後の血祭

 図書館ではお静かに、他のお客様のご迷惑になるので。

ルールとして守るのがモラルであり常識だが誰が決めたのだろうか。

静かに本を読みたいから?

集中の妨げになるから?

それとも本の隙間に、他に知られてはいけないものがあるからなのか...。


「賑やかだね、仕方がないか。

あんな化け物が外をウロついてちゃ穏やかになんてしていられないね」

 ノソノソと歩く二首の悪魔は動くものを追うらしい。感覚は酷く敏感で、車や列車といった大きなものだけでなくハエや人の眼球の動き、そういった細やかなディテールまでも逃さない。


「さて、どうするか。

警官を追い出す訳にもいかないからね密かに地下に潜って移動させようか」

万が一警察のガサ入れに巻き込まれたときの事を考えて外へ繋がる通路を用意しておいた。

「重たい宝石は台車で運べば一発さ、

後は外に出て倉庫に保管すれば完璧に凌げるからね。」

殆ど帰らない家に倉庫を設け間に合わせの保管場所とする。外から宝石を運び移動させるなど目立って仕方ないが人気の無い今の街なら容易に可能。

「だが問題は外の連中だ

私は女で婆だからね、流石に腕っ節じゃあ勝てないよ。」

結局は悪循環

耐久戦で様子を見るしか方法は無い。


「サペティさん」

「おや、なんだい?」

「歴史の本ってどこにあるんだろ」

気弱なジェシーが声を掛けてきた。ジェシーは毎回違う種類の本を読むのでサペティに質問をする事が多い。

「歴史の本はすぐ目の前だよ」

「あ、ホントだ!」

「そのくらい自分で探しなよ..」

「え?」

「なんでも無いよ、ゆっくり読みな」

そもそも本には余り興味が無かった。両親が読書家な事もあり本が有り余っていたので部屋に入りきらず図書館になっただけの事。

寧ろ小さい頃から読書している親を見ているので大嫌いだ。

「本を読まないと馬鹿になる?

よく言われたもんだけどね、それは間違いだ。

馬鹿が読むのが本なのさ!

利口なら読む必要が無い物なんだよ」

思想通りか昔から成績は良く優秀だった。何かで劣った事は無く〝完璧〟とまでもてはやされた。

「欲しい物は手に入れた不自由は何も無い。本を読む理由が何処にある?」

〝図書館ではお静かに〟

という言葉の意味は、此処では恐らく

『口答えするな、黙っていろ』というメッセージを伝えている。


「だから私は一人でなんでも..」

「あ、あ...!」「なんだ?」

ジェシーが本を抱えて怯えている。見ると大きなガラスに外を歩く化け物がスレスレで映っていた。

「あ、ああ...!」

「なにをする気だい、あの子。」

「来るな!あっちいけぇ!」

手元の大きな歴史の本を投げ窓ガラスを叩き割る。素通りする筈だった化け物も音に反応しこちら側を向く。


「離れろジェシーくん!」

発砲音で注意を引き、子供から遠ざけ護衛に入った。

「やってくれるじゃないか...!」

戦慄する館内、恐れていた脅威が次々と破れたガラスから侵入する。

「子供は離れて、体制を整えろ!」

アーチ状に入り口を囲み発砲を開始、確実に撃ち込み牽制する。

「サペティさん、僕..」

「気にする事ないわよ。誰だって目の前であんなものをみちゃああなるわ」

「本当?」「ええ本当よ。」

あとは口車に乗せて距離を取るだけ。簡単な仕事だ、子供は常に居場所を求めてる。それを作ってやればいい

「それどころかアナタは初めて戦った皆こうして隠れて逃げているのに、唯一戦った。誇り高き勇者なのよ」


「でも負けたよ、怖かったし。」

それがどうしたのよ?

戦うって事が大事なの!」

「僕が..勇者?」

「そう、そしてこの図書館のリーダー

アナタが他の子を護るのよ。」

「...うん、僕リーダーやるよ!

「みんなを守りたい、僕がついてる」

歓声を浴びる。子供たちの拍手、彼さ幼くしてちやほやの感覚に味を占めた

「よし、チョロいわね。」

ひっそりと詰まれた本の上から一冊を腕にしまい席を立つ。


「有難う勇者さん、お陰で私は自由の身になりましたよ?」

本棚に紛れ、鍵を取り出し懐へ。

「警官はそうね...頑張って!

子供達はジェシーが守ってる、力を貸してあげて!」

「立派だね、小さな隊長。

..よし彼を囲め、援護するんだ」

「しかし隊長!」

「なんだ?

彼も俺たちと同じチームだ、違うか」

隊列を変え、援護射撃へ。

「アホくせー!

その隙に私は動かせて貰うよ」

忙しく列を変えている警官に紛れ進み壁際の本棚に鍵を刺しひねる。

子供を護る事に必死な警官は目もくれず気付く事すらしない。


「アンタらそれでも警察なのかい?」

地下に降りる魔女の顔は不気味な程高揚した笑顔だった。

「さてさて準備といこうかね」

 暗い階段を降りて左に曲がる。光沢のある癒しの石が燦然と並ぶ光景にうっとりしながら幾つかに区分けして用意しておいた台車に乗せる。

「いつでも運べるようにと買っておいて良かったよ、随分と楽できそうだ」

階段を降りた先には二手に道があり、左が宝石部屋、右は地上外へと続く穴が空いている。

「..よし、これで最後だ。

一応上から布を掛けてっと、よし」

布を大きく広げた瞬間石が転がる。

「あぁ危ない!

傷が付いたらどうすんだい..良かった綺麗なままだ、ほぅら...。」

顔の前に重ねた水晶に、奇怪な顔が透けている。


「なんでアンタら此処にいるんだ?」

二首の悪魔の息遣いが宝石を曇らせる

「渡さないよ!

みんなみんな私のものだ!」

持っている石で頭を殴打、片方の顔が潰れ床を汚す。

「宝石が汚れた..お前らの汚い血で!

どうしてくれんだよケダモノォ!」

振りかざす拳などものともせず、次々と石を取り出して殴り飛ばしては宝を鈍器へと劣化させていく。

「はぁ、はぁ..見たか!

ちっとやそっとじゃくたばらねぇぞ、汚れたからなんだ?

また綺麗にしてやるよ、これでもかってくらいピカピカにしてやらぁ!」

欲への執念が、曲がった腰を伸ばし腕に力を与えた。死に際の婆は強いのだ


「やっぱりか」「今度はなんだっ!」

「前から怪しいと思っていた。

その宝の山は盗品だろ、サペティ?」

このタイミングでガサ入れとは不幸続きもいいところだ。警察も街に異変が起き好都合だと踏んでいたようだ。

「だったら何さ?

もう一度売るつもりかい、無理だよ。こんな血に塗れた石じゃあね。」

侵入経路も理解した。後を追って扉に入った警官を更に追い、着いてきたのだろう。鍵も無いのに器用な事だ。


「でなんだよ?

私の邪魔でもすんのかよ」

「警察はそういう仕事だ、悪いな。」

「後ろ気をつけろよ?」

「..なっ。」

拳が首をはねる直前だった、腰を低くして頭に一発、二対で二発だ。

「感謝しろよ死なずに済んだんだからほら〝ありがとう〟は?」

「ふざけるなよ..!」

「誰に言ってんだ?

ほーら、まだ終わって無いぞ〜。」

「くっ!」

殺され待ちの失敗作が列を作って弾丸を望んでいる。警察はどうもこういう仕事をしているらしい。

「次から次へと鬱陶しい!」

「お前が連れて来たんだ

責任を持てよ?」

弾に限界はある。ただでさえ地上で弾を使った後だ、僅かばかりの弾丸でとても賄える量じゃない。

「くっ、死ね!くたばれ!」

「とても警察の言葉とは思えないね」

罵詈雑言を吐くだけ吐いて、やがて発砲の数を超え引き金を詰まらせた。

「はっ、弾が..!」

理性の無い獣の暴威は止まらない。

「ぐあっ、やめろ..よせっ!」

拳の血を舐め、死を実感する。

跡形も残さず複数で囲み、既に形の無い警官を殴り潰す。まるでおもちゃで遊ぶ子猫の様だ。


「あれー..?

もう終わっちゃったのかい。」

➖➖➖➖➖➖

 線路は何処までも続くらしい。

海が広いとも言うがそれだけだ、いずれ終わりが来る。面積と距離では比べようが無い。犬と猫どちらが好きかと聞く者がいるがそれと同じだ。

犬の種類ならわかる、コーギーとマルチーズどちらが好きか。同じ動物の異なる手段だ、理解できる。


しかし犬と猫ではベクトルが違う。

うどんと靴下どちらが好きかと聞かれたら答えは〝意味がわからない〟だ。


「私はうどん派だけどね!

...って一人で行っても意味ないか..」

訳が分からず答えが無いなら取れる手段は一つだけ。

「ここらでストップして貰うよ?」

聞くのをやめてしまえばいい。

「熱っ!」

熱気を浴びつつ適当な場所に汽車を停車する。偶然にもそこは駅のような降りやすい場所であった。

「..どこだろここ?」

のどかに鳥が鳴いている。

世界が脅威に見舞われているとは思えない程平和な雰囲気。

「先に進んでみよう」

改札の無い駅を抜け少し歩くと駅と同じ雰囲気の穏やかな田舎町。


「初めて見た、こんな場所..。」

人はいない。

避難したような慌しさは無いので初めから誰も住んでいないのだろう。

「ここ、訪ねてみよう」

何故だかそう思った。

街で一番大きな家が凄く気になった。

「靴がある...すみませーん!」

「ハイ、オマチクダサイ」

「オフィスくん!?」

違う、仕様が少し古い。色も違う。

「ドウゾ、オキャクサマ」

「あ、すいません..お邪魔します。」

ホームくんの後を追いふすまの戸を開けると、畳の部屋に一人の女性が座っていた。


「いらっしゃい..」

手にはリモコンを握り、ラジコンの様に機械を操っていたようだ。

「おじゃまします。...あの〜。」

「話さなくてもいいよ、その体..あなたも被害者でしょ。実験の」

「実験?

あの施設の事知ってるんですか!」

「昔、研究員をしていたわ。」

「逃げて下さい!

外は大変な事になっています!」

「...え?

そうなの、知らなかったわ。」

 隠居中なのか、寝巻きのまま癖の付いた髪でボソボソと話す。生活は機械に任せているのだろう、布団の前のテーブルには食べかけの弁当や空き缶が複数散らばっている。

「そんな事よりソレ、辛くない?

治してあげようか。」

「え..治せるんですか?」

「えぇ、私薬品管理してたから。」

機械化した手足を治す方法があると、さらりと言ってのけた。探し続けていた西の都はここだったのだろうか?


「私の他に二人います。

しかしここでは全員治せません、方法を教えてくれませんか?」

「...ホームくん。」「ハイ!」

小さな腹のポケットから、紙切れを取り出しカナメに渡す。

「薬の材料表、細かい品は地下研究室にあると思う。」

「有難う御座います!

..そういえばこの街、他に人がいないんですか?」

「いないよ、街ごと買い取ったから」

「買い取った!?」

「昔から人といるのが辛くてね、一人でいるのが性に合っていたんだよ。」

「わかります、気疲れしますよね!」

「……。」

否定されなかった。

〝寂しい奴だ〟とか〝つまらない〟とかうるさい事を随分言われたが、肯定されたのは初めての事だった。


「お前、良い奴だね。」

「そうですか?

嬉しいです、えへへ。」

 人と普通の話をしたのは久し振りだめまぐるしく刻が流れ過ぎて体が追いつかないでいた。

ここにいると、緩やかな時間に揺られて静かな空間を過ごす事が出来る。

「あの..不快に思うかもしれませんがその、もう一度来てもいいですか?」

「...いつでも来な、待ってるよ。」

こんな事を言う日が来るとも思わなかった。人を忌み嫌い、だからこそN'Sの下に属したが結局は駄目だった。

「はい、また来ます!」

 薬品管理を選んだのは、人と合わなくて済むから。人と関わりを持たず奇天烈な実験を拝まれば最高だと思ったからだ。

「お前を造っておいて良かったと思ってるけど、私に人の知り合いが出来るなんてね。気持ち悪いよ」


「ワタシハ、キモチワルイデスカ?」

「アンタじゃ無いよ、私だ。」

「アナタハ、キモチワルクアリマセン

ワタシノ、トモダチデス。」

「..そうだったね。」

信頼や友情など、派手なものばかりでは無い。目立たないものほど輝く。


「さて、戻るか。

って言っても向きが逆だな、これじゃホントに何処に行くかわからない。」

「どきな、大きな汽車だね。」

「お姉さん!

見送りに来てくれたんですか!」

「お姉さん?

もうおばさんだよ。..それよりそれ、困ってるんだろ」

「そうなんです、ベガダルヒアに戻りたいんですけど向きが違くて..」

「向きどころか路線も逆だよ。」

二本ある内の下りの路線にブレーキをかけていたようだ。


「ガンテツ!」「セーい!」

「何これ..大きい。」

「力自慢のパワフルマシンだよ

力を貸してあげな。」

「セーい!」「うわ!」

汽車を悠々と持ち上げ向こうの路線へ向きを変えて放り投げる。

「すごい..」「今度はアナタだ」

「セい。」「わわっ!」

汽車へ投げ入れガッツポーズを決める

「じゃあね、嬢ちゃん。」

「うん、有難う!」

一縷の和みに、友達が出来た。

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