第二章 モアラ家の人々
出発
「私の相手は、私が決める」
そんなシーラの気持ちなどおかまいなしに、話はトントン拍子に進んでいた。
モアラ家に行く日は、刻々と迫っていた。
やっと都で家族揃って住めるのか……と思っていたら、突然、見知らぬ家に出されることになってしまったのだ。
そこで、徹底的に花嫁修業をさせられて、十五歳……つまり、大人になったら、結婚だ。
完璧なまでの、一本道人生である。
モアラ家の馬車が、シーラを迎えに来た。
身一つ。すべてはモアラ家で用意するので、持ち物はない。
もっとも、シーラには手放せないものは何もなかった。自分自身以外には。
ぶすっと膨れっ面のまま、馬車に乗ろうとして、シーラの足は止まった。
馬車の扉を開けている少年に、目が釘付けになってしまったのだ。
ソリトデューン・モアラ――まさに、シーラの婚約者である。
彼は、初めて会った夜と同じように、正装していた。
艶やかな黒髪を鮮やかな青い色の飾り紐で編み上げ、青いマントを羽織っている。王族らしい洗練された雰囲気があった。
す……と手が動いたかと思うと、シーラのほうへと差し出された。
(な、な、何でこんなひどい顔のまま、固まっていなければならないのよ!)
膨らましてしまった頬を動かす事もできず、手を取る事もできず。シーラは動けなくなっていた。
「ソリトデューン様? わざわざお迎えにまで来ていただいたのですか?」
父の声が背後から聞こえた。
姿が見えないが、かしこまっているのがわかる。
(たかが、十三歳の少年に。デルフューン家の当主がへつらうの?)
悔しかった。
王族とは、こういうものなのか……と、シーラは思った。
こちらは、無礼をされても
「申し訳ありません。子供ですから、お許しを……」
と謝り、向こうは子供でもとても偉いのだ。
目の前の少年は、まだ声変わりもしていないくせして、態度や物の言いようは、彼の父そっくり。どこか傲慢である。
「私の妻となる人です。当然のこと」
何の動揺もなく、彼は「妻」という言葉を口にした。
それが、なぜかシーラには腹立たしかった。
顔が芯まで火がつくように熱くなり、胸が高鳴った。
――なぜ、そのような言葉を、あっけらかんと口にできるの?
よほど、親の言うなりなのか、それとも、子供すぎて、結婚の重大さをわかっていないのか?
どちらにしても、激しい動揺なしに、この言葉を口にできないシーラには、この少年の冷静さが、我慢ならなかった。
シーラは、少年の手を取らなかった。
「けっこうよ。私は、人の手など借りない」
スカートの裾を膝までたくし上げると、シーラは一人で馬車に乗った。
「……ああ、シーラ!」
母親の困ったというささやきが耳に届いたが、気にしなかった。
そのままドカッと馬車のシートに座ると、目を閉じて口を結んだ。
かすかな気配がして、馬車の向かいの席に、少年が座ったことがわかった。
「もういいのか? これが、家族との別れになるが?」
「ええ、いいんです! 昨夜、充分に泣いて別れを惜しみましたもの!」
この言葉に嘘はない。ただ……。
泣いて、最後の抵抗を示した……というほうが、正しいのだが。
シーラを乗せた馬車は、静かに発車した。
モアラ家へとまっすぐに道を進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます