不似合いな場


 やがて、シーラは飽きてきた。

 夢のような世界も、親から離れてはいけないとなると、つまらない。飛び回って遊びたい気持ちが強い分、できないとなると、興ざめだった。

 こっそり親の目を盗んで冒険している子供もいたが、シーラにはできなかった。

 大事な役割があった。踊りと花束贈呈だ。

 それが終われば、宴会は夜の部に突入し、子供は皆、家に帰ることになる。その後は、大人の世界だ。

 子供は半人前と決めつけられている。

 十五歳を境に、ウーレン族は大きく扱いが変わるのだ。十五歳の誕生日を迎えるまでは、何が何でも子供なのである。

 延々と続く、皇子への誕生日プレゼント贈呈の儀式も、自分へのものではないと思うと、シーラは興味を失った。

 ただ唯一、ウーレン王から皇子たちに贈られたプレゼントだけは、シーラを歓喜させた。

 牧場で育った一番いい赤馬と、牧場の中で一番シーラが気に入っていた牝馬が、皇子たちに贈られたからだ。

 牧場でもさほど評判が高くなかった牝馬がいなくなった時、シーラは処分されたのだと思い、つい泣いてしまった。だが、なんと皇子の馬になるのだ。

 ほっとしたと同時に、うれしく、誇らしかった。

 ウーレン王があの馬を選んだとなると、シーラもなかなかの名伯楽かもしれない。

(私だけしか、あの子を評価しないのかしら? と思っていたけれど)

 今度、牧場に帰ったら、牧夫たちに自慢しよう……と、シーラは考えた。

 この時は、まさか、もう牧場での日々が、戻ってこないとは思っていなかった。



 いよいよ、子供たちの出番だった。

 シーラは、かすかに緊張した。が、やがて、脱力した。

 どの子の出し物も酷い出来だった。あえていえば、子供がやっているから、かわいいという代物である。

 これでは、まったく親の猿回しである。

(私と同程度……ってことね)


 シーラは、ちらりと上座を見た。

 ウーレン王は、まったくつまらないらしく、不機嫌そうな顔をして、演じている子供たちを睨むように見つめている。

 その横で、対照的にニコニコしているのが、エーデムから嫁いだという王妃である。銀色の髪と緑の瞳は、黒髪の多いウーレンの中にあって、とても目立つ存在だった。

 今回の主役である皇子たちは、親と正反対だった。

 赤毛の弟皇子は、何もかもが楽しいらしく、母と同じような反応だった。銀髪を引き継いだ兄皇子は、父親のように不機嫌でうつむいていた。

 この四人を同時に喜ばせることは、即席の踊りでは不可能に違いない。


「そろそろ、お時間です」

 係の者が、シーラとシュリンを迎えにきた。

 二人は、両親としばしの別れをして、舞台裏に移動した。

 ちょうど二人の前に歌を歌う少年が、舞台に出ていった時だった。

 シュリンの顔が、少し緊張で白くなっている。姉は、シーラよりもずっとこの舞台を大切と考えているようだ。

「いい? シーラ。最初の音を外さないようにね。踊り終わったら、剣を置いて、花を受け取るのよ。そして、あなたが銀髪の兄皇子に、私が赤毛の弟皇子に……いい? 間違えないでね」

 シュリンは身を屈め、シーラの肩に手を置いて、ゆっくりと手順を確認した。まるで、自分自身を落ち着かせるように。

 まるで、とても仲良し姉妹のようだった。シーラは、姉の様子に少し戸惑いながらも、大きくうなずいた。

 そして、目をつぶり、ほっと息を吐いた。


 かすかな緊張……。

 ――歌声。


 シーラは、目を開けた。

 歌声は、舞台の上から聞こえて来た。

(え?)

 聞き覚えのある旋律――歌詞こそ違うが、あの子守り歌だ。

 舞台にあがった少年が、歌を歌っている。

 声変わりしていない、まだ、高く澄んだ声だった。

 シーラは思わず舞台の入り口まで駆け寄って、少年の姿を確認した。

「まさか……嘘でしょう?」

 つい、独り言が出てしまった。


 夢に現れる少年の姿は、いつもおぼろだった。

 だが、目の前にいる少年は、はっきり姿を現した。

 そのとたん、シーラの夢の中の少年は、まさに目の前の彼になった。

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