いらないガラクタ

 「はっ!」

起きたはいいが頭が錯綜し上手く働いてくれずにフラつきをやめないでいる

足は何故だが土に埋まって固定され身動きを封じられ、瞳にはセピア色の荒い映像が映されている。


「何なの..?」

年代も分からない映写機のような光景がゆっくりと流れる。内容といえば老人が工房のような場所で錆びた槌を持ち、ひたすら金属を叩いているという酷く退屈なもの。

「あの台座見覚えがあるなぁ。あの古ぼけた槌も...ていうかあれってもしかして、おじいちゃんっ⁉︎」

 鉄を打ち付けるキザリの身体が徐々に遡り、若くなっていく。腰の曲がった老人だった姿から平らに延ばし、やがて適度な筋肉の好青年に。

「これが、若いときのおじいちゃん?

..結構カッコいいじゃん。」

職業は便利な機械技師であり旅人、依頼を受けてはその地域に滞在し機械の修理や製作を行う。

「良く聞かされたっけなぁ、旅の話」

殆どは聞き流して覚えていないが多くの国や地域へ向かったと聞く。

「それを何で今更見せるの?」

放っておいた昔話を偶には聞いてみようかと、静かに拝む事にした。

「久し振りに話そうか、おじいちゃん

聞かせて貰うね。」

若かりしキザリは黒い鉄板の様な金属を一心不乱に叩き続けている。


「調子はどうだー?」

「ボチボチってとこだ、それよりここ熱過ぎないか」

「鉄工所だからな

熱くて当たり前だ、悪いな!」

 よりにもよって鉄工所からの色気の無い依頼を引き受けてしまうとは、時期にして7月の夏始めである。

「それにしてもよく引き受けたよなぁ

機関車の製造なんてよ。それもたった一人で、正気じゃないぜお前」

「〝力を合わせてみんなで〟ってのが

どうも性に合わなくてな。こっちの方が捗るんだよ、それにオレから言わせりゃ普通の道からトンネルやら線路やらを作る奴の方が余程イカれてる」


「言ってくれるな!」

「褒めてんだぞ、オレは」

道を走る鉄の塊を作るか鉄の走る道を作るかの違いだ。甲乙を付けるのは野暮だが確かにどちらもマトモでは無い

「鉄ってのは何にでもなる。

手を施せば便利にも安全にも、偶には兵器だってなり得る。だが施す奴の腕が悪けりゃただのガラクタだ」

「だからって機関車はねぇだろ?」

「間違いねぇな!」

熱気の中高らかに笑い合う狂った男達を繋げたのは一枚の鉄板であり製作技術。人嫌いのキザリだが社交性は高く一度仲が深まれば急激に距離を縮め、酒を酌み交わす程親しく振る舞う。

「さてオレも行くか。

サボりは終わりだ、外で線路を作って来るぜ。お前も無理すんなよ?」

「そんな言葉があるのか、悪いが知らなかったぜ。オレは好きにやらせて貰う、お前は充分気を付けろ」

「ハッハッハッハ!

こりゃあ倒れても平気だなオイ!」

 幼い頃から機械や鉄を弄り倒してたそれ以外の娯楽を知らないというのもあるが物の無い時代に生まれたキザリにとっては、何にも匹敵する最大級の遊びであった。

「親は外出て遊べとしつこく言ってたが、結局間違ってたな。鉄の方が正直だ。嘘を付かないからな」

好きがこうじて仕事が早く何年とかかる製作作業が月単位で平気で終わる。

キザリ曰く製作に時間を掛ける職人は

〝腕が無いから時間で誤魔化してる〟という証らしい。


「そもそもこれの何処が仕事だ?

ただの遊びだ、手間のかかるな。」

様々な企業からスカウトされた時期もあった。ウチに来い、高待遇だと言われたが、組織を組んで商売とするのが心から理解の出来ない愚かな事だと考えていた。例えば隠れるのが上手く、いつもかくれんぼをしている子供に隊列を組んだ忍者が声を掛けるような、そんな奇怪な光景に見えた。

「今日はこんなもんか、現場に着いたのが遅かったからなぁ。本格的なもんは明日からになりそうだ」

叩いて伸ばした鉄板が幾つか並んで熱を受けている。一日目のこんな仕上がりが数日で完成するのかと、依頼者はいつも信用のおけぬ目を向ける。

「寝床は熱気の向こう側か、上手いこと工夫してくれたじゃねぇか。」

鉄工所の岩壁に小さな引き戸を設け、そこに出来た小さな部屋に布団と枕が敷いてある。


「日中歩き過ぎたかもな、直ぐに眠気が攻めてくる..都合の良い体だな。」

筋肉が趣味にしか使われていない為他の動作には疎く働き疲れやすい。

「おじいちゃんこの頃から眠りが深いんだ、変わらないんだなぁ。」


朝が始まると作業が始まる。

槌を握り鉄を打つところから一日は始まる。持ち物は少なく部品は現地の依頼主から譲り受ける。

「新しい槌はよく働くな、こいつはいいぜ。長く付き合ってく事になるな」

「あの槌...!」

小さな家で持っていた錆びついたものに形が似ている。使い難く釘もロクに打てないような下手な代物だが頑なに捨てようとはしなかった。

「そろそろ手放してあげなよ...。」

あの鉄屑がまさか機関車の外面を叩いていたとは想像もしなかった。

「さて、中身を弄って組み込むか」

 発車に欠かせない動力源やギミックの製作に移る。専門的な知識が必要な分野ではあるがキザリは敢えて勉強をしない。感覚と運で動かすのが何より楽しい遣り方なのだと無責任なポリシーを掲げては依頼主を困らせてきた。

「よし、こんなもんだろ」

それ程型破りでも依頼が絶えないのはそれら全てが難なく稼働し正常に機能するからだ。

「骨組みは骨が折れそうだな。

面白過ぎるぜ、我ながらホントに」

本当に何も考えてない。

既存の知識を並べるのではなく経験や巡り合いの機転をその度に詰め込む謂わば頭は入れ物に過ぎない。

「容量がどうのこうのと言ってる奴は元々窮屈なんだろうなぁ、足りなきゃ広げればいいだけなんだろうがよ。」

使い方がそもそも違うのだ。

周りは決められた容量で適度な作業や動作を行う。しかし彼は規格外の出来事に触れた後、脳の容量を決める。

全てが未知で勝敗は無い。

敗けたところで他人事程度に軽く見て、腹を抱えて笑っている筈だ。

「ここで何月か掛かりそうだな、時間使うのは流儀に反するが問題無ぇ。

そこら辺の技師よりは余程腕が立つだろうしな、自賛じゃねぇけどな。」

愚直な言葉は大嫌い

過信や自賛、大きな肩書は決していらない。過小評価が望ましい。


「でかい事するのもいいが、人の目ってのは時折邪魔になるんだよっ...!」

目立つ人間が苦手だった。

中心に立ち騒ぎ立て、人気のある事を何よりの美徳としている感覚がどうしても理解出来なかったからだ。

 目立ちたがり屋は組織を仕切りたかまり筆頭を気取りがちだ。しかし奴等が率いた連中が、纏まり結束したところを見たことが無い。

「偏見は人を作るもんだ、間違ってようが正しかろうがそれが自我。誰に否定されるいわれも無ぇよな」

エゴと執着が人を殺し生み出された大きな感情がまた新たな人を作る。

〝負の連鎖〟という言葉は俗語であり

愚かな生き物が同じ種類の存在を集めているだけ。表現するなら正しくは、

〝類は友を呼ぶ〟だ。

「こうやって無駄口叩けるのも一人だからだ。寂しいなんて思わねぇ寧ろ大歓迎だ、気質が孤独で良かったぜ」

40人とつるむところを一人にすれば、単純に使える時間は40倍だ。

友達を邪魔だと思う人間は少なくない


「何処でおばあちゃんと知り合ったのかな、あんなに屁理屈屋の人が」

祖母は成り行きと言っていたが余程気疲れが生じていたのだろう、祖父を残して凄まじく早く旅立った。

「おばあちゃんも言ってたな

〝あの世にいってもあの人は一人〟だって、確かにそうかもね..。」

心配して外へ出たのが馬鹿馬鹿しく感じてしまう、考えを改めた。


「おう」

「何だお前またサボりに来たのか?」

「外は暑くてな。

動き続けたら死ぬ思いだ」

「だからってここは鉄工所だぞ?

外と余り変わらないだろ、寧ろ外より熱い思いするぞ」

「ここの方がずっと涼しいぞ、見ろ。

火の中で石炭が踊ってやがる」

鉄工所の動力である蒸気装置の炎を眺め石炭を見て癒されるとは、余程疲れが溜まっているのだろう。

「男だらけで嫌にならないか?」

「初めは暑苦しかったがもう慣れちまったよ、みんなして女っけ無ぇもんだから話もしねぇな!」

「いるだけ面倒だぞ、女なんてな」

若い頃はモテたを自称していたが本当だろうか?

生涯の伴侶ですらサジを投げる男だ。ロクでもない女と付き合ってきたことは明白であろう。


「いつ出来上がる?」

「まだ随分かかるだろうな。」

「珍しいな。腕は良いんだろ」

「相手は機関車だ、これまで作った事もねぇ。安心していいぞ、思うほど時間はとらせねぇからよ」

「頼もしいねぇ。」

 それから数ヶ月、作業場に男は入り浸り無駄話で盛り上げた。キザリにとっても適度な息抜きとなっているようでマンネリを生まずみるみる捗った。

「ふぅ..漸く手前ってとこだな」

「六ヶ月か、長かったな!」

黒光りしたボディに煙突を設け、丸い二つのランプが印象的だ。内構造もしっかりと作り込み、後は表面の強度を安定させて高める作業。

「線路は?」

「ほぼ完成だ、道中の金具が少し外れたが今部下が直している」

「そうか..。」

順調に事が進み、苦労した甲斐があるというもの。

「大変です!」「どうした?」

しかし悲劇というものは、前触れもなく突然訪れる。


「落石だと!?」

「はい、金具を直した振動で岩壁が崩れたものかと...」

「いや、その程度じゃ落ちない。

あそこは見たとこ初めからガタガタだった。長いこと蓄積された年季が弾けちまったんだろ。よりにもよってこんな嫌なタイミングでな」

「怪我人は?」

「それはなんとか、皆で逃げたので」

奇跡的に怪我人は0。

しかし線路は岩の下敷きに、落石を拾うにも手間がかかり過ぎる。もし拾っている最中に再び岩が落ちればそれこそ死人が出かねない。

「どうしたものか..」

「よし、ならやるか!」「何をだ。」

「耐久検査だよ、機関車の!

岩を壊せる硬さがあったら充分頑丈だろ、わかりやすいじゃねぇか」

汽車にのり込みエンジンを入れる。

「待て、それはまだ開発途中だろ!」

「だったらなんだ?

いいから乗れ、一人じゃ動かねぇ。」

構造として前方がエンジン、後方にブレーキを設け鉄工所と似通った動力炉に石炭を加える事で速さを増す仕組みとなっている。

「..仕方ない、話をしても聞くタイプじゃないしな。同情してやる」

「親方!」

「お前は下がっていろ、何が起こるかわからん。」

全てが我流の即席機関車だ、安全とは決して言えない諸刃の剣。


「準備はいいか?

それじゃあ出発進行だっ!」

エンジンレバーを傾ける、それと同時に燃料を入れ速さを増加させる。

「もっと入れろ!

いいね、爽快だぜオイ!」

「楽しんでんじゃねぇよ、熱っ!

オレの身にもなってみやがれ!」

曲線を抜け直進の線路へ轟音と共に鉄の塊が走り抜ける。

「おい、なんだアレ!」

「機関車だ!みんな避けろ!」

部下の安否も無視して落石の寝転がる進路へ爆進。

「見えたぞ、気張れ!

激突してぶっ壊すからよ!」

 荒れ狂うキザリは最早止まらない、苦労して作り上げた賜物を岩へ当てる事もいとわない狂気と成り果てた。

「燃料足せ!

おらおらおらおらぁっ!」

爆速の機関車が岩へ打ち当たる、表面が傷つこうと、外面が砕けようと関係無い。破壊のままに岩を叩き割る。


「一つ、二つ、三つ!」

「くっ..衝撃が凄過ぎる...!」

ドリルで穴を開けるように岩を砕き切ると、汽車は完全な暴走を始めた。

「成功だ、だがこのままじゃペシャンコだ。ブレーキをかけろっ!」

「人遣いが荒いんだよ!」

動力炉脇のブレーキバーを力一杯倒す

車輪が音を立て線路に擦れ、機関車を止めようと奮闘する。

「止まれ、止まれぇっ!」

「くっ、おぉっ...!」

振動により動力炉の炎が大きく揺れ動き親方を煽る。

「言う事を、ききやがれぇ..!」

左腕で上からバーを覆うように、右脚を一歩踏み込んで渾身の力を込める。


「いいぞ、その調子だ!」

「鉄工の漢、舐めんなよっ!」

深くレバー下ろした瞬間汽車が大きく揺れ、動力炉の炎を大きく零した。

「ぐあぁぁ...!」

溢れた炎は露出した左腕と右脚にふり掛かる。

「よし、止まる!

なんとかギリギリで止ま...」

ブレーキを掛け止まった先に、砕いた落石の破片が山のように積もっている

「..嘘だろ?」

機関車は岩に当たるとバラバラに弾け乗組員を吹き飛ばした。

「悪りぃ耐久検査は失敗だ」

「元々期待はしてねぇよ。」

汽車はボロボロ匠もぼろぼろ、壊れた線路と機関車が指をさして二人の顔を見て笑っている。


「嘘、壊れてんじゃん!」

結局キザリはキザリだと長い時間で再び認識させられた。


「初めての失敗だ

結構珍しいもん見れたな。」

「..感謝はしねぇぞ」

「好きにしなよ。」

「これからどうすんだ?

こんな大失敗すりゃ信用も随分失って客も取れねぇだろ」

「そうだな、ならもう技術はいらねぇなぁ。他のやつにでも教え込んでやるとするかね」

「その部品、持って帰るのか?」

「全部じゃねぇけどな。

不必要程度のもんだ」

「不必要?

どういう意味だよそりゃあ。」

「...寝床を見てみな

名前は変えておけよ?」

そう言い残し、勝手に去っていった。別れの言葉にしては酷くナンセンスだ


「何なんだ..」

後日思い出したように寝床を調べると殴り書きの紙の束が見つかった。

「これ、機関車の設計図か..?」

夜通し薄明かりの中、しっかりと書き留めていたようだ。

「蒸気機関車『カナメ号』...キザリ」

機関車の名前は、二つの斜線によって消されていた。


「え..それじゃあ私の体の部品って..」

孫の名前を付けたのは、祖父だと昔両親が言っていた。

「本当に、都にいってもいいのかな」

葛藤が彼女の行動を鈍らせる。


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