冷静のかたわら
過去の時間を再生する二つ目の核が見せる記録は適当なものでは無く、ちゃんとした規則性で選択をされているようだ。
設定はおそらく、自分では無い身近
「またこの街か。
いい加減しつこいぞまったく」
一度目は勝手なもの思いに耽っただけだが孤独という優しい世界では寛容という長物が与えられる。
「今度は何処にフォーカスを向ける?
母か父か、まさか私じゃないだろう」
殺し屋には珍しい秘密の一切ない人生の彼女には今更見るものは無い。
しかし他の周囲には、余りにも注意をして来なかった。視野はグングンと狭まっていき、やがて一件の馴染みある店の中に入っていった。
「バンビか..。」
一番身近の腐れ縁だが信頼を置いた訳でなく、度合いでいえば誰よりも上辺で酒を酌み交わしていた相手。
「興味を持てというのは難儀だな
心無い私は響く箇所も見当たらない」
雰囲気から察するに教会へ討ち入った後の夜だろう、あまり優れない顔つきをしている。
「ヤケに冷静だな、あれ程殺意に満ち溢れていたのに。」
気を紛らす素振りではなく単純な業務として平然とグラスを磨いている。
「敵といえど恩人だからな..」
「一人語りか、便利だな」
父親を凄惨に殺めた神父を心から憎めていた訳では無さそうだ。犇く葛藤の中出した結論が、死という殊勝な技法だったのだろう。
「父親は勉学より、酒の種類を多く俺に覚えさせた。」
〝酒屋の息子は品種だけが知識だ〟と
無数に叩き込まれた。
「俺は親父が好きだったし、苦では無かったけど..外で神父に学ぶ勉学がとても楽しかった。」
未知の領域で新しく知識を得る方が余程新鮮で喜びが大きい。
「本当にあの人が殺ったのか?
何かの間違いじゃ...俺はてっきり..」
何としても敵は彼女であってほしい、やはりそう思っていた。
「受け取ったアイスピックに確かに殺意が宿っていたが、あれは神父へのものでは無かった」
〝殺したのはお前だ〟と、直接的な感情が伝わってきていた。
「アイツはしぶとい
何度試しても生きていた。」
「...コイツまさか」
とある時期、本人は不作の年だと言ってたが酷く酒が不味いときがあった
「何故そこまで私を憎む?」
元を辿れば始めの出会い方もお互いの印象は悪かった。
➖➖➖➖➖
砂のお城
まだ学校の無かった勉強の場は周囲からそう呼ばれていた。
「ここをかけると、値はこうなる」
木の棒で砂に文字を書き、伝える。それだけで満足出来るほど街の子供たちは情報に飢えていた。
「よし、できた!
なかなかやるねぇ皆。そろそろお祈りの時間だ、教会に移動しよう」
「私はいいや、家に帰る。」
「アンソニー...君は仏教だったか」
集団に一人はいる協調性の無い子供、それがアンソニー・テイビスだった。何をするにも個人的な意見を持ち文句を付けては単独で行動する。
指導者はそれを面倒がって〝問題児〟と表現する事が多い。
「お前また自分勝手かよ!
神父さんが困るのわかんねぇのか?」
「..煩いよ、思ってること言ってるだけだ。我慢はしたくないんだよ。」
何かを言うと真っ先に突っかかる口うるさい厄介な子供、酒屋の息子らしいが気に入らない。仲良くなる事は絶対に無い。
「いいよバンビ、好きにさせてあげよう。神に祈るというのは神聖な儀式。
嫌々に押し付けるものでは無いよ」
もしかしたらこのときから神父に違和感を持っていたのかもしれない。
言葉の端々に微量な嘘を感じていた。
「さて、帰るか..」
と言いながら正直に家に帰る事は殆ど無く、街を散策してはもの思いにふけり帰るのは日没近く。
「今日はいつもと違う場所に行こう」
人の少ない道草を散歩するのではなく好奇心という不安定な荷物を背負って子供離れした場所へ足を運ぶ。
「お邪魔..。」
「早いな
まだ店開けたばっか..ってなんだよ、
子どもか⁉︎」
「何か飲めるものはある?」
「酒は出せねぇよ、ミルクくらいならいいぜ。飲むか!」
牛の恵みをグラスへ注ぎ目の前のテーブルに置く。
「金はいらねぇ、サービスだ」
高待遇から期待して飲んだが味はどこにでもある普通の牛乳であった、大人の言うサービスというのはこの程度なのだとそこで理解した。
「で、どうしたんだいきなり?
余り子どもにオススメ出来る場所では無いんだが」
「アンタの息子..」
「息子?
そうか、バンビの友達なんだな!」
「友達じゃない、天敵だ。」
父親似で無いことはわかった
短絡的で適当な男が規律やはみ出しを注視する筈も無い。息子とは真逆の親だが、やはり好きにはなれない。
「母親はいないのか?」
「オレのか?」「違う!」「怒んな」
口うるさくなったのは、手間が掛かり過ぎる父親をしつけて来たからなのだろう。よく店を切り盛りできているものだ、酒の値段が安いのだろうか?
「いたよ、数年前まで。
突然いなくなっちまったけどな」
「捨てられたのか。」
「違ぇよ、死んだんだ
重度の病気でな。医者に助からないって言われて安楽死した」
苦しみ迷惑をかけるなら注射一本で。
潔い決断を下したものだ。
「オレも自分の死に方を考えてあるんだよな、聞きたいか?」
「興味ないよ。
..でも勝手に話すんだろ」
「わかってるじゃねぇか。
オレはな、この店で死にたいんだ」
「...知らないよ。」
酒の様にカウンターテーブルに身を乗り出し酔い潰れたように死にたいそうだ。マスターの死に目が飲兵衛だとは、妻も想像したく無いだろう。
「どう思う、な?」
「馬鹿馬鹿しいよ、そんな死に方。
本当にやったら腹抱えて笑ってやる」
「言ったな?
約束だぞ、笑って見送れよ」
「何喜んでるんだ
馬鹿にされているんだぞ?」
「貶されるなら笑われろだ、オレの死で誰かが笑うならツイてるじゃねぇかお祈りや涙はいらねぇ。心から馬鹿にしてニヤニヤしててくれ!」
「変態が...。」
この男が全ての元凶であり根源である
息子が真面目になったのも妻が倒れて寝込んだのも、楽観的な馬鹿が蝕み壊してしまったのだ。
「覚悟しろ、盛大に馬鹿にして貶し倒してやるからな」
「有難ぇハナシだな!
大いにやってくれ、遠慮はいらねぇ」
話を聞けば酒屋は妻が死没した後に開いたようで、生きている間は頑なに嫌な顔をされるから待っていたらしい。
弾を心から愛した後は
妻の〝一番嫌いなモノ〟で商売をしようとずっと決めていた。
「向こうで好きな事をやってるだろうからな、こっちで嫌いな事をすれば向こうにはそれが行かないだろ?」
「意味がわからない。」
「だから..」「説明しなくていい!」
牛の恵みが不味く感じてきた。
「冗談のつもりが、まさか本当にそうなってしまうとはな」
死ぬ間際態々家に電話があった。捜査に巻き込まれたら面倒なので履歴は消しておいたが、我が子よりも先に連絡を入れるとは最後まで無責任だ。
「そこまでして見せたかったのか?」
約束通り高らかに腹を抱えて笑ってやった。血の繋がりを超えて死に目に選ばれたのならば果たしてやろうと。
「知っているか?
死後最後に残るのは聴覚なんだ。声の情報ならば、ギリギリ冥土に持っていく事ができるそうだぞ」
すっかり逃げ道になっていたバーにも暫く寄り付かなくなった。かといって勉学に励むなんて馬鹿馬鹿しかったバンビが店を受け継ぐまでの数日は寄り処が無く、それこそ心が無い状態が続いていた。
「あの頃にはもう既に、殺しを生業にする準備が出来ていたな..」
廃屋で拾った古い銃で並べた空き缶を撃ち飛ばして遊んでた。元々素質があったのか、その辺の警官よりは標準を合わせるのが上手かった。
「あの辺のお巡りはイカレていたからな、銃を所持していても注意すらして来なかった。」
それどころか並んで射撃の腕を競い出し、先に空き缶を撃たれたときは本気で悔しがっていた。
「さて。
そろそろ立ち話に戻るとするか」
退屈な過去の記憶を垂れ流すバーにも変化があった。
「何処にいくんだ?」
バンビがカウンターの裏に入っていく静かに着いていくと、無数のワインが貯蔵された保管庫へ辿り着く。
「この酒達..まだ新しいな、早朝まで呑むこともあったが搬入していたような素振りも無かった。」
前から置くには新し過ぎる。
かといって仕入れたてという程では決して無い、そもそもバンビが貯めた酒ではないのか。
「親父の酒か?」
奴は言っていた〝妻の嫌いなものをこの世に残す、そうすればあの世にそれがいくことは無い〟。
「ここまで溜め込むものなのか?」
バンビが昔から出していた酒は父親のものでその酒は妻の苦手なものだった実質的にも間接的にも集めた酒を無駄に消費させられていたという事だ。
「これ、まだあったのか」
向こうの棚でバンビが紙の冊子に目を通して一人ごちる。
「こんな事本当にやるんだな、やめとけばいいのによ。」
「何を見ている..?」
冊子は何かの計画書のようでワインと違って埃被り年季を帯びている。
核消失対象 バンビ・アンデルセン
人体化合爆弾の対象者であるバンビ・アンデルセンに投下許可を承りたい。
選択肢を設けた。
投下可能ならYESに丸を。
もし不可能でなのであれば、適した後任を選んで頂きたい。
「核消失対象..核を落とされる対象はバンビだったのか?」
「親父がてんやわんやしてたもんなぁ他の対象はいねぇかと探し回ってよ。
まさか〝アイツ〟を選ぶとは思ってもいなかったが。」
「ほう..そういう事か」
怒りの感情は削がれている。虚無の体では声も荒げない。
「今アイツは復讐しに行ってるよ、感情使うのも最後かもな。元々冷めた奴だからさ」
子供を態々バーに入れたのは距離を縮めて彼女の事を知っておく為。対象になった息子から、後任として核にスライドさせるため。
「馬鹿だよな!
これから何か失うってのに復讐だとさ
アイツが殺してれば良かったにな..」
高揚したり下がったり不安定な心持ちで忙しく騒ぎ立てているが真意の程は分からない。
「何が言いたい、この男」
変わらずそのまま落ちていたら、酒屋の息子は一体何を失うのだろう。
「もしたらさ、親父の事も復讐の事も忘れてくれるかもしれないしな。
いつもの愛想が無い酒飲みのダメ女にそれでいいんだよ、アイツはずっと」
「……」
殺し屋になると初めて言ったとき、何よりも否定した。酒を出さないとまで言われた。気付いていたのだ、犯人が彼女では無いという事に。
「安息の地には何がある?
アイツが望む物がちゃんとあるか⁉︎」
「気にするな、お前は酒を出していろ
..それだけでいい。」
過去の記録に背を向けた
これ以上はいらない。恋愛映画は大嫌いだがそれより一層つまらない。
「お前の為の復讐じゃない。今となっては誰のためかもわからないが、あるべくしてあったのさ」
証言者は皆死に絶えて消えた。
屍は超えるものでは無く踏み潰すもの
「安息の地か..息を乱してみるのもいいのかもしれないね。」
標的を殺めるのと同時に、己を幾つも殺してきた彼女にとって安らかな息というものは対極にある。
「私は今日も殺される、だからその分殺し返す。思いじゃなくて物理的な仕返しだ、覚悟したって無駄だよ」
手を上げる前に死ぬ事になる。
「核か?武器か?それともヘリか?
何が来ようと変わらない。銃で穴空き撃ち込むだけさ、生憎恐怖もないからさ。なんだっていいよ、考えな。」
どこからがベガダルヒアに差し掛かっているかわからない、警戒するより場所を指定したほうが都合が良い。
「誰だ?」
何かが領域に触れた、微量な息遣いと警戒した機微の動く音。
「撃たないで!」「機械の...女?」
「あなたも
ベガダルヒアにいくんだよね?」
「......」
そっと銃をしまい、話を聴く。
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