拾えなかったもの
再びそれは世界に落ちた。
しかし人々に余り被害は無く、もたらしたのは既に奪われた者の記憶で蠢く後悔と疑問。
「シャン..シャン!」「...ピリカ?」
「何処なのここ、車は?
確か道を走ってて...突然視界が白く」
事故に遭ったか打ち捨てられて、車は見当たらず身体も少し痛みがある。
「何なのこれ、カラダが..!」
「えっ、何...あれ?
二つに戻ってる。心音が聞こえるよ」
身近なものに気を取られて大き過ぎる変化に気付かなかった。息遣いに意識を持つ筈も無く、一人だけの呼吸など覚えている訳も無い。
「すごく軽い、自分の腕ってこんなに細かったんだっけ。」
「..そうか、だから車が無いんだ」
体力を取り戻せば補う機械はいらない
普通に歩いていける空間が確保された事で存在自体も姿を消した。
「見てシャン!
景色が浮き上がってくるよ」
モヤがかかった世界が徐々に晴れ空を浮き彫りにする。完全な空間として広がったその景色は、かつて幾度と目にした馴染み深い彩に変わった。
「ここって...」「ワタシ達の街だ」
見慣れた街にも違和はある、潰れた筈の薬局が健在であったり亡くなった筈の菓子屋の老人が生きていたり、中でも一番の不意は〝いなくなった〟筈の両者が存在していることだ。
「お父さん?」「お母さん..」
直ぐに追いかけた、しかし触れることは出来ない。腕が体をすり抜ける。所詮は幻想、仮に見せている過去の古きレコードに過ぎない。
「家に入っていくよ」
「この日...覚えてる、ワタシ達が図書館で本を探してたときだよ。」
「え?」
「ほら、車が汚れてる。確か泥が跳ねてお父さんが磨いてた」
シャンは周囲をよく見てる。ピリカが自分を念入りに見てくれている為気を配るなら外に目を向ける。
「ほら、中入れるよ!」「本当だ..」
すり抜ける体を利用して建物の中へ。
「使いようってやつだね」
「違う、此処が過去なら干渉は出来ない。そこに入る事が出来たなら、触れられる範囲もあるって事」
「......うん。」
饒舌なシャンには敵わない
〝脳ある鷹は〟というやつだ。
それと同時に抵抗出来ないのも事実、過去は過去。展開される両親の話をただ静かに聞いているしかない。
「あの子達は?」
「願いの場所について調べに行った」
「そう..。」
「本気で思って居るんだ、あそこがそんな自由な場所だって」
「本当に...やるの?」
「やるしか無いだろ、選択肢なんて無いんだ。僕だって沢山考えたよ」
何かを決断した割には表情が重い。この頃は既に両親が家に帰る頻度は少なくなっていた。
「帰ってきたら正式に教えてやらないとな。願いが叶う場所は本来、一度無くした物を収束させる場所だって」
「もしかしたら分かっているかも
あの子達、とても勘が鋭いから。」
正直聞く前はよくわからなかったが教えてくれたのは両親では無く図書館のサペティさん。二人で行動を共にする事の多かった姉妹は同級生と一緒にいるより、彼女と会話する事が多かった。体が結合した後も、唯一差別的な眼を向けず普段通りに接してくれた。
しかし両親は、それをしなかった。
「〝あの日〟が来たら、この街を出よう。僕たちは彼女たちから距離を置かないといけない。」
「ええ、分かってる..。
それでも二人だけにしていいの?」
「車を置いていこう、ガソリンも。逃げ道を作っておいてあげるんだ」
「この街を出れるように?
もしそのまま逃げなかったら、そのまま私たちを追ってきたりなんか...。」
「それならそれでいい、会う事は無いかもしれないけど..無事でいるなら、何処にいてもいいよ。」
父親は常に言っていた〝お前たちは母さんにそっくり〟だと。顔は疎らだが性質の強さが母譲りだと。
「もうじき核が降る、その頃には街から離れよう。」
「長い旅になるわね、アテはあるけど余り期待はしたくない..。」
「..そうだな。
少し、外の風を浴びてくるよ」
ここで家の記憶は途切れた。父親が外に出て、車の泥を洗っている所に二人が帰って来る。未来から干渉出来るのは此処までのようだ。
「どういうこと?
お父さんとお母さんは、初めからワタシたちがこうなる事を知っていたの」
「どうだろう、だけど..嫌われている訳では無かったみたいね。」
愛情という言葉が正しいかはわからないがこれが親の愛というのなら、寄り添うだけでは無いらしい。敢えて寄り添わず〝遠ざかる〟ことで健闘を祈る。普通の街の家族であっても距離を置くことでそれを全うできる。
「別の場所行ってみようか」
「いいけど、何処に行くの?」
「図書館。ワタシたちがいなくなった後でなら干渉が出来るかも」
疑い始めれば皆が敵に変わる。踏み込めるなら踏み込めるだけ進んで確かめる。それ以外につのる疑問を晴らす方法は無い。
「よし、入れた」「よかった。」
頻繁に訪れる場所や過去の自分達が直接点在していない場所であれば干渉することができるようだ。壁をすり抜け向かうのは、二階の〝歴史〟の本棚。
「本が抜けてる、借りた後だ。」
「願いの場所の事が書かれた本だね、
サペティさんが返さなくていいっていった歴史の本。」
本を読むときは夢中になる為他の情報は入らない。といっても姉妹以外の知り合いはたった一人。そうなれば、必然と確認する相手は決まる。
「サペティさん...」
「調べてみようか、一応ね。」
確率されたカウンターテーブルの向こうで、詰まれた本に囲まれて座っている。話しかければ答えてくれる。それ以外は喋らずという図書館という規律を守った振る舞いを心掛ける。
「何か書いてるね、返却表かな?」
「管理人だから仕事は多いよ、殆ど誰かの話し相手だと思うけどね。」
羽根の着いたペンで紙にインクを滑らせていく。前からは背丈で、後ろからは背中で内容が隠れてしまって何が書かれているかはわからない。
「この山積みの本は何で本棚に詰めないんだろう?」
「入らない、とかそういう普通の理由ではないのかも。..考え過ぎか」
怪しんで見つめていると、本の一つにサペティの腕が伸びる。
「あの子達が帰った後は暫く人気は無くなるからね...」
開くとページは一枚も無く、窪みに金色の鍵が収納されていた。
「これ、本じゃない!」
「何処の鍵なの..?
人が居なくなるまで待ってたんだ。」
紙をよく見ると文字の一つも書かれておらず、ただ殴り書きの適当なインクが白を汚していた。
「着いていってみよう」
幾つもの棚を抜け非常口の脇に並ぶ壁際の本棚の木目に鍵を当てがい回す。
「隠し扉..!」
「誰もいないわよね?」
慌てて警戒した様子で露となった階段を降りスライドした本棚に再度鍵を掛け元に戻す。
「地下通路...凝ってるね、こんな場所知らなかったよ。」
「余程見られたくないんだろうね..」
小さい頃に質問した事があった。
本棚に入らない本はどうしているか、
すると彼女は「大丈夫」
そう一言だけ答えてくれた。
「在庫の本が保存されてるんだ。借りられなくなったり、汚れて置けなくなった本を。」
「見て、通路を左に曲がっていく」
暗くてよく見えない道を悠々と進んでいくサペティが都合の良い道標になるお陰で困る事は無い。
「あら、久しぶり♪」
機嫌の良い弾む声がする、どうやら目的の元へ辿り着いたようだ。
「行こう。ワタシたちも」「うん..」
標通りに左へ曲がると四角い部屋があり、暗い道が嘘のように満遍なく光を放っている。
「嘘..何これ。」「......」
部屋一面に大きな宝石が並び、サペティが中心で頬擦りをしていた。
「意外な趣味だね、派手な宝石」
「違う...。」「なに?」
シャンの顔色が青く急変する
心当たりがあったのだ。図書館以外でも本を読む事は多々あったが、シャンに至っては本に留まらず論文や新聞を読む事もあった。
「見覚えがあると思ったんだよ、あれ
全部盗品だ。」
数年前に載っていた
『ジュエルボックス強奪事件』
新聞の見出しの写真と同じ宝石が目の前にずらりと並んでいる。
「ならこれ、自分で盗んだの⁉︎」
「聞いてみるしかないね、それは。」
宝の光にうっとりしながら己の闇を照らそうと必死な目の前の人物は不覚にも側に寄り添って親しくしていた温厚な恩人本人だ。信じ難いが、裏の顔は隠せない。紛れも無い真実に違い無い
「こうでもしないとあんな静かでつまらない事やってやれないわ!
毎日毎日無知なガキの相手してさ、何が愉しくてあんなとこ来るのかね?」
本性を人前で決して出さないが仇になっては隠すよりも傷は深い。ましてや常連の前では嘘でも謙虚にしておくべきだ。若者は全て知っている。
「いつもの姉妹もあれだけ返さなくていいって言ってるのに頑なに本を返すと言ってくる、まったく馬鹿だよ!」
「酷い..あれがサペティさん?」
「残念ながら、そうみたい」
触れられるなら殴りたい、煌く宝石を叩き割ってやりたいが所詮過去の事。
「あそこの両親も泣いてなぁ〝娘に核が落ちる〟って、まさか売られたとも思わずに」
「...えっ?」「売られたっ..て。」
「い〜い金になったぁ..!
あの子らもずっと言ってたもんねぇ。
〝いつも仲良く一緒がいい〟って!」
戦慄が走る。
核が落ちる事を両親は知っていた、がその前に標的に設定した者がいた。結合されても差別をしなかったのは、そうなる事を知っていたからだ。彼女は姉妹が一つになるずっと前からそもそも〝差別をし続けていた〟のだ。
「あんな本で何を調べるつもりかね?
願いが叶うなんて夢物語、本当に信じてるのかあの子らは...笑えるねぇ!」
「許さない..」「ピリカ。」
「許さないからっ!」「ピリカ!」
拳を握り、振りかぶるところで記憶が切れた。干渉はここまで、彼女の顔が痛むことはない。
「なんでよ..なんでワタシ達なのよ」
「味方なんかいなかったんだよ、お父さんとお母さんも逃げちゃったし。」
過去の故郷は今よりも残酷で複雑、だが何よりも生きていると実感できる現実でもあった。
「全部終わったら
どこに帰ればいいのかな..?」
「また一緒に帰れるよ。願いを叶えにいくんだよ、だから今は一つになろう姉妹仲良く一緒に、ね?」
白い光に包まれてそれが晴れると道端に倒れていた。体は一つに繋がり心臓は一つ近くには車が停まっている。
「行こっか。」
「うん、待ってその前に..」
懐の大きな紙切れにガソリンを掛けて火をつける。
「もう、返さなくていいよね?」
メラメラと燃える旅のきっかけが灰になって空に舞う。
「車乗ろう、運転はワタシがするよ。
シャンは横で休んでて」
未成年の姉妹が乗りこなせるのは父親が念入りに教え込んだから。何故ここまでも疑問だったが今なら意味が直ぐ解る。やはり両親は、愛してくれていたんだと。
「ありがとうお父さん。
会うことは無いと思うけど」
「でもごめんね、今更遅いよ。」
理由がらあろうと姉妹で生きる事を覚えてしまった後は、父親の存在は薄く脆い。何処かで遭遇し嘆かれたとしても恐らくは響かない。
「お母さんには会いたいな」
「何でだろうね、殆ど家にいなかったのに凄く覚えてるよ。」
流されやすい母親は父親には決して逆らえなかった。しかし拵える食事などからは充分に温もりが伝わった。
「もしかしたら知っていたかもね、図書館にいくときお母さんは何度も注意をしてたから」
「お父さんは間違えてるよ、ワタシ達はお母さんに似ていない。だからこそ愛を受け取ることが出来た」
似通ったものは自分と同じ行動をしても気付かない。
例え人に諭され気付かされたとしても〝似て否なるもの〟と判断するだけだ
「まぁいっか、別に。」
「あれは過去の話、時代は進んで新しくなるからね。」
目上の人や年上の言葉などアテにはならない。時代が新しく更新されていくのに古い人間の意見を聞いても意味は無い。
未来は無知な子どもが作っていく。
死ぬだけの老いぼれがふんぞりかえって威張り散らしたところで変わらない
「宝石って楽しいのかな?」
「辞めたほうがいいよ、抜け出せなくなるから。」
「でも凄く楽しそうだったよ?」
「趣味が無いからだよ。本で満足しておきなって、嫌な目みるから」
「そうかなぁ?」
「..貸して、やっぱりワタシが運転するから。向いてないよピリカには」
「勝手に決めないでよ。..まぁ飽きたから替わるけど、お願い」
「やっぱり本で満足しておいた方が良さそうだね」
「燃やしちゃったけどね、最後の本」
彼女は正反対だが仲が良い
顔は余り似ていない、性質や特技も違う。だからこそ惹かれ合い共に歩む。
瓜一つ
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