縁談成立


 その話が具体化したのは、ウーレンが魔の島を統一した祝いのパーティーでのことだった。

 当時、続く戦争の為にウーレンは疲弊していて、さほど華やかな催しではなかったが、それでも多くの要人が招かれて、にぎやかだった。

 多くの名馬を提供し、この戦いを影で支えたサザム・デルフューンは、ちやほやともてはやされ、ある意味、舞い上がっていた。

 そのため、戦いで名を挙げたある男に、ずっと胸のうちにためていた話をする勇気を持つ事ができた。

 ソリトリュート・モアラは、このような場を好まない男だった。

 英雄扱いされながらも、人々の賞賛の声を受け流し、片隅で酒のグラスを傾けていた。

 サザムとの会話に応じたのは、昔からの縁を大事にする男だったからだ。彼は、まだ若い頃、軍馬買い付け担当の仕事をしていて、サザムとは付き合いが深かった。

 それでも、サザムがこの話を切り出すには、時間がかかった。


「モアラ様のご子息と我が娘は、ギルトラント様ご成婚のめでたい年に生まれた同士。何か、縁でもあるのでしょうか?」

「あるかも知れぬが、ないかも知れぬな」

「私は、ありそうな気がしますが」

「あるとしても、縁は本人が作るものだ」


 ――取りつく島もない。

 ソリトリュート・モアラは、意志堅固な軍人である。

 タイミングを計って、勇気を振り絞って出した話は、けんもほろろ。サザムは、受け入れられない縁談話を、途中で切り上げるしかなかった。


 サザムが、モアラ家に目を付けたのには、わけがあった。

 由緒ある血筋のわりに、モアラ家は衰退していたからだ。特に、金がない。金はあるが、家柄がよくないデルフューン家とは、利害が一致していた。

 だが、それだけではない。

 サザムは、モアラ家伝統のウーレン気質を高く評価していた。

 義理に篤く、曲がったことを嫌う。愚直さゆえに衰退したのだが、その気質ゆえに、再び繁栄する家柄と信じた。

 案の定、ソリトリュートは、ジェスカ皇女の時代から徐々に頭角を現し、ギルトラント王の時代になって軍師となり、王の片腕と言われる存在になった。

 他の王族たちが、デルフューン家を成金馬屋と影で揶揄する中、馬を通じて交流のあったモアラ家は誠意を持って接してくれた。


 ――ただ、王族の血を振りかざしている他の奴らとは違う。

 どうにか、血縁を結びたいものだ。


 サザムは何度か婚約の話をちらつかせてはいた。だが、具体的には切り出せなかった。

 今日こそは……が、そして、今日もになってしまった。

 と、思っていたのだが。


「デルフューン家の娘では、我が家の嫁は荷が重いだろう」

 いつものように、話を振り切られたと思ったら、ソリトリュートのほうから、いきなりそのような話になった。

「いえいえ、そのような……。我が娘は、五歳でありますが、既に……」

「歌って踊れて挨拶ができて? それが何になる? モアラ家では、代々女も馬に乗り、武器をふるってきたものだ」

 サザムは口をぽかんと開けた。

 確かに、娘のシュリンには、歌って踊って挨拶ができるよう、しっかりしつけてきたのだが……。

「いえいえ、大丈夫でございます。馬でございますね? そして武器。ええ、剣でも弓でも、何でも身に付けますとも」

「おまえは馬鹿か?」

 あきれたように、ソリトリュートはつぶやいた。

「子供など、五歳までは野生児でいい。大人のつべこべは、大人になってから身につければいいのだ」

 ここに至って、やっとサザムは気がついた。

 娘のシュリンは、もう既に見限られているのだ。生い先楽しみと評判の、美しい娘であるのに。

 ……となれば。

「妻は今、身籠っております。もうすぐ、生まれてくる子供が娘なら……どうでしょう? このようなめでたい年に生まれるのですから、何かご縁が……」

「娘と決まったわけではあるまい」

「では、娘でしたら? 賭けませんか?」

 サザムは、身を乗り出したが、ソリトリュートは乗ってこなかった。

「定かではないことに、息子の未来を賭けるわけにはいかぬ」

「! し、失礼を……」

 つい調子に乗ってしまったかと思ったが、ソリトリュートはふっと空を見つめていった。

「子供が生まれたら、息子に会いに行かせる。あれの伴侶だ。あれが決めればいい」


 

 サザムは、不思議だった。

 ソリトリュートの性格を思えば、こうも話が進むとは思えなかった。十年越しだと思っていた。

 ちらちらと縁談話を出し、印象付けだけはしておく。その間に愛娘を王族にふさわしく育て上げ……と、考えていたのだ。

 ――それが、まだ生まれてもいぬうちに?

 ウーレン王族では、けして珍しいことではない。滅びの道を歩む魔族たちは、どの種族でも古の血を守ることに躍起なのだから。

 だが、一般人に近いデルフューン家との縁談となると、やはり考えにくいことだった。


 何が、ソリトリュートの心を動かしたのか?


 考えられる理由。

 魔の島統一という、世の動きだ。

 ソリトリュートのような軍人にとって、平和の時代は、経済的に不安の時代でもある。

 軍師として有能なソリトリュートではあるが、政治の面では未知数。他の王族が幅を利かせているので、彼が活躍できる場はないかも知れない。

 近親に宰相のモアがいるのだが、彼は貴族の間の均衡が崩れるのを恐れ、モアラの名を捨てている。今までもモアラ家を救ったことはない。今後も、モアラ家を贔屓にはしないだろう。

 ここにきて、ソリトリュートは、将来の安定を考えて、デルフューン家の財力に頼ったに違いない。

 ソリトリュートらしからぬ選択。だが、非常に彼らしくもあった。

「愛する妻ゆえ……か」

 サザムは、そう結論づけた。

 ソリトリュートの妻・デイオリアは、ある意味、金のかかる女だった。


 サザムは生まれてきた娘・シーラを、モアラ家の方針にそって育てた。

 大事な娘と離れて暮らすのは辛かったが、娘の将来を思えば、耐えられた。その分、余計に姉のシュリンには、手をかけてしまったかも知れない。

 ウーレン皇子の誕生日は、シーラをモアラ家にふさわしいかを見極める最後の山場だった。

 娘の身勝手な行動には、もうこの縁談もおしまいかと思ったが、かえってよかったようだ。

 大人の型にはまり切らない、だが、愚かではない少女として、シーラはソリトリュートに気に入られた。

 そして、今後は、ソリトデューンの婚約者として、シーラはモアラ家で育てられることとなる。

 シーラにすべてを打ち明けた夜、サザムは一人、祝杯をあげた。

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