第一章 祝いの夜
ウーレンの首都
軍事大国・ウーレン。
砂漠と荒れ地を、馬で駆けるウーレン魔族の国である。
燃える髪のウーレン王・ギルトラントが、剣の力を持って、魔の島の大半を支配下に納めたのは、八年前のこと。今やこの国は、二千年前の大繁栄に次ぐ繁栄の中にあった。
ウーレンド・ウーレン――ウーレンの中のウーレン。
民はそう呼んで王を賞賛した。
隣国・エーデム王の妹を娶って同盟を結び、ガラル以西に盤石な基盤を作った後は、この地で戦乱が起こったことはない。
だが、はるか遠方の東の地では、純血魔族と混血魔族の軋轢から、たびたび反乱が繰り返された。
ウーレン王は、自ら軍団を率いて出兵し、反乱軍を鎮圧した。
馬に乗った騎士たちが通り過ぎた後は、ウーレンに異を唱える者はいない。王は、唯一、燃えるようなたてがみの赤馬に乗り、先頭を風のように走り抜けるという。
――華々しい勝利。幾多の勳。
血気盛んなウーレンの民は、ますます王を英雄として讃え、尊敬した。
ウーレンの双子の皇子は、十歳になる。
めでたい節目の誕生パーティーは、ウーレン王国の繁栄にふさわしいお祭りになるだろう。そして、何よりも、英雄である王が、久しぶりに遠征から戻ってくる。
首都のジェスカヤは、いつもにも増して活気にあふれていた。
シーラは、馬車の中から、ずっと顔を出し続けていた。
初めての都・ジェスカヤの街は、何もかも珍しかったのだ。たかが子供の不安な心は、初めて見る大都の魅力の前に、すっかり消え去っていた。
門を入ると、広い大通りが王宮まで続いている。小道に入ると、そこは庶民のにぎやかな市があり、人々の声が飛び交っている。
珍しい生き物や果物・キラキラと輝く布・諸々の物が、ところ狭しと並んでいて、シーラの目を奪った。
「やめなさいよ、そんなに顔を突き出すのは。田舎臭くて恥ずかしいわ」
姉のシュリンは、どこか不機嫌だった。シーラがジェスカヤに来ること自体、面白くないらしい。
シーラも負けてはいなかった。
「ええ、どうせ田舎者よ。お姉様みたいな都会の香りは、臭くて頭が痛くなる」
「言ったわね!」
「だって、本当のことだわ。本当の花の香りのほうが、どれだけましか」
つかみ合いの喧嘩になるところ、母のラーナが止めに入った。
「おやめなさい! 二人とも。ああ、頭が痛い。シュリン、あなたは姉ですよ。しかも、五歳も年上なのに……」
喧嘩をすると、常に怒られるのは姉のシュリンだった。彼女は、ぷいと横を向き、少し涙目になった。
「……そうやって……シーラばかり」
シーラも無言になる。
不思議だった。
シーラにしてみたら、常に両親といるのは姉、かまってもらえるのも姉。
(なぜ、私ばかり……だなんて、言葉が出てくるのよ。私にしてみれば、お姉様ばかり……だわ)
だが、言い返してつまらない喧嘩を続けたくはない。それに、久しぶりにずっとそばにいてくれる母を困らせるのも嫌だ。
その後、姉は家に着くまで、ずっと口を締めたままだった。
シーラは、再び馬車から身を乗り出し、都会の空気を満喫した。
デルフューン家は、ウーレン貴族である。
ただし、王族ではない。過去に王の血筋を持ったことがない。
家柄はたいしたことはないが、王家・王族に近しい。なぜなら、王立牧場を維持管理しているからである。
ウーレン族は、馬を愛する民である。
軍隊の要は騎馬軍団。民の趣味は競馬と乗馬。移動手段も馬と馬車。農民は、馬を使う。
荒れ地の多いウーレンでは珍しい草地を、デルフューン家は所有していた。
元々馬の生産をしていたが、先代のジェスカ皇女の時代に、正式な王立牧場として認められ、貴族の称号を手にいれたのだ。
それゆえに、デルフューン家は家柄以上に財産を築き、ウーレン貴族の中で一目置かれている。
シーラの父・サザムは、王立牧場の二代目となる。
先代とは異なり、領地は人任せ、もっぱら首都で貴族としての生活を満喫していた。
シーラたちが家に着くと、サザムは手を挙げて実に大げさに出迎えた。
「やあ、私のかわいい姫君。いい子にしていたかい?」
優しい父親に、シーラは飛びついて、いい子よりも元気な子であるところを見せた。
シーラとシュリンのパーティーでの役割は、重要だった。
通常、十五歳を過ぎて大人と認められない限り、ウーレンでは子供はこのような場に出ることはない。だが、今回は、子供の誕生日ということで、同年代の子供たちが、お祝いに何かをしてみせることになっていた。
デルフューン家の娘二人は、最後に勇ましい剣の舞を踊り、ウーレンの双子の皇子に花束を贈呈することになっていた。
サザムは、いそいそと二人の娘の衣装を試着させ、お針子たちにサイズの調整をさせた。そして、その後、急仕立てで練習した踊りを踊らせては、満足そうにうなずいた。
「よしよし……。これならモアラ様も気に入ってくださるだろう。がんばるんだぞ。シーラ」
ぎゅっと抱きしめた父に、シーラは息苦しさを感じた。
夜、眠る頃になって、忙しい一日を振り返った。
まだ七歳のシーラにとって、都会も踊りもその衣装も、新鮮で興奮した。
だが、ふと引っかかることがある。
(モアラ様? 私たち、皇子様に踊りを見せるんじゃないの? モアラ様って、誰?)
それに、父は姉に「がんばれ」と声を掛けなかった。姉は、ずっと不機嫌な顔をしたままで、ぷいと横を向いていた。
新しいベッドは、柔らかい羽布団で息が詰まる。馬小屋の藁の臭いが恋しい。
つい寝苦しくて、窓から外を眺めても、さわやかな風はこない。煉瓦の壁の家が、ずっと続くだけだ。
(何か……振り回されているみたい。仕掛け人形のように、操られているような気がする。……って、まさか、もう田舎が恋しい? ってこと、ないわよね?)
シーラは、クスッと笑った。
まさか、自分が新しい環境にはしゃぐよりも、心配するタチだなんて、思わなかった。
もっと、快活で明るい子だと、自分を評価していたのだ。
乳母のカーラはいつもシーラに「もっとおしとやかに」と言い続けていたし、牧夫たちは、シーラを見ると元気になると言ってくれた。馬丁の子供たちよりもポニーには上手に乗れたし、剣遊びだって負けたことがない。
さらに、生まれてこのかた、くよくよした記憶がないのだ。
(まぁ、いいかぁ。踊りは今ひとつだけど、お父様に恥をかかせるわけにはいかないもの。がんばるわ)
シーラはなれないベッドに潜り込み、都会の初めての夜をやり過ごした。
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