラは、ろうそくの灯りを頼りに、暗い廊下を歩いた。天井に、ゆらゆらと影がうつる。それが、何とも不気味だった。

 何度か部屋に戻ろうと考えたが、庭に出る扉の両側に灯りがあったので、ほっとした。シーラは、まるでその灯りに惹き付けられるようにして、扉を開けて庭に出た。

 都のデルフューン家の屋敷には、夜でも警備する衛兵がいた。だが、田舎で安心しているのだろうか? モアラ家では、ここまで誰にも会わなかった。

 気持ち悪さを感じる。人気が感じられない。

 死んでいる家のようだ。いや、まさに死にかけているとも言える。

 ウーレン王族は、その血を守るあまり、純血を表さない者を憎み、排除してきた過去がある。その結果、あるべき枝葉は枯れ落ちて、先細りした幹が残った老木のように存在していた。


 シーラは、窓から見えた木の近くまで来た。

 やはり、篝火があるようだ。初めて人の気配を感じ、シーラは衝動的にろうそくを吹き消した。

 木の陰から光のほうを覗くと、激しく動き回る人陰が見えた。

(デューン?)

 篝火はふたつ。煌々とあたりを照らし出していた。

 そこは、どうやら剣技場らしい。平にならされた円形の場所と、それに沿った半月形の観覧席がある。

 だが、戦っているものはいない。

 デューンは、その中でたった一人、大きな剣を振るっていた。

 シーラに比べると、ずっと大きなデューンだが、まだ少年である。しかし、剣はまるで重さがないかのように、軽やかに動いた。

 まるで演舞。剣の舞である。

 だが、シーラやシュリンが練習したような、ただの踊りではない。この動きの中には、無駄なく人を殺す技が秘められているのだ。

 上段から切り降ろし、少しの間もなく、斜めに身構える。隙はない。ぴたりと止まったところで。

「何のようだ?」

 いきなり、デューンが話しかけた。

(え? 私? 別の誰かがいる?)

 木陰で灯りを消して見ていたのだ。シーラの存在に気がつくとは思えなかった。

 だが。

「シーラ」

 デューンは、剣を納めて振り向いた。

 すっと額に手をやる。きらりと汗が散った。そうとう長い時間、デューンは剣の練習をしていたらしい。

「べ……別に用事はないわ。散歩していたら、たまたま……」

「こんな夜中に?」

 あきれたような声。シーラはムキになった。

「あ、あなただって! こんな夜中に何をしているの?」

「剣の練習は日課だ。まさか、夜の散歩があなたの日課ではあるまい」

「……」

 言い返す言葉がない。

「大方、眠れなかった……ってところだろう?」

 すっかりばれている。

 ――いや、もしかしたら?

 デューンは、シーラの手から燭台を奪うと、篝火の燃えさしから火を移した。

「部屋まで送ろう」

「ま、まって! あ、あなただって眠れなかったんじゃないの?」

 ろうそくの炎が、無表情なデューンの顔を浮かび上がらせた。

(眠れなかったから、きっと私も眠れないんだって思ったんだわ!)

「夕食の時も、ぜんぜん話をしなかったじゃない。何かあるんだわ。そうよ、あの話よ! 私を抜きにして、お母様とお話していた……」

 デューンの眉がかすかに歪んだ。

「女のおしゃべりについて行けなかっただけだ」

「違うわ! 何か隠しているんでしょ? わ、私にだけ、教えてくれないつもりなんだ!」

「くだらない」

 そのまま歩いて行こうとするデューンに、シーラはわめき散らした。

「教えてくれなきゃ、ここから動かない! 勝手に行けば! 私、ここで夜明かしするから」

 ウーレンの夜は寒い。しかも、もう晩秋である。

 だが、シーラは本気だった。おそらく、部屋に戻っても眠れない。


 ――この秘密を教えてもらわない限り。


 しかし、デューンは全く相手にしていなかった。

 すっと近づくと、あっという間にシーラを抱きかかえてしまったのだ。

「ちょっと! 何するのよ! このっ!」

 シーラはバタバタと暴れた。

 燭台からろうがデューンの手に落ちたが、彼は動じなかった。そのまま、シーラを抱えて歩き出した。

 シーラは、絶え間なくののしって暴れ続けた。見る人が見たら、誘拐かと思うだろう。

「ひどいわ! 何が婚約者よ! 全然、秘密も分かち合えないなんて!」

 剣技場を出ようとした時だった。

 今まで無反応だったデューンが、足を止めた。

「婚約者……か」

 久しぶりに彼の口から出た言葉だった。

 そして、シーラを降ろした。

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