不似合いな子


 鏡を見ると、姉よりも日に焼けた顔がうつる。

 おしろいを付けられたが、そばかすは隠せない。あまり塗りたくると、お面のように顔が浮くからだ。

 ウーレン族らしい黒髪ではなく、赤茶けた髪。

 古のウーレン王族は、ウーレン・レッドと呼ばれる燃えるような赤い髪だ。現王がそうであるように、今でも時々王族にその色が出るというが、シーラの場合、そのようなきれいな色ではない。しかも、ボサボサでなかなかきれいにまとまらない。

 きりっと結い上げられると、愛らしい耳が現れた。

 ウーレン族はやや尖った耳の先を持つが、シーラの耳は、やや丸い。しかも、デルフューン家は皆そうだが、ウーレン族の特徴とされる耳の飾り毛がはえていない。その事実からも、デルフューン家が古のウーレンの血から遠いことがわかる。

 髪結いが、シーラの耳に作り物の赤い飾り毛を貼付けた。

 なんだか、耳が重くて苦しくなる。実物よりも大げさな毛は、丸い耳にあまり似合わない。

 隣の姉をちらり……と見る。

 さすがに、美容に気をつかって日々を過ごしているせいか、飾り毛も結い上げた髪も、決まっている。つり上がった目元をさらに強調する化粧は、色白の姉をますます美しく、艶っぽく見せた。

(十三歳には見えないわぁ)

 シーラは、ふっとため息をついた。

 何かと喧嘩ばかりのシュリンだが、今回ばかりは向こうが勝っていると素直に認める。

 それだけ今の装いが、シーラにはまったく似合わないのだ。

 子供の顔に化粧も似合わなければ、燃えるような真っ赤な衣装も似合わない。

 鳥の羽をあしらった豪華な衣装なのだが、大人の女が着て映える装飾だ。

 だいたい剣の舞という演目も、子供には似合わない。

(剣を振り回して踊るなんて、ちょっと無理。滑稽なだけだわ)

 この踊りに使われる剣は、普通の大人が使う大きさであって、シーラが遊びに使うのとは長さも重さも違う。装飾もあるから、さらに重たい。

 練習していても、明らかに剣に振り回されていると感じる。

 大人が手を叩いて褒めれば、普通、子供はよくできたと思って喜ぶだろうが、シーラは既に自分を客観的に評価できるだけの目を持っていた。

 それでも、シュリンはどうにかこなしていた。さすが、都で様々なことを習ってきただけのことはある。

(私は、きっと足をひっぱる。お姉様だけのほうが、絶対にいいと思うんだけど……)

 本番を目の前にしても、シーラはあまり気が乗らなかった。

 ただ、デルフューン家の恥にならないようにしなければ……と、自分を奮い立たせていた。



 王宮の門をくぐって、馬車のまま広い庭に入る。

 そこには、オアシス都市の象徴でもある噴水が高々とあがっていた。

 盛り上がらない気持ちに鞭を打っていたシーラだったが、さすがに大きな声をあげてしまった。

「うわぁ!」

 きれいな円と直線で作られた道に沿って、同じ高さに切りそろえられた樹木が並んでいた。木には小さな白い飾りが施されていて、まるで花が咲いたようだった。

 馬車を降りた後も、シーラは田舎者丸出しで、あたりをキョロキョロしていた。

 父が、誰かに「娘です」と紹介したようだが、それすら気がつかない。横の姉が、礼儀正しく挨拶を返して、初めてはっと気がつく有様だった。

「大丈夫だ。誰もが子供の挨拶なんて期待していないから。本番さえ、しっかりやれば合格だ」

 焦るシーラに、父はニコニコと微笑んだ。


 パーティーは、シーラにとって夢の世界だった。

 美しく着飾った大人たちが、庭に作られたパーティー会場にあふれていた。その数だけでも目を見張る。

 ここにいるのは、王族・貴族だけではない。さすがに一般庶民はいないのだが、ウーレンの名士と呼ばれる人々――商人や学者なども招かれている。

 彼らの目的は、ウーレン王へのお目通りと挨拶らしく、シーラの場所からは、王が見えないほど、人々が殺到していた。

「今夜は無礼講という話だが……あれでは、ご挨拶にも行けそうにない。王は、このような有様を嫌うのだよ」

 シーラの横で、両親は残念そうだった。

 テーブルには、大きな竜の頭が中央に載せられていた。見た事もないほど、立派なバヴァバ赤竜である。

 グラスに真っ赤な酒が注がれた。十年物の竜血酒である。

 残念ながら、シーラの分はない。子供なら死に至る強い酒である。王族であれば、毒殺に備えて、酒にも耐性をつけるのであるが。

 パーティーの始まりを告げる声と同時に、竜の口から火花が散り、ぽんっと音を立てて、頭に立てられたろうそくに火がついた。

 客人たちの間から、どよめきが起こり、次の瞬間、各所で「乾杯」の声があがった。

 大人たちの間を、この場になれない子供たちが、ちょろちょろしている。どうやら、かり出された子供は、シーラだけではないらしい。

 親にしがみついてはなれない子や、逆にあちらこちらを走り回っている子や、シーラのようにキョロキョロしている子や……。

(なあんだ、みんな、同じだわ)

 シーラはほっとした。

 どうやら、この場を上手に立ち回れるだけの分別を持った子供は、姉のシュリンくらいらしい。彼女と自分を比べて、落ち込む必要などない。

 と、同時に。

 複雑な気分になった。

 五歳上のシュリンだから、この場になじむだけの行動がとれるのだろう。

 でも、もしも両親がシーラを手元に置いて、きちんと教育を受けさせてくれたとしたら?

 シーラだって、姉に負けないくらいのことができたはずだ。

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