N'S-エヌズ-

 「お前たち..。」

 二度と会う事は無いと思っていた。

願いの場所で、この姿で、再会の顔を偽りでも用意しておけば良かった。

「取り敢えず中に入れ」

「それもそうね。」

車はここに停めておくよ?」

家に帰宅したような会話を繰り広げるが内心は穏やかでない。見捨てて逃げた父親が、平然とした態度で接しているのだから当然だ。


「ただいま」

「あなた、外は...え?」

変わり果てた娘の姿。厄介なのは、こうなる事をわかっていた事だ。

「久し振り、お母さん」

「ただいまお母さん..。」

「ピリカ、シャン..!」

体を抱いて、声を上げて泣いてくれた

愛情という感覚を長らく忘れていた姉妹は自然と笑みが溢れていた。

「で、どういう事?」

「訳を教えてくれるかな..?」

「切り替えはやいな..」

疑問の目は全て父親に向けられる。

全て見ている知っている、隠している事を話すのが今の親である父の役割。

「私から話そうか?」

「いや、いい。

自分の口で説明するよ」

今更信用を取り戻す事は出来ないが、責任として役目を果たす。

「核の意味はもう知っているか?」

「知ってる」

「周りの感情や思いを凝縮して選ばれた者に付与させる。二人で選ばれたお前たちの場合は自分の思いに周囲が収束し体に影響を及ぼすんだ。」

「だから聞いたよ..?」

「すまん。」

一応確認の説明までも邪険にさせるとは余程の嫌われぶり。

〝余計な事かも〟と判断しなかったのも充分な原因だが。

「だからこそ家を出るしか無かった。

二人一緒にいたいと思うお前達と共にいたら〝家族仲良く暮らしたい〟と願う僕たちまでも取り込まれてしまう」

二対の首は四本となり、家族団欒を強いられる事になってしまう。

それを避ける為、心を閉じて家を出た


「わかってくれ、それでも最小限の被害なんだ。」

「皮肉だよね、二人仲良くっていうのを解く為に旅に出たんだからさ」

「本当に叶うかわからないけどね..」

「叶うぞ。

母さんあれ出してくれるかな」

「わかったわ。」

戸棚の引き出しを開け、液体の含まれた注射針を見せる。

「ベガダルヒアの研究所で作り上げたワクチンだ。これで核の成分は分解され元の姿に戻る」

「作ったって、父さんが⁉︎」

「なんでそんなものが作れるの?」

N'Sの部下は科学者の他に腕の良い薬剤師や技術者も雇っていた。

「僕はそこで核の事や実験の事を知った。..だけどまさか娘が対象になるとは、目を盗んで作ったんだ。」

母親は後で聞かされたが直ぐに賛同し従った。我が子の安全の為に。


「やった、これで皆んな元通り!」

「...みんな?」

「被害にあったのはワタシたちの他に二人いるんだよ、今どっちもベガダルヒアにいる。」

「無理だ」「え?」「...やっぱり」

「ワクチンは一つ、助かるのは一人。

全員は救えないぞ」

通常は目先の目的のみに腕を振るうものだ。他人にかまける暇は無い。

「じゃあどうすれば..」

「現地に行こう。まだ散布式の放射ワクチンが残っている筈だ。」

薬剤師という密着し過ぎない立場故に多くの箇所を調べる事が出来た。

「でも研究施設はもう無いよ?」

「あれは元々壊れる予定の造り物だ。

データも本もただのレプリカ、本当の施設は地下にある。」

三弾目の核はコンクリの床から繋がった地下の研究所から取り出していたという訳だ。

「車を出すぞ、母さんはここに残ってくれ。危険な目に合わせたくない」

「……」

いつも言う事に従ってきた。

首を縦に振り頷いて納得したふりをして文句も言わず答えてきた。


「ワタシも行く!」

「母さん..ダメだ、危険過ぎる。」

常にわかっていたのだ、否定されてしまう事を。意見なんか通らない、そう思って来たのだ。

「乗りなよ母さん、一緒に行こ。」

「運転は父さんだけどね..。」

「ピリカ、シャン...。

うん、そうするわ!」

「お前たち..」

見ない間に随分と生意気になっている親の言う事を全く効かない。

「そうすると武器が必要ね

何か良いものはあったりするかな」

「そこの木材なんてどうかな..?」

「何処で覚えたそんな事」

加えてたくましく強く成長している。


ベガダルヒア・絶対禁止区域

 化け物との攻防は延々と続き未だ終息を見せずにいる。実験を施した当の本人ですら囲まれて身動きが取れず冷や汗を流す始末。


「貴様..何度私を使う⁉︎」

「そこにいるのが悪い。」

「そんな事をいっている場合か、銃弾も永遠に続く訳では無いだろう。そろそろ限界が近いんじゃないのか?」

「わかっているなら手伝えよ、さっきみたいに再生させたらどうだ」

凄んだものの不味い状況ではある。

囲む失敗作は理性なく人を襲う、いくら再生するといっても隙間なく囲まれればなす術は無い。

ここは協力し、場を濁す他無い。

「銃を貸せ」

「何?」「いいから貸すんだ」

手渡すと自分の頭を撃ち抜いた。

再生し、手元に戻る銃にはぎっしりと弾が込められている。

「便利屋だな」

「お前がそう使っているだけだ」

戦闘を再開させる。

弾の上限が無くなり余裕が生まれたのか、撃ちながら質問を始めた。

「さっき言っていたN'Sとやらは今どうしてる、死んだのか?」


「〝生きていた〟と言うべきか。」

「...意味がわからない」

あやふやな答えで誤魔化しているのか隠す必要の無い質問だ、そんね無意味な事をする訳もない。

「30年前、施設はモルモットの暴動により火の海と化した。N'S様は部下を捨て逃げ出したが既に患っていてな。失敗作に触れ過ぎた、極端にな」

 実験体の遺伝子や化合物を多量に取り込み過ぎたせいで大きな磁場のように体内に成分がモヤをかけていた。

「阿呆か?」

「自業自得といっても良い。それ程に膨大量の反応が見られた」

それでも尚研究を続けた。

人を使っては実験にかけ反応を確認し様々な合成結合を繰り返し寿命の変化を見たかったらしい。

「薬を飲んでも何を投与しても効果は無くてな、遂に彼は決めたのだ。」

天才と馬鹿は紙一重、しかしどちらも一寸違わず変態である。


「己を爆弾にして

世界の人々に投下しようと。」

「..何を考えてる?」

発想としてはこうだ。

人体実験を施した被検体から体に有害な異変エネルギーを多く摂取し体に取り込んだ。

しかしそれは余りにも多く体がもたないので別の器を用意する。

器を作る際に考えた。

人に中身を分け与える事の出来るものであれば実験を施さなくても被検体としての役割をするのではないか。

そして結果的に核を発射。

「私は光栄な事にN'S様の発射係を任された。全てが成功、狂い無く完了することが出来た..!」

科学と宗教は非なるものだと思っていたが意外に相性が良いらしい。

「その結果がこれか」

「不服か?」

「見てわからないのか」

人の成功は誰かの失敗。結局は単なるエゴなのだ、喜ぶのは本人と周囲の身内だけ。後は苦汁を啜らされる。


「過去の私なら、もしかすればこの状況を楽しめていたかもしれない。

しかし今はその〝器官〟を奪われた」

楽しいという感情が分からない。

記憶や出来事をも丸々忘れさせてくれるならいい。だが忘れているのは後の感情だけ、笑う泣く喜ぶ怒る。

何一つ胸の中には詰まっていない。

あるのは虚無と、空き過ぎた無駄なスペースのみの空の箱。

「それを成功と呼ぶのなら、私は今いるコイツらを満面の笑みで声高らかに叩きのめしている筈だ」

「満面の笑みで?

貴様も相当大概だぞ、我々も言葉通りなら随分とイカれている様だが。」

酒は飲んでも飲まれるな。

殺しは死んでも殺されるなと、一方的に愉しめというしきたりが存在する。


「N'S様も愉しむのが好きだった..」

凄惨な過去に思いを馳せる。

➖➖➖➖➖

 「人体実験を行う?」

「そうだ。

人間の限界を知りたくてな、死刑囚を何名か寄越してくれるか」

 初めは突発的な好奇心だったと思う

〝人にどれだけ刺激を与えたら寿命は縮むのか〟という人道度外視の目論見をどうしても試したいと子供のようにはしゃぐのだった。


彼の本名はニコライズ

名が広まると厄介だと縮めてN'Sと呼ぶように言われた。前は一般の科学班に在籍していたようだが「組織に属すると自由な研究が出来ない」と班を抜け奥地に個人の施設を立てた。

 しかし周囲の研究員は気付いていた

異常な実験を繰り返した事で組織を追い出されたという事くらい。


「先ず機械と体を繋げてボルトを閉める、脳波がどんな反応を示すか楽しみだ。死なない被検体を頼むぞ?」

事実N'Sの実験には法外のものも無数に存在し、全てが異常物質だ。

外気に触れると拡散する毒霧、蹴り飛ばすと爆発するボール、嘘を付くと致死量の電流が走る発見機。

「アホくさい上にくだらない」

警察に目を付けられないのは、軍隊に〝軍事兵器になり得る〟と墨を付けられているからだ。

実際に使用され、高い功績を得たというケースも存在するという。


趣味の悪用実験は更に拡大していき....

「死刑囚は便利だな。

失敗しても在るべき姿に戻るだけ、マウスよりも罪悪感が無い」

「お褒めに預かり光栄です。」

「但し結果が悪い、感情が不安定だからか精神との同調がまるで駄目だ。

次はもっと落ち着きのある被検体が良いかもしれないな」

「はっ、申し訳御座いません..。」

我儘で自分勝手、でもだからこそ人が集まった。毎日異なる動作と反応、抵抗が、あったものも結果や経過を楽しむようになった。


悲劇が起きたのは死刑囚の実験を終えてから数日後の事だ。

新たに集めた坊主の被検体が施設を荒らし、長らく集めた資料やデータを燃やし尽くした。

生き残った研究員は頭を抱え打ちひしがれた。総て失ったのだ、無理は無い

そんな折、基地を作った隊長はというと...涙を流して笑っていた。

「いいぞ、イイ!

良く適合したじゃないか坊主共。これ程までに嬉しい事があるか..⁉︎」

〝イカれてる〟素直にそう思った。

毒気を盛大に取り込み、激痛の走る体を震わせながら歓喜しているのだ。

それと同時に、口角を上げて高揚している自分がいた。

「私も〝ソッチ側〟なのだと、なんとなく理解できた。」

洗脳でもいい、利用され消されようとこの人と共に事の経過を見送っていきたいと強く思った。

「その頃には私は既に実験対象だったのだが、彼は私の経過より己の末路を優先してしまったのだ。」


「後の事は頼む、良く着いてきたな」

研究員は皆姿を消した。

モルモットの犠牲になるものやついていけないと逃げるもの。残っていたのは私とN'Sの二人だけ、酷く質素だ。

「では、さよならだ。」

遺伝子を電子回路に繋ぎ用意した三つの核装置に区分けする。

「一つ目は指定、二つ目は増大、残す三つ目は拡散だ。わかるな?」

「わかっていますよ。

最後に言い残す言葉は?」

「...お前が考えろ。」「何ですか?」

未来は託す、過去の人物は消えるだけ

最後まで自分勝手な男だった。


「では、また..。」

 飛び立った拡の行き先は敢えて見なかった。彼のいない実験には、興味がなかったのかもしれない。

「それから私は肩身をつくるようにN'Sの後を追った。」

 精巧な当時の施設のレプリカを作り

形だけでも近付けた。

「再生する体に同期させれば、崩れる事は無い。彼は生きている!」

そう思いたかっただけだったのだ。

ずっと生きている、存在し続けている

死を超越した絶対の頂。

「私の中で、貴方は今も生きている」

➖➖➖➖➖

 「しかしそれは間違っていた..」

「何を一人で言っている?」

 同じように実験を施してみた。しかし出来上がるのは粗悪な失敗作ばかり


「お前のようには上手くいかない!」

「黙れ、肉片にされたいのか」

使命感で行う実験ほどつまらないものは無い。心躍り、知欲湧く探求の連続で無くてはならない。

「仕方ない...後片付けだ!」

白衣の袖から長刀を抜き、群れを斬り裂いて刀身を拭く。

「漸く手伝う気になったか..」

「勘違いするな、己で作ったサンプルにもならん粗悪品を処理するだけだ」


「好きにしろ、いくぞ」

背中合わせなど気色悪い

心があればそう言っているだろう。再生する体など、不快極まりないだろう

だからこそ刀とは相性が良いのだが。

「折れた..悪いな、さらば」

己の首を断つ

再生すれば刀と首が生え揃う。

「便利だが効率が悪い、できるだけ死ぬな。手間が増える」

殺し屋が死を拒否するとは相当なもの

一発勝負の稼業は速さがウリだ、だらだらた長引くのはリスクがでかい。

「生死を再現するとは

お前も随分横暴な女だな。」

「口数も減らせ、腕を動かせば自然と話さなくなる。試してみろ」

歩幅がズレれば直せば良い

息を合わせれば誰とでも組める。

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