貧民街の聖女

第1話

「マリア様!

 聖女様!

 大変です!

 子供達が城壁の下敷きになりました!」


 王都の貧民街に住む男が、廃屋に見えるボロボロの家に飛び込んできた。

 日頃から余裕があれば、このボロ屋を修理したり掃除したりする者の一人だ。

 辛い貧乏生活の中でも、笑顔を忘れずにいる人の好い男だった。

 その男が、血相を変えて飛び込んできたのだ。


「直ぐに案内してください」


「はい、聖女マリア様」


 修道女服を着た、まだ幼さの残る黒髪の娘が、顔を引き締めてボロ屋をでる。

 彼女には大体の情景が思い浮かんでいた。

 広大な王都には、表もあれば裏もある。

 繁栄しているように見える王都にも、彼女が住む貧民街がある。

 城門を出入りする通行税が払えない貧民は、城壁が崩れた周囲に住んでいる。


 一部が崩れているとはいっても、一国の王都を守る城壁だ。

 乗り越えるには残った城壁を結構よじ登らなければいけない。

 子供達には大変な事なのだが、城壁を超えて城外の森や草原に行かなければ、孤児の子供達は飢えて死んでしまうのだ。

 聖女と称えられてはいても、マリアには孤児達すべてに食事を与え、飢えないようにする事などできなかった。


「子供達を癒します。

 まず傷口の小石を取り除いて、きれいな水で傷口に洗ってください。

 癒した子供達に水を与えたいので、今から湧かして冷ましてください」


 聖女マリアが駆けつけた場所には、想定よりも悪い光景が広がっていた。

 マリアが考えていたのは、城壁をよじ登ろうとして落ちた事。

 もう一つは、城壁をよじ登ろうとして、レンガや石が落ちてきたこと。

 だが実際に来てみれば、抜け穴を作ろうと城壁を掘っている途中で、城壁が崩れて十三人もの子供が下敷きになっていたのだ。


 多くの子供の骨が折れ肉がえぐれている。

 なかには胸が潰れている子までいた。

 頭が潰れて即死している子がいないのは幸いだが、肺が潰れている子は急いで高位治癒魔術をかけなければいかない。

 

 傷口には小石や砂が入り込んでいる。

 この世界には傷口の洗浄やデブリードマンの知識はないから、一つ一つ教え指示しなければいけない。

 何より問題なのは、重傷を負った十三人もの子供を、一度で高位治癒魔法を施せる力がある事を隠さなければいけない事だ。


 その力が噂になったら。

 貧民街で治療を続けることができなくなってしまう。

 王侯貴族に無理矢理囲い込まれて専属治癒術師されるか、神殿に囲い込まれて金儲けと信者集めの道具にされてしまう。

 そんな事は絶対に嫌だった。

 だが、治療をためらったら、眼の前の子供達が死んでしまう。

 マリアは一瞬の迷いを断ち斬った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る