10日目 見知らぬ、規則
張り付いた笑顔でその男が言ったのです。こういう人はどこにでもいる。でもこれは日記ですから。本人の知らないところでうんぬんかんぬん書くのは、2なんとかちゃんねるみたいで嫌いだから、トーカさんはしない。
「とーかさんにはライターは渡せませんよ」
と言ったのは病棟のボスらしかった。シチョウというらしいけど、市長なのか士長なのか師長なのか視聴なのかわからない。まあ、おそらくかんごし長なのだと思うのですが、看護師は看護士でしたでしょうか?
とーかさんはつとめて、怒らぬよう、腹を立てぬよう、冷静に話をすることにしたんです。
「あの、100円ライターを自分で持っている人もいるんですけど?」
「それはちょっと、現物を見てないから、なんともいえないです」
・・・・・・
「パチンコでお金のやり取りをしているなんて知りませんよ承知していませんからね」みたいな、政治家みたいな話です。
「100円ライターを持っている人がいることを知らないのですか」「知りません」
「います」「そうですか」「そうですかで終わられても困ります」
「院内で煙草をすうつもりなんですか?」「吸いませんよ」
「じゃあ預かってても、いいですよね」
ため息が出ます
「ちがうんです」とトーカさんは言いました。
「このZIPPOは、ロングのとき煙草屋さんに絵を彫ってもらったもので持っていたいんですよ」
「はい。ですから、それは外で煙草をすう時に持っていればいいですよね」
あっだめだ!話通じない人だ!!!
「あのちがうんです」とトーカさん
「たとえば、好きな人に色紙にサインとかしてもらうとするじゃないですか。それ持ってたいじゃないですか。そもそもそういう話なんです」
「はは、そんなこと、ないでしょう」
だめだ!!はなしにならない!!
トーカさん切り札を切りました。
「先生の許可は得ているんですよ」
それは嘘じゃないし。院内でZIPPOを所有していいという許可を「さっき」得たばかりで、主治医の先生はこのシチョウに直接「とーかさんライターOKだから」伝えているのである。でも先生は「病棟ではOKでるかわからないよ・・・立場の問題があるからねえ・・・」
どういう立場関係にあるのかはよくわからない。ふつう、医師の指示であれば病院内であればそれに従うものだと思うのだが。
「そもそも、ライターというもの自体、揮発性のあるものですから。病院という環境で認めるわけにはいかないです」
うわ、そっち持ってきた
「いえですからね、」トーカさんは話を戻す
「預けなければいけないのであればそう、持っていいのであればそれはそうあるべきじゃないんですか」
「とーかさんね、それ、現実に、げんみつに運用してたらどうなると思います?」
どうなるんだろう。とりあえず、相手が好みそうな返事をしてみた。
「混乱が生じるのではないでしょうか」
「そういうことなんですよ」
どういうことなんだあ〜!
もうトーカの頭の中では使徒が出てきたときの音楽が流れてきた。でれてて でててて でれてて でててて
シチョウっていうか使徒だ。15年ぶりだな。ああ。
こんな話を書いていても仕方がない(でしょう?)
ただ、こんなことを言っていた。
こういう場所は、病院には、グレーゾーンというものが必要なのだと。完全に認める、禁止する、それはよくない。この病棟もひとつの社会。社会にはグレーゾーンが大事だよ、と。
意味合いはこういうことか。スピード違反でみんな取り締まってたら渋滞してしまうってこと?
「でもそれ、グレーゾーンだとしたら『黒』が割りを食ってしまうことになりますよね」
とーかさんが言うのはいわばスピード違反で運悪く捕まってしまった人のことだ。
「割りを食う?どうしてですか?私はそうは思わない」
とーかさんはこの病院を一流の療養病院だと思っていたし、こんなことがあっても、おもっている。だから、批判するつもりなんか、ぜんぜん、ない。それは他の病院を知らない人だから。
ナースが、どうとかいう人も多いけれど、とーかさんは本物の地獄を見てきたから。それは読者の方々もわかってもらえると思う。あんな病院なんか、あなた、ちょっと反抗しようものなら、夜中、呼び出されて、犯されますから。
それがないだけ。まし。というか、本当にいい病院だと思っている。
さて、このコラコラ問答の結末がどうなったかというと。
実はまだ、二階にいるのです・・・・・・というはなしはおいといて、
こういう話になっています。
とーかさんは本当に素晴らしいと。入院前、4時5時までワインを飲んで、ほとんど眠らずに仕事に行っていたような人が、入院してから、それも、まわりにお酒飲む人もいるのに、自分の意思で我慢してる。
うん。事実だ。事実一滴も飲んでない。ねむれはしないけれど。だから?
だから、部屋をきれいにしたらZIPPOを持たせてあげようと。
トーカさんは部屋を、床に置いておいたものをすべて片付け、デスクの上も整理して、ネクタイもちゃんと並べて、プラスチックのグラスカップを床に叩きつけ、ペンはペン入れに、充電器やケーブルは入れ物に片付けて許可を取ったうえで、「関係ねえだろ」と言い放ち、大切な「響ZIPPO」は、今でも、ナースステーションの引き出しの中で退院の日を待っているのです。
ぞく
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