ビクトルネットワーク

「やっと味に慣れてきた。」

 街の技師たちによるとキザリは部品もオイルも高質なものを要していたようで確かに油の喉越しが良く感じた。

しかし分けて貰った油は癖が強く舌に残る感覚に若干の違和感がある。


「前から思ってるけどこれって飲んでて大丈夫かな、体重とか...うっ!」

頭に強いノイズが疾る。

磁場の流れによる異常かもしくは強い電波の振動によるものによってこういった影響が生じる。

「これってもしかして...この場所!」

キザリが唯一西の都以外で言っていた外の話。電波の乱れる大型電子街、雨や酸性よりも危険を強いる機械にとっては恐ろしいという場所。


「それがここかぁ..痛っ!」

吹く風が常に痛い。磁場を拾って運んでくるのだろう、手足に響く。

「ここ辛いなぁ。

けど外に出てわかった、私は本を読んだりするより人と話したり機械に関わる方が向いている」

情報を得る事が大事な事だと知っている。何しろ未知の領域に向かうのだ、道標は多いに越した事は無い。


「風が痛い人なんて私くらいだもんね

少しだけ無理をしたら先に進み易くなるかも!」

普通より機械化の進んだこの街では半機械の人間も容易に溶け込める。都合の良い地の利が潜入までも可能とする

利害の分の得も補える。


「まずは聞き込みよ、なるべく磁場の薄い所にいこう。」

綺麗な街並みの空気が汚いというのはよくあることだ。だが生憎街の汚れには耐性がある。

「なんか、ここのオイルは美味しそうなイメージがあるなぁ..。」

パーツも工具も質より量を重視するがオイルだけは質を求める。

「君新人?」「へっ?」

 突如黒服の男が声を掛けてきた。何やら急いで慌てている様子が伺える。

「良かった、丁度足りなかったんだ!

これ、処理して貰える?」

渡されたのは数枚の薄い電子の板、黒服男の纏めたデータがここに詰まっているらしい。

「え、これどうやって..!?」

「いいからほらっ!」「えぇっ?」

ビルに無理矢理連れ込まれオフィス横の部屋へ誘われる。締め切られた小さな四角い部屋の中では同じ顔をしたロボット達が電子版を纏めて分析し、整理している。


「これ、どうやってやるの?」

「データラインニインストール、ソノゴブンセキ、アトハセイトン。」

「データラインなんてないよ!」

 片言のロボットはデータラインと呼ばれる差込口が腹に存在するが、そんな常識は半機械に存在しない。

「カラダに入れればいいの?

..えーい食べちゃえ!」

板を無理矢理頬張り飲み込んだ。喉が少し熱く感じたが、無事体内に馴染む


「びっ!」

文字列や映像が頭に流れ込んで来る。

容量が大きく、確かに取捨選択していかないとパンクする量だと理解した。

「でもどうしよう、正直私にとっては全部要らない情報だ」

会社の決算や人事、売り上げなど放浪の機械にとっては全て不必要な破棄案件に過ぎない。

「なんか腹に引っかかるなぁ、ティッシュあれば..あった、これだ。」

こよりを作り鼻をくすぐる。

粘膜を刺激し、大きなくしゃみを発する事で中の電子版を体外へ吐き出す。

「よし、やり方はわかった。

限界がどこまでかわからないけど同じ方法で取り込んでみよう」

保存されたデータをインストールして理解して受け取る。いらない情報であれば棄てる、工程はたった二つ。


「だけどどうやって板に変えるんだろう、話しただけで変わるのかな?」

「ワードディスクカイセキヲ、オンニシテクダサイ」

「ワード解析..あった、ここのスイッチね。これでいい?」

背中の下辺りにある窪みのON/OFFとかかれたスイッチをONに傾ける。最先端に見えても電源は家電のようだ。

「カンリョウデス、コレデゲンゴハデータカサレ、ディスクトナリマス」

「言語のデータ化?

そんな事ができるんだ。」

「デキマス」

 正式には会社の書類をコストとして削減するべく開発された企業用のシステムだが、これを世界へ広げれば増大な情報が会得可能となる。

「早速ついて来て!」「ハイ」

処理編集機械は派遣的な扱いなので、会社のセキュリティとは同期していない。あくまでも個人での行動を重視されるので、命令をすれば直ぐに聞く。


「結構動くよ。働いた報酬はオイルでいいかな、変な味するけど」

「ヘンナアジ、スキデス」

安いオイルは最高の一杯、編集機械の格言である。単純に高価な油を摂取した事がないだけだが。

「ワードヲセンタクシテクダサイ」

「選択?

あぁ、そうか。そうしなきゃパンクしちゃうもんね、えっと..西の都!」

「ニシノミヤコ...センタクカンリョウデータヲソウニュウシテクダサイ」

「準備完了かな?

よし、どんどん話を聞きにいこう!」

 有数の情報街で西の都の聞き込みを開始するが上がるのは幾度も聞いた噂程度の話ばかり、ディスクに変換するまでも無い。

「データヲソウニュウシテクダサイ」

「まずいなぁ、持て余しちゃってる」

 ディスク化は入力式、音声式と二種類あり、聞き込みをしているのであれば当然音声式なのだが余りにも身にならない情報ばかりの為、話を聞くたびに一度機能を停止している。

「ごめんねオフィスくん

はい、これオイル」

「アリガトウゴザイマス、ウマウマ」

「はぁ〜..中々良い情報無いなぁ。」

街の面積に伴い人口も大きい為同じ情報が偏り集中している。

「何か変わった人でも集まる場所が有ればいいんだけど」

「アソコハイカガデスカ?」

オフィスくんが指を差す先に何やら禍

々しい大きな建物が見える。家屋ではなくビルでもない。


「神社?」「オテラデス」

「何が違うの。」「オボウサン」

お坊さんが修行をしている場所だと言いたいらしい。確かに寺の坊主なら、街の人々よりも深い話を聞けそうだ。

「オフィスくん、西の都!」

「リョウカイ、ジュンビオッケー」

 機械とキカイが仏に争う。人工物は果たして自然の摂理に受け入れられるのだろうか。

「頼もーう!」「ブッソウデスネ」

寺の門を叩くとほのかに線香の香りが漂い、あとは静けさと穏やかさ。

「落ち着く〜。」「ソウデスカ?」

人の部分でのみ判る安堵は機械の首を傾げさせる。久々にお茶を啜りたくなってきた。

「何の様ですかな?」

騒がしい客人に気付き遠くで複数の同じ頭が一斉にこちらを向く。

「少しお話を聞きたくて、西の都についてなんですが..宜しいですか?」


「西の都..?」

あからさまな反応を示した。街の連中とは明らかに異なり明確な心当たりがあるような素振り、これは大いに期待が出来そうだ。

「そこに何の要がある?」

「無くしたものを探したくて、そこに行けば手に入るっていうから..。」

「...そうか、主も奪われたという事だな、悲惨な思いをしたな。」

同情するような物言いは皮肉や侮辱では無くて正式な慈悲を持った言葉。それは暗がりから照らされた、彼等の姿を見てそうわかった。


「えっ..⁉︎」

〝ようこそ〟と突き出た腕はボルトが締まり銀色に輝いていた。

「怖いか」「恐れるな」「皆同じだ」

残りの三名も部位は異なれど一部が機械、頭脚腹..カナメと同じ境遇を部位に患っていた。

「それも、核の影響で..?」

「我々四人は以前からこうだ。

核の影響を受ける前から、既にな」

仏教はとうに機械に侵されていた。念仏を唱えようと、経を読もうと頭は磁場に苛まれ、電波が精神の邪魔をする

「一体いつからですか。」

「..我らは忌々しい人体実験により姿を変えた。お陰で年も取れない」

「脳細胞まで鋼が侵食している。

考える力は未だあるが、風が吹くたび耐え難い激痛が頭に走る」

 経を唱え続けるのは最早浄化の為では無く痛みから気を遠ざける為。何度も街を出ようともしたがノイズが走り上手く歩けない。


「その人体実験の事、詳しく聞かせて貰えませんか。」

「...ダメだ、モヤがかかって徐々に忘れかけてしまっている」

「伝わると罰が悪いのだろう、脳内に特殊な磁場が掛けられている。」

「そんな、忘れていってるの?」

「だが知ることは出来る。

ここへ来る途中、街の中心に大きな建物が見えなかったか?」

「...あっ、あった。ビルみたいなの」

 不自然に立った高いビル、人一倍磁場を発していたが誰も寄りつこうともしていなかった。

「あそこに忘れる前の記憶を記録してある。鮮明にとまではいかなくとも口頭よりは随分と判る事があるだろう」

「但しあそこは容量が多すぎる。

触れればおびただしい磁場と電波に体を焼かれる。それでもやるか?」


「..やってやるわよ。

それで都の事がわかるなら!」

「意気や良し、ならばそこの編集機械を結合してやろう。」

「サ、サヨナラ」「オフィスくん⁉︎」

頼れる相棒を分解し無数の部品に分ける。見る影も無くオフィスくんはスクラップくんに姿を変えた。

「これを組み込むといい、はっ!」

「いっ!」

四角いバッテリーのようなモノを機械の腕に押し込まれ、体内に新たな機能が同梱される。

「これで主は人の言葉を自分の意思でデータ化できる」

ワードディスクシステムが導入された事により見聞きした音、声、果ては本や手紙の内容までもデータとして入力できる範疇の情報ならば電子化させることが可能となった。


「余ったパーツは頂くぞ」

他の部品は回収され坊主に吸着する。

「これで多少はノイズを避けられる」

「オフィスくん、ありがとう。」

 街の機械の性能がどれだけのものかよく分かる。ノイズに強く頑強でスキルにも長けている。最も制作者が不明という不安点もあるがその程度は取るに足らない事。利点はあれど不備は極端に少ない。

「さて行きますか、大丈夫かな。

頼むよおじいちゃん?」

趣味の大工が街の技師へ繋がり過去のデータへと導く。老人キザリはここまで予測を膨らませていたのだろうか?

確実にそれはありえない。

「選択ワードは〝西の都〟」

機械の左で触れるだけ、それで扉は開かれる。

「あれだけ近づくなって言われてたけど、仕方ないよね。」

盛大に甘やかされた代償がここで募る


「絶対文句言わないでよね!」

ネジを締めたての左腕が、磁場の塊を掴んでつかまえる。

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