漢の腕

 女として生まれた事も影響してか、男の職業には興味が持てなかった。労働によって体を行使し、それによって得られるものは安い対価と達成感という言い訳のみ。何の為に生きているのかと思うときもあった。殺し屋になってからは生と死の境界を極端に気にする事は無くなったが、未だに男の感覚は理解が出来ない。


「運べぇ!

今日は大物が獲れた、せりに出すか!

その前に魚拓を取ろう!」

「馬鹿か。

墨のついた魚なんて誰が買うんだ?」

汗と髭にまみれた男達が魚を囲んで騒ぎ立てている。大物が獲れたのは、実に2年ぶりだそうだ。

「汚い街だな、見て見ぬふりをして先へ進むとしようか。」

「お、姉ちゃん!

これ一緒に喰ってかねぇか?」

「..いらない」

見れば見るほど男だらけ、女は見当たらないが女子禁制とでも言うのだろうか。またもハズレを掴まされた。

「愛想の無ぇ女だな」

「そうか?

俺は好きだぜああいうの。」

「まぁ口説いたところで無駄だろな!

お前みたいなムサい男じゃ」

物を言わぬ事をいいように、勝手な解釈で話を進めていく。標的ならば既に数人は頭を射抜かれている。

「願いの叶う場所にでも行けばモノに出来るんけどな!」

「また言ってんのかよ。

〝安息の地〟だったよな、本当にあるのかよそんな場所。」


「今何て言った?」「興味あるのか」

「思ったより女らしいな。」

漁師の口から目指す頂の名を聞くとは思ってもいない棚ぼただ。ハズレて見るのも悪くない。

「どこにある?」

「場所まではわからねぇけど、無人の島で猟をしてるとき変なもんを見たって奴がいてな」

「無人の島はどこにある?」

「質問が多いな。

丁度今から行くとこだ、船に乗るか?

要があるならついてこい」

「……同乗するよ」

 自然に沿った街では漁を主に行い魚を獲ってはせりに出し、調理をしと自給自足の生活を行う。並行して海を渡って島に降りればそこに住まう獣を狩猟し持ち帰る。街というよりは集落に近い生活といえる。

あねさん、期待しない方がいいぜ。アイツはホラは吹かねぇがアテにはならねぇ、俺達も何度もあの島に行ってるが変わったもんを見たなんて事ァ一度も無ぇからよ!」

「手掛かりが無いよりマシさ、可能性は潰しておく。タダでさえ収穫が今まで何も無いからね」


「そうかよ!

チャレンジってやつか、頑張れよ!」

「黙れ..」

男の悪いところは必ずしも女より上だと判断する事だ。母として子を身篭り産み育て戦っている偉大な存在に本気で勝てる気でいる。

「そういえばアンタ手ぶらか?

島には厳つい獣がウジャウジャいるぞ

何か武器を持つべきだと思うぞ。」

 最もな指摘に腰に下げたハンドガンを見せ、安全を保証する。

「豆鉄砲かよ、余裕だな!」

「そこらの爆弾より威力は高い」

弾の補充は常に万端で構え、殺しのスイッチは嫌が応でも自然と切り替わる

「死にたくなったら言いなよ。

特別にタダで撃ち抜いてやる」

「おっかねぇな、姉ちゃん...。」

「着いたぞ!」

海岸に脚を付け到着を確認する。

見たところ普通の島だが、獰猛な獣が所狭しと住み着く野性の国らしい。


「いいか、日没までには街に帰るぞ!

ある程度狩りを終えたらここに戻ってくるんだ、武器を忘れるなよ」

「..仕切り屋か?」

「狩猟担当のボンゼイさんだ。

あれでも腕っ節はえらいもんだぜ?」

 小柄で筋肉も付いてないような男を慕う意味は皆無だが筆頭を担う猛者と呼ばれる人種には従うべきだそうだ。

「それと女、これを」「.....」

「探し物があるんだろ?

それで遠くを眺めるといい。」

双眼鏡で目的地が見つかるのなら苦労はしない。と通常なら判断するが意外性を持つ漁師達だ、おかしな期待を持って行動しても収穫は0じゃない。

「私は、単独行動をさせて貰う」

効率を考えての判断というよりは殺し屋の性での行動が強く現れ、様子を伺うという守備形態に特化している。


「後は勝手に動いてくれ、私を置いて街に戻るなよ?」

頃合いの木を見つけ高台に身を置く。

こうして外を眺め、何も無ければ次の木へ移動する。猿ではないので木から落ちる心配も無い。

「タフな姉ちゃんだぜ!

気を付けろよ、何かあったでかい声を出せ。全員生きてりゃ誰かが駆けつけるからよ!」

「〝生きていれば〟か...神頼みと然程変わらないじゃないか。」

「安心しろ!俺達は死なねぇから!」

「勝手にしてくれ..」

生死などという判別など、目的が達成できればどちらでもいい。彼女なら一人でも船を動かして街へと戻る。


「邪魔な獣は奴らが仕留めてくれる」

日没までと限度はあるが、最低限それまでは勝手が利く自由な時間で遅れ過ぎた手掛かりを取り返す。

「だからお前達を相手にしてはいられないんだよ、消えてくれるか」

標準を定める事なく飛び出す野性を弾丸で殴る。

「依頼も無いのに撃って貰えるんだ、喜んで息絶えろ」

意識は眼に、野性は腕に。

「安息の地か..一体何処にある?」

双眼鏡の視野で見渡せるものはすべて視ている。そもそも視力で見えるものなのか、幻想的なものに昇華させてしまうほど情報が足りない。


「よっ!」

「...何しに来た、狩猟担当とやら。」

 持ち場を離れて仲間を見捨てないというありがた迷惑なお節介を焼くボンゼイに感謝という情は無い。

「一人じゃ心配でな。それよりお前、何故そこまで笑わない?」

「笑顔というのは、揺さ振るものがあるときに自然と溢れるものだ。私にはそれが無い」

「核に奪われたか?」「.....。」

「図星か..」

「だったらなんだ、獣を狩れ」

「したくてもできないんだよなぁ。」

彼が筆頭を担っているのは役割として真っ当できる事が少ないからだ。勿論昔は出来た、失ったのは後天的な理由


「まさかお前も核に..?」

「俺が奪われたのは技術、有り余ってるのは腕力と体力だけだよ。」

網を掛け方や武器の手入れ、銃の使い方に至るまで総てを忘れてしまった。

「部下が言ってたろ、この島で何かを見たっていう奴がいたってよ」

「...それがなんだ」

「あれ、俺の事なんだ。」

指示を出せば後の用済みの時間に外を眺める。作業をする男達よりは当然発見が多くなる。

「ヒントになるかはわからんが、聞いた事がある。ここからずっと先に行った方で昔〝人では無い人〟が暴れまわってたんだとよ」


「人では無い人?」

手探りの闇が光を掴む。

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