悪役令嬢を愉しむ事にしました。

第1話

「ちょっと待ちなさい。

 なに挨拶もせずに行こうとしているのよ。

 平民の分際で生意気よ。

 平民は貴族様の前では土下座するのよ。

 さあ、今直ぐ土下座しなさい!」


 クスクスクス。


「本当に生意気な子ですわね、馬鹿で愚図で自分で頭を下げられないのなら、私が教育的指導で下げさせてあげますわ」


 ヒロインが性格の悪い貴族令嬢達に取り囲まれています。

 面白いものですね、ゲームの世界は。

 私が悪役令嬢の役目を放棄したら、別の女が代役を務めてくれます。

 レイドス伯爵令嬢ウルスラですね。

 確かゲームでは私の取り巻きの一人で、声優も充てられていない脇役でした。

 爵位的に少々小物のような気がしますが、前座なのでしょうか?

 それとも何か裏設定でもあるのでしょうか。

 ちょっと突いてみましょう。


「あら、何をなさっているのかしら?

 学園では身分をひけらかしてはいけないはずでしたよね?

 それとも、校則も覚えられない馬鹿がいるのかしら?

 伯爵家の教育とは、その程度なのかしら?」


「これは、これは、アルテシア様。

 いえ、身分をひけらかしているわけではありません。

 マナーを申しているだけでございます」


「ああ、そうなの。

 だったら貴女もマナーを守って頂戴ね。

 わたくし、見苦しいモノ、汚いモノ、臭いモノが嫌いなの。

 だから貴女、私の前から消えてくださる。

 私も身分をひけらかしているわけではないのよ。

 マナーを言っているの。

 分かってくださる?

 一緒になって笑っていた貴女方も同じよ。

 わたくしと同じ教室に入らないでくださる。

 見苦しくて臭くて我慢なりませんの」


「申し訳ありません。

 以後気をつけますので、どうかご容赦ください」


 心から謝っていませんね。

 むしろ憎しみの籠った視線を向けてきます。

 この後は格闘系のゲームになるのでしょうか?

 あれは苦手なんですが……

 ロールプレイングゲームやシミュレーションなら得意なので、そちらになるように誘導しましょう。


 これはあくまでゲームの世界。

 死んだ私に与えられた罰かご褒美。

 だから楽しまなくては損です。

 私は重度のゲーム中毒でした。

 寝食を忘れ、家に引きこもってゲームに熱中していました。

 そのために過労とストレスで突然死した事も、全く後悔していません。


 他人は馬鹿な死に方だと嘲笑うかもしれませんが、自分にとっては最高の死に方で、満足して成仏しているはずなのです。

 だからこの世界は、ご褒美だと思っています。

 神や仏が罰として用意したのだとしても、ゲームの世界に転生できるなんて、私にはご褒美以外の何物でもありまん。


 それも一番愛した乙女ゲームの世界にです。

 だから最初は、シナリを通りに演じ切るつもりでした。

 でも、どうも違和感があり、熱中できなかったのです。

 このゲームで遊んでいた時は、私はいつもヒロインでした。

 

 悪役令嬢を主役にして、信じられないくらい愚かな行動で自滅するゲームなど、販売されていませんでした。

 この信じられないほど愚かな行動をしなければいけないというのが、熱中できない理由だと思い至りました。

 だから、悪役令嬢が自滅しないような賢明な判断をすれば、ゲームのエンディングどうなるのか、試してみたくなったのです。

 思いっきり悪役令嬢を愉しみたくなったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る