資料の山

 力を尽くした褒美を与える。休息や安らぎでは無い。不足していた情報を補完する、そこは本の町。


「ようこそ。」

「出迎えか、初めての対応だな」

高い帽子を被った小柄な老人が、高い鼻に掛けている丸い眼鏡をずらしながら顔を見上げて歓迎している。

「わかっているぞ。この街に来たという事はあの何も無い街道の数々を巡って辿り着いたという事じゃろ?」

「わかるのか?」

「わかるぞ、ここは本の集まる情報の街。そこに住まうジイさんは当然物知りに決まってる。お前が何を知りたいのかもな」

歴史の翻訳を身で行なってきた老人たちが財産となる情報を本として保存し見守ってきた。


「安息の地について知りたいか?」

「教えてくれ。」

街に家な無く幾つかの本棚が四方に並んでいる。ぎっしりと本の詰まった本棚を護るように老人たちが椅子に座って寛いでいる。

「悪いが儂らが直接話をする事は出来ないんじゃ。安息の地の本ならそうじゃな..三つ目の本棚、二段目の左辺りだったかの。」

安易に本は読ませない、しかし訳ありの相手なら老人たちは一目で理解し本を手渡す。


「安息の地の本を貸してくれ」

「……。」

本棚から一冊本を取り出し手渡すと、座っていた椅子を空ける。本を読む許可が正式に降りた証だ。

「無駄な情報はいらない、必要最低限ある場所と行く方法。それでいい」


 人々は、豊かになると信じていた。

貧困に苦しむ街人、辛い労働に耐える若者達、それらは皆生き続けている内に心を削られ失った。健康な者ですら望み始めた。「身体さえ無ければ、もしくは壊れやすい柔な身体なら労働をら しなくていいかもしれない。」

 そして洗脳でもされたように呟き始める。「私の体はいらない、だから貴方に差し上げます」と。

神は創り出す、新たな生命を。生まれ変わった疲れを知らない理想の形を。


しかし神は余りにも多くのものを与え過ぎた。とてもじゃないが人間如きが超越できる容量では無かった。


自我を持った信者に反乱を受け、城を燃やされた。聖書も記録も葬られ、産まれた子までも手に掛けた。

一人逃げ隠れ受け継いだ、血も肉も骨も..身に宿し。

ホペイルはベガダルヒアにて蘇る...。


「安息の地の正式名か?

ホペイルのベガダルヒア..へぇ。」

これだけを知る為に随分と歩かされた後は簡単だ、道行く人や訪れた街中で「ホペイルのベガダルヒアはどこだ」と尋ねて歩いていけばいい。

「本当に正しい情報か?

ここまであっさりとわかるのか。」

小柄老人は足元でムッとして首を縦に振る。〝嫌なら読むな〟と言いたげだ

「こんなものなんだな..」

「気にする事は無い。お前さんが偶々そういった道中を踏み締めただけ、どの道を進もうと皆行き着く場所は変わらないというわけじゃ。」

「...お前たちは何だ?」

手を施され造られたようにも見えない同じ形の老人たちは寧ろ、人造物よりも奇怪で不思議な雰囲気をもつ。


「儂たちはしおりのようなものじゃ。旅に疲れた者に情報を与え負荷を和らげる。」

「〝深くは聞くな〟という事か」

「それでもいい、好きな解釈で捉え理解しろ。それが正解じゃ」

 栞に名前はいらない。核の影響は関係無く自ら名を捨てた本のお供である老人達は、人々に本を貸す代償に一番身近な己の情報を削除した。

「もう充分本は読んだか?

お前なら何処にそれがあるかも既に分かっている筈じゃ」

「..明確では無いが、辿り着けなくは無いと判断してるよ」

未来を見通すように少し先の未来に栞を掛けてくる。本を開いた時点で何処までを読み進めるか、わかってしまっているのだろう。だからこそ彼等は小さな街を作りそこに留まっている。

「未来を見るのはお前さんらの役割だ

儂らがしていいのは過去を教えるところまで、全てを見通せ若造。」


「言われなくてもそうするさ」

人の言う事や注意は聞いた事が一度も無かった。それは人の遣り方で、自分には当てはまらないと思ったからだ。

「背中を押した奴は初めてだな..」

➖➖➖➖➖➖➖

 「殺し屋になるぅ〜!?

 お前本気かよ、マジでやんのか!」

「決めた事だ」

「決めた事って...死んだらどうすんだよ、命保証は無いんだぞ?」

「殺すのはこっち。私は死なない」

「お前なぁ..。」

 唯一の味方意識のある酒屋のバンビですらもそれには声を上げた。昔から知る知り合いが〝殺し屋になる〟と口走れば当然だとは思うが彼女にとっては否定される意味がまるでわからない賛の字はあろうと否など想定もしていなかったからだ。


「酒は引き続き恵んで貰う、金は払うから安心しろ」

「いつまで飲めるかのカウントダウンしろってか?

酷な事やらせるな随分と。」

「違う、祝い酒だ。

仕事を終えた後のな」「本当か?」

 大口だと初めは思ったが次々と仕事をこなし、死ぬどころか一度も傷を負う事なくいつもバーカウンターに座って酒を飲んでいた。

「お前もしかして殺し屋が天職か?

ウチの数少ない常連だけど、まさか誰も人殺しだとは思わないだろうな」

「何とでも言われて構わないさ、酒が飲めるならなんでもいい。」

自分の店だと頑なに言う酒屋は譲り受けたものであり、オーナーである実の父親はある日の朝に死体で発見された


「親父を殺したのもお前か?」

「どうだかな」

 幼い集団の中でも人一倍冷静沈着だった彼女も笑う瞬間が幾つかあった。最近はめっきり減ったが以前は普通に笑顔を見ることが度々あり、壺の熟知が難しい彼女が未だに何を見て喜ぶか定まっていない。

「一つ聞いていいか?」「なんだ」

「親父がこのバーテーブルで血を流して倒れているのを一緒に見ただろ。」

「あぁ、あれは確か..13歳だったか」


「お前何であのとき、親父のこと見て笑ってたんだ?」

「.....。」

駆けつけたとき、既に彼女がそこにいた。死体など見たことも無いバンビは当然愕然としたが、同じ年の13歳の少女は平静とし口角を上げ肩を震わせて父親をじっと見ていた。

「似ていたのさ、うちの両親に」

「似ていた?

死体を見てそう思ったのか」

バンビの父親が死ぬずっと前、昔と表現してもいい程前に彼女の両親は部屋で何者かに殺されていた。まだ3歳の年齢のときだった。

「分かりにくいかもしれないが、親近感が湧いてね。〝同じ境遇の奴がいたんだ〟と、嬉しくなったのさ」

「..変な奴だな、お前。」

「なんとでもいうがいいよ」

納得が出来なかったが誤解は晴れた。

冗談ではなく本当に犯人候補と疑っていたから、違うとなれば前と同じように酒を振る舞える。

「じゃあな」

酒を飲み干し金を払った、次の朝の事だった。あの仕事が舞い込んだのは。


 その日は客も少なく珍しく爽やかな朝を過ごしていた。

「カラダ壊すぞ

少しは控えたらどうだ。」

「飲まないと逆に死ぬぞ私は、今日は特に気合いが入っててねぇ。」

「お前がやる気?冗談だろ?」

「私の親を殺した奴が標的なんだ。」

「なんだと...?」

「そして同時に、お前の父親を殺した犯人でもある。多分な」

「何処のどいつだ

その犯人ってのは一体よ」

「牧師のケリーだよ。」「なっ..!」

幼い頃に勉学を学んだ恩師の名前だ。

街に学校を建て、無知であった子供達に生きる術を教えてくれた、一部では〝街の救世主〟と呼ばれる神父。


「なんで先生が、俺の親を...?」

「〝神の裁き〟という奴だろうな、私の両親は、牧場を作ることに反対してたらしくてな」

食糧を増やす為に牧場を作り牛や豚を育て生産性を上げるという政策が一時期決定しかけた事があった。しかしそこには両親が耕した畑が既にあり、これを崩すのは如何なものかと講義を頻繁に行っていたようだ。


「反発は死を以て無に帰す。奴等の下らないエゴで殺された訳だ、イカれてるにも程があると思わないか?」

「..くだらねぇよ、そんなこと...。」

アイスピックを逆手に握り、氷を砕く

「仕事はいつだ?」

「日が沈み、寝静まった頃だ。」

「俺も連れていけ..!」

血走った目で声を荒げて懇願する。

「行ってどうする

それで一突きしてみるか?」

「一突きで済むか!

滅多刺しだ、ぶっ殺してやる!」

客が少ないといえど荒ぶりが過ぎる。

相手が仮にも救世主なら、より悪役に映るだろう。

「やめておけ、お前まで無になるぞ。

それに寝静まる頃がバーの本番だ」

「それがなんだ、俺はっ...!」


「酒を飲む場所が無くなったら、それこそ私がお前を殺すぞ?」

「...!..」

修羅の瞳、殺しの姿をした本物の眼が赤く光っていた。血走った怒りなど到底相手にはならない程に。

「安心しろ、必ず仕留める。

殺し屋というのは依頼主と、他の殺意を受け持つ必要悪だ。ここで待て」

アイスピックを取り上げ懐に仕舞う。

「注文は滅多刺しだったな。

原型留めなくなるだろうがいいか?」

そう言った彼女の顔は笑っていた。

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