リカバリーサイエンス

やれば出来る子という言葉があるが、

あれはきっかけが欲しいだけなのかもしれない。初めから出来る奴が出し惜しみをしてきっかけを待っている。そうでなければあれ程の飛躍は無いだろう。やれば出来る子ではなく、やれと言われたら始める連中なのだ。


「ざっとこんなものか..」

「お前、良く弾が減らないな。」

「弾不足になる奴は腕不足だ、狙って撃てば必ず余る」

殺し屋の多くは武器の鍛錬を施すが彼女は違う。修行機関に属していた事は無く、銃の扱い方はストリートで独学で学んだ。

「敵がなんであろうと同じだ、シルエットは一緒。頭と首がついている」

「再生してもそれは同じか?」

長刀を頭上に振り下ろす。

「何のつもりだ」

スレスレで躱し距離を取らされる。

「私の番だ!」

投げた刀の先端が肩を貫き、血を流す

いつぶりであろう、己の傷を見るのは


「先ずは一太刀。」

「ドーピングの賜物か?」

 反撃は必ず、筋を見てから回避に入る。だからこそ精巧に確実に避ける事が出来るのだが、今回の一撃は見計らい動作した瞬間に突然動きを変えた。

「幾つ仕込んでる?

被検体とやらは見境が無いな」

「素体が無ければ一から作る、それが科学者なのだよ。」

左腕を機械に変え、床のレバーを引き上げる。

「何処に行く」

「おっと、外したのか?

私は地下へ戻らせてもらう」

核の入っていた窪みのある収納庫に体を埋め、地下への移動手段とする。

「逃げられたか..」

標準が合わないなど初めての事、技術として失敗するのは有り得ないと思っていた。

「あ、あの人..おーい!」

後方からエンジンと共に声がする。若い女の高い声は、血を流す腕を見て更に高い声で驚嘆した。

「あの人が、傷を負ってるの..?」

「大丈夫か!」

「..あんたは誰だ。」

「この子らの一応父親だ。それより傷を見せてくれ、刺されたのか..」

スプレーのような霧状の薬を吹き掛け包帯で巻く、娘の為に用意したセットのようだが〝気持ち悪い〟と一蹴されたらしい。

「あの科学者は?」

「地下の研究所とやらに行ったよ」

「そうか、タイミング悪いな。」

利害がくしくも一致した。

地下施設でも彼は自分により強い結果を施すだろう。その目を盗んで事を成せる程余裕は無い。

「私も連れて行け

奴の邪魔をしてやる。」

「君は怪我をしているじゃないか!」

「言う通りにしないとお前がより怪我をする、脅しではない」

額に銃口を突きつけ許しを乞う。何と健気な女だろうか。

「わかった!

そのかわり無理は絶対に..」


「待って〜!」「なんだ、汽車!?」

コンクリの床に線路を這わせ上を汽車が走っている。最早何でも有りだ。

「機械のお姉ちゃん!」

「どこから線路が出てきたの..?」

「はぁ、疲れた。

ダメ元で線路の記憶をデータ化して床に貼ってみたの、そしたらしっかり役割を果たしてくれたのよ」

「そんな事あるのか?」

「それより地下に行くなら私も連れていってくれないかな、やるべき事があるんだよね!」

父親に決定権は余り無い。掛けられる言葉としては一つだけ。

「...わかった、行こう」「うん!」

簡単な男だ。

よくこれで母を従わせていたものだ。

「で、どうやって行くんだ?

さっきの男は収納されていたが」

「流石に三人で窮屈なのは嫌だね、正式にアクセスしよう。」

少し移動し、手形の着いたコンクリの床に掌を乗せる。すると触れた箇所の床が突出し、パソコンのような電子機器が置かれた台となる。


「問題無い、以前とシステムは同じ。前は外にあったから、入り口の扉に付いていたけどね」

何度かキーボードパネルに指を滑らせenterをプッシュ、パソコン台が沈み階段が出現する。

「ここから進める筈だから」

「他にありませんよ。」

「見ればわかる」

中々感謝をしてもらえない様子だが、これはもう彼の人柄である。

「済まんが僕は時間がかかる、さっき足止めしてくれるって言っていたけど限界が来たら逃げてくれ」

「アマがプロにアドバイスか?

悪いが私は殺し屋だ、標的を殺すまでは帰れない。そういう契約なんだよ」

言っても効かないとはこういう事だ、言葉がまるで透明な糸のように針穴を狙っても通らない。

「母さんを置いてきて良かった。

ゆっくり娘との時間を過ごしてくれ」

その頃、地上では。


「あははは、待てー。」

「お母さんこっちこっち!」

「もう、元気ね。お腹空かない?

家出る前におにぎり握ったんだ。」

「ほんと!食べる食べる!

シャン、シート引いて!」

「はいよ..。」

車に積んだ変装布を床に敷く。

「本日握りましたおにぎりの具は..デケデケデケデン!シャケとたらこ!」

「わー!親子おにぎりだぁ!」

鮭を握ったときに考えた、片方にたらこを入れたら家族になるんじゃないかと、親子握りは見事大成功。

「久し振りだね、こうして外でご飯食べるの。お母さんと!」

「そうねぇ..お父さんと行った事は一度もないわね、まんに一度も」

意図して三人で出掛けた事もあった。嫌いでは無いが父親は〝なんかイヤ〟という感覚らしい。

「帰ってきても心配してたフリしましょうね〜?」

「そうだね、ちょっと涙ぐんで。」

「ピリカはお母さん似だね..」

「やだ褒めないでよシャン!」

「褒めてないよ..?」

➖➖➖➖

 「中身は然程レプリカと変わらんな

 面積が広いくらいか」

「地下室を作った上でのレプリカだからね、上を此処に似せたのさ。」

「さっさと済ませろ、私は奴を探す」

 暗いのは地下の光が差し込まない立地で伴うものか、そういう作りか知らないが部屋の数や構造は一緒。

だとすれば恐らく奴がいるのは第二研究室、凄惨な実験が行い蔓延る化け物の多くを作った悪趣味な部屋。


「かくれんぼの下手な奴は直ぐに掴まるぞ、私が鬼だ。命は無い」

敗け=死というのが稼業の世界の道楽

であり了解の掟、まぁだだよは通用しないみぃつけたの領域。


「念仏を唱えな、あんたは仏教だろ」

「....ふうぅぅ。」

「お前、人間だよな?」

〝随分と仕込んでいた〟軽々しくそんな事をいったが肌の色や体躯が変わる程摂取していたとは思ってもいない。

「言った筈だ..私もN'Sのモルモットだと、全てはあの方の探求心の為に」

 この世で最もイカれた感情は愛だというが結局は脳細胞の麻痺によって巻き起こる事故、常人がそれを解放するには、頭を吹っ飛ばすしか無い。

「こういった仕事をすると強く思うな

やはり報酬は必要だ。」

金は天下の回りものとは仮の姿で、実質は誰かと制約を結ぶチケットに過ぎない。それだけのものではあるが、それ以外では人の信頼は得られない。


無料弾ただたまは美味いか?

金を払えばもっと味わえるぞ」

普段狙うのは脳幹、額の中心だが再生する体に肥大化したシルエットでは弱点か見当たらず、四肢を狙って数秒動きを止める程度の足掻きが限界。

「舐めているのか?」

右手から弾丸を連射、細胞が衝撃を学習し再現しているようだ。

「本当の化け物か?」

「実験の賜物だ!」

左手の剃刀が大きく空間を掠め取る。


「多種多様だな、私も返してやる。

お前の忘れものだけどな」

体制低く避けた位置からの長刀による斬り上げにより、剃刀を切断。バランスを崩し巨体を床に叩きつける。

「くぅおぉっ!」

「..なかなか使いやすいな。」


なんでこうなった?

私は..あの方を追いかけただけなのに

唯一興味を示したこの世の理知に..!

「私は...!

N'Sを受け継ぐ素質があるのだ!」

「だったらなんだ?

古いものに憧れる意味がわからん。」

わからんだろうよ、凡人には到底な...

➖➖➖➖➖

 名を名乗るのが好きでは無かった。

仮の名があれば、どれだけ楽かと。


「ステューシー、ステューシー!」

「...なんだ?」

「偉そうだなお前、講師に向かって堂々居眠り宣言か?」

授業の話は余り聞いていなかった。周囲は私を〝居眠り与太郎〟と呼んで冷笑していたが気にはならない。

つまらない話をする老人より、己が優れている事を知っていたからだ。


「また寝てたでしょ?

あれじゃ単位取れなくなりますよ。」

「知った事か、金で知識を得る事がそもそもナンセンスだ」

恋人はいた、だが勝手に寄り添ってきた鬱陶しい女だ。

私の籍ばかりを気にしていた、暇を持て余し特待で入っただけなのだがな。

「さて、行くか」

「何処にいくの?」「帰るんだ。」

生きている心地がしない

短絡的だが、この頃は常に生きる意味を考えていた。しかしそんな物はない

「親がエゴで子を産み育て、時期が経てば夢を探せと突き放す。あれ程守ると身近に隔離していたのにだ」


「ちょっと待って!」「ん。」

「これ、お昼まだ食べてないでしょ?

お弁当作ったから食べてよ!」

「……弁当か」

「それじゃ、またね。」

テロか何かか?

汗と細菌に愛情とやらを吹き掛け異性に混入させる人体実験か..。

「私を被検体に選ぶとはな」

偶に将来という漠然とした未来の事を問いかけられる。耳に蓋をして聞かないフリをするがどうやらそれが皆気にかかるらしい。

「研究機関に属した時点で天望を語るのは考察にしかならんと言うのに。」

私は論文や実験の過程以外で意見を出さないようにしている。そもそも興味が無いし、憶測でしか無い。

「想定した実験が結果通りに進んだとき周りは私を称賛するが、そうなるのは当然だ。想定しているのだから」

違う、求めているものは。

わかりきった結果ではなく想定しえない規格外の概念。新発見だ

「此処に求めるものは無い。」

大学以外の個人でも論文を綴り実験は行なっている。しかし材料が足りない明確な被検体が揃わない。

「結局は私も無知で愚かな迷い子だ」

悲哀な結果に頭を抱えていた。

そんな時だった、大学の臨時講師にあの方が舞い降りたのは。


「ハローエブリワン!

社会の逸脱した歯車達。正式には、後にそうなるであろう愚か者たち..。」

怪しい男だった、科学者と呼ぶには胡散臭く常人と呼ぶには濁った眼をして清潔感が無い。

「なんだあの男は?」

「これからここで臨時ではあるが講師を務めさせて頂くニコライズだ。」

またおかしな講師がわかりきった理屈を並べるのかと呆れ果てた。

「では早速諸君に質問だ」

「勿体ぶるな、所詮戯言でしかない」


「死刑囚には生きる価値があるか?」

「....突然何だ」

戯言どころか妄言の域に達していた。

科学者への問いじゃない、理屈ならまだしも感情論だ。

「死刑囚だけじゃない、ヤンキーや嫌な上司、何でもいい。それらに一度でも死んで欲しいと思った事があるか」

教授や他の講師も呆れていた。

それはそうだ、白衣を着た科学者と名乗る機関のものが国語の授業をしているのだから。


「頭が真っ白か、意外に無知だな。

なら質問を変えよう、死ぬとまでいかなくともそれらの嫌な連中の寿命が自分と比べて大幅に減少するとしたら、喜ばしく感じるか?」

「……。」

周囲は首を傾げているが、私は理解した。この男が言っているのはつまり..

「指定した人物の寿命を独自的に操作する事が出来るとすれば、仰る様に通常は嫌な人間の寿命を短く設定する者が増えると思います。」


「..君、名前は」

「......」「名乗りたくないか?」

「..はい。」「そうか」

彼は自己紹介がてらの軽い講演で、既に半数以上に忌み嫌われた。

「君、何故今問い答えた?」

「..思った事は、特に科学の質問ならば答えたくなるので。」

「そうか、もう帰るのか?」

「...いえまだ。」

「帰るタイミングでいい、研究室に寄ってくれないか。話がしたくてね」

「....。」

講演の後、何故か研究室に招待された

通常であれば無視するが、好奇心が働いた。不思議だ、彼の前ではいつも浮き足立つ。

「..弁当箱、返し忘れていたな。」

荷物を取り私は直ぐに、彼の研究室へ向かった。

講習場を抜け隅の暗い部屋戸を少し開けておくから入れと、そう言われた。


「来たか、入るといい。」

「...暗いな」「戸を閉めてくれ。」

中にはベッドが置いてあり、電子機器で脈拍を表示していた。

「丁度今調子が良くてな、被検体に選ぶのも簡単だった。君には感謝しているよ、ステューシーくん」

「何故私の名を?」

「〝彼女〟が教えてくれたよ、今はもう一つになってしまったがね。」

「....なっ。」

同じ顔の二人の女が、一つの体で眠っている。

「〝弁当箱〟は、渡せそうかな?」

狂っている..しかしこの震えは恐怖ではなく武者震い。

私は涙を流して感激していた。


「名を名乗りたくないといったな?

私も同じ、だからN'Sと呼んでくれ」

「N'S...!」

「ステューシー、付いてくるか?」

「..はいっ...!」

こうして私は、人が生きる意味と愛を同時に知ることが出来た。

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