間章 

内通


 オイリア家の屋敷には、十数年前から高い塔がある。

 土台は堅固で大きな石を積み上げ、上層部は焼き煉瓦で造られていた。この工法で、あっという間に立てられたのだ。

 何の目的なのか、さだかではない。物見の塔にしては窓がなく、倉庫にしては背が高すぎる。

 人の噂では、王国にオイリア家の威信を示すため……と言われている。

 ギルトラント王が即位し、王の義父であった宰相モアの権力は、ますます強まった。モア本人は家を捨てたとはいえ、戦いで功績を残した彼の出身家・モアラも高く取り上げられた。

 ウーレン屈指の名家であるオイリア家は、その存在を世にしめす必要があったのだ。という説である。


 だが、それは真実ではない。


 デューンは、その塔の壁に張り付いて、オイリア屋敷を見張っていた。

 夜の闇にまぎれる黒いマント。腰には、彼の愛用の大剣はなかった。かわりに、小さなダガーがあるだけだった。

 隠密行動に重たい鎧や武器は不向きである。ひとたび見つかって戦闘になれば、命を落とすことになるだろう。

 この塔の最上階には、双子皇子とリナ姫の他に、唯一ウーレンを名乗っていい男が幽閉されている。

 いざ……という時に、オイリア家の切り札となる、隠された王家の者だ。

 その秘密同様、扉は重たく、警備は厳重だった。その隙間を、デューンとモアラの間者たちが音もなく通りすぎた。

 デューンは、気の毒な男がいるだろう塔を、一瞬だけ見上げた。そして、オイリアの屋敷を目指した。

 いつかは、どうにかしなければならない。だが、この男の解放は、今はさすがに荷が重たい。今回の目的は、別にあった。


 ウーレン王の死は、ソリトリュートとモアだけが知るところであったはずだ。

 だが、モアの情報によると、リナ・ウーレンが秘かに動き出しているという。まるで、既に王の死を知っているがごとく……である。

 ウーレンが血で染まるような政変を起こさないためにも、宰相モアとリナとの駆け引きが影で行われていた。だが、その駆け引きを有利に持ち込むには、情報が重要である。

 デューンの目的は、リナの情報源を探ることだった。そして、多くの情報は、オイリア家から持ち込まれていることが判明した。


 ――では、オイリア家はいったいどこから?


 当主のバルト・オイリアは、妻一人・跡継ぎなしの、老人だった。立派な息子が二人いたにはいたが、長く続いた戦乱で勇ましい戦死を遂げている。

 王族は、子孫を残すのが難しい。メイ家に嫁いだ娘が、二人子供を産み、一人を養子として引き取らなければ、オイリア家の王族としての家系は途絶える。

 どの王族も、その血筋を失いつつあった。いや、ウーレン族自体が、かつての古の姿を失い、滅びに瀕していると言えた。

 バルトは、亡くなった二人の息子の肖像を見つめていた。だが、突然、召使いが扉をノックしたので、そっと机の中にしまい込んだ。

 いい加減には扱えない急な客人に部屋を出ていったのだ。

 客人は、モアラ家のソリトリュートであった。



 応接の間では、狸のだまし合いのような茶番が続いた。

「これはこれは……モアラ殿が直々にいらっしゃるとは、いったい?」

「重大な情報を、オイリア殿にはお伝えしなければ……と思いまして」

「重大な情報? はて?」

「これは、まだ王妃様にもお伝えしていないことですが……」

 ソリトリュートは、バルトに近づくと耳元でささやいた。

「! な、なんと! それは本当か!」

 王が暗殺されたことなど、バルトははるか前に知っていたはず。なのに、大げさに驚いてみせた。

「私が直に確認しました。近日中に王妃様にもお伝えし、公にしなければならぬこと。だが、その前に……」

 ソリトリュートは声をひそめた。

「今回のことで、リナ様がどう動かれるかが心配なのです。私は、王妃様をエーデムにお返しすることも視野に入れねばと考えているのですが、オイリア殿のご意見もお聞きしたい」

 バルト・オイリアは眉をひそめた。

「確かに、リナ様は王妃フロル様を嫌っている。だが、そこまで愚かな行為をなさるとは思えません」

 ソリトリュートは、微笑んだ。

「それを聞いて安心しました。多くの王族・貴族が、リナ様に賛同し、ともに動くのでは? と不安でした。ウーレン王族の要であるオイリア殿が、そのお考えであれば、私の危惧だったと安心できます」

「この危機を乗り越えるには、我々王族が一丸とならなければいけない。私は常にウーレン王家の安泰を祈っておる。安心なされ」


 その間に、デューンはバルトの部屋に忍び込んでいた。

 バルトのような狡猾な男にも、親の情があったおかげで、デューンの仕事は楽になった。本来、鍵が掛けられている机は、今に限って開いていた。

 デューンは、息子たちの肖像をそっと取り出し、引き出しのさらに奥を探った。

 間者が使う巻き紙や伝書鳩用の容器が出て来た。だが、思った通り、中味はなかった。秘密文書は、たいがい読んだあとに人に見られぬよう、その場で燃やすのが一般的である。相当入り込んだ内容でない限り。

 燃えかす、書きかけの密書などがないかどうか、デューンはさらに探した。だが、徒労に終わってしまった。

 扉が勢いよく開いた。

 ほんのわずかの差で、デューンは屋根裏に逃げていた。

「なぜ、モアラにリナ様の決起がばれているのだ! このままでは、王妃に逃げられるではないか!」

 ソリトリュートとの会話を終えたバルトは、苛々していた。彼が平常心であれば、デューンが探った気配を感じ取っただろう。

 しかし、彼はまっすぐに机に向かい、巻き紙にさらさらと文章をしたため、伝書鳩用の容器に押し込んだ。

「……報告が甘い! もっとしっかり情報を……」

 ぶつぶついいながら文書をしたためている。内容は読めないが、中味は思い当たる。

 おそらく、情報源の間者に対する怒りと、更なる情報の要求だ。

 バルトは召使いを呼ぶと、怒鳴り声で命令した。

「この命令書を、モアラ家の間者へ送れ! 急ぐのだ!」


 デューンは屋根裏で眉をひそめた。

 やはり思っていた通り――モアラ家に内通者がいる。

 誰かがオイリア家を通じて、秘密をリナ姫に流しているのだ。

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