偏見は自由
一つの心臓で二人分を動かすというのは割に合わなく燃費が悪い。一心同体は不便だが、決して不幸では無い。
「そこ、石あるよ。」
「わかってるから避けてるよ?」
運転は基本的にシャンの担当でありピリカは主に横で指示を入れる。
「ほらこれ見てよ、免許証。
よく撮れてるよね〜。どう?」
「苦労したけどね、撮影するの。
教習所の人なんかびっくりしてたし」
シャンとピリカの大きな違いは性格にある。体が一つになったときシャンは涙を流していたが、ピリカはニカニカと笑っていた。
「これでいつも一緒にいられるね」と
「ガソリンそろそろ切れそうだから、他の乗り物見つけようか。..あ、ガソリン補給すればいいのか」
「ポリタンクに入ってると思うよ。」
足りないものは補える。シャンは用意周到でピリカは大雑把、抜けた隙間を埋めるように出来ている。
「それにしても大変だよね、体がくっ付いてると運動も出来ないから車の維持費下手にかかっちゃうしさ」
「残してくれて助かったけどね。」
「.....まぁね。」
両親が車を置いていったのは決別の意味か気遣いか、恐れて真意は聞く事が出来なかった。
「あの街に乗りつけちゃおうか」
「わかってるけど感じ悪いから言い方変えてくれるかな。」
車を飛ばしても元々の体力は二倍どころか常人の2分の一、少し急いで一日で着く程度の場所にしか行けない。
「これからする事は?」
「街の人たちに願いの叶う場所の事を聞く、知っていたら地図を紙に書いて貰う。これを着て」
小柄な身体がすっぽりと隠れるフードの付いた上着を羽織り片方の首を隠す
「結構狭いね..」
「我慢して、困った時に変わるから」
事を荒立てたてたくない為どちらかといえば温厚なシャンの顔を表へ出し言葉を多く使うときは達者なピリカの顔に交代する。
体力を考えると時間は余りない。器用な振る舞いの心掛けが求められる。
「っとっと..歩きにくいな、人が多すぎて前が見えない」
「交番なんてどうかな?
何か詳しく知っているかも」
交番が知っているのは街の景色と次の街へ続く駅のみ。それを知っていたシャンは鼓膜を揺らす姉の声を聞かずに流して前を通り抜けた。
「並ぶ店を転々とするのもいいけど日が暮れそうだし、人が多く集まる場所それも色々な場所からの人が。」
「あそことか?」
ピリカが指を差したのは白く中心に赤い十字が刻まれた大きな建物。
「..たくさんいそうだけど。
ちょっと癖が強くないかな?」
「行こ、代わって。
片っ端から話聞いていこう!」
「え、ちょっ...」
総合病院は扱っている病気も多く急患も少なくない為他の地域からの患者も多い。首を交代したピリカはどんな容態であろうと端から話を聞き続けた
「ダメだ、体調の話ばっかりで願いの場所の事は誰も教えてくれない。」
「数を打っても無駄なんだね」
「なんだ、馬鹿にしてんのか?」
病院には本当に色々な人間がいる。
健康に見えても必ず患いを持ち、それは様々な形で症状として現れる。
「何あれ?」
「大声で叫んでる、ワタシたちに言ってるのかな。」
呑んだくれたように顔を真っ赤にした中年の男が、声を荒げて近付いてくる
「てめぇ、クソガキ!
オレが今朝8万スった事バカにしてんだろ、なぁ!」
「数打つのが無駄..そういう事か。」
「関心はしない方がいいよ」
怒れる大人は止まる事を知らずにより腫れ上がる。
「言いがかりはやめてよ、ワタシはもっと大事な事を聞こうとしてて...」
「うるせぇよっ!」
振りかぶった拳がフードに擦り、二つ目の首を露にした。
「お、おい...何だそれお前っ⁉︎」
声は周囲を振り向かせギョッとさせる患者はまだしも医者や看護師まで。
「久々だね、こんな目をされるのは」
「駄目だよ..暴れたりなんかしちゃ」
以前なら全員を叩き殴っていただろう当然荒れるのはピリカだが、原因は自分の辱めでは無くシャンへの侮辱。負けん気で活発な性格になったのは、妹を護る為の手段の一つだ。
「よく耐えたね。」
「結構ギリギリだよ...疲れた」
人をかき分け病院を駆け抜けた事で結局は体力をすり減らし消耗させてしまう。これ以上の聞き込みは臓器に影響し、命に関わる。
「ごめん、大丈夫?」
「ワタシは平気だけど、もう病院には戻れないね。他には何か..」
顔を上げたその脇に、直ぐに手掛かりを見つけた。図書館よりも大きく豊富な情報源、資料館だ。
「ここに本や読める展示物があれば少しは収穫があるかも。」
早速中へ入り、資料を物色した。
模型や建物といった見せ物を眺めて回っている元気は無いので、資料室と書かれた本棚の並んだ部屋で書物によって情報を得た。
「ベガダルヒア人体実験..。」
かつてベガダルヒアという街で起きていた凄惨な違法実験の数々がそこに記されていた。
「20代の双子の姉妹を結合し臓器を統一。手術は成功したが数日後、異常な痙攣を起こし息絶えた。」
「術後の後遺症?」「多分ね」
被検体をどのようにして手に入れたかは記述がされてないが、確実に彼女達が望んで受け入れた訳は無い。
「誘拐か..口車に乗せて騙した可能性もある。どっちにしても最低だね」
「...そういえば図書館の本にも似たような文章が。」
懐から借りた本を取り出して資料と照らし合わせる。
ホペイルの
体一つに縛られ涙を流す淑女あり
「ベガダルヒアは街の名前。ホペイルはその地域、この資料と殆ど同じ事が書かれている。」
「ホペイル..!
そういえば病院にそこの出身が多かった、関係あるのかな」
「何か、言ってなかった?」
「〝体が痛む〟って言ってたよ。
人によって箇所は違うけど、頭だったり腕だったり..場所が病院なら違和感は無いと思うけど。」
「ピリカ。
あの日の〝痛み〟覚えてる?」
「うん、胸がズキズキしたよ」
無くした心臓の丁度その辺り、胸の左側に深い痛みを感じ視界を何かに遮られた。目を開けると体は繋がり一つになっていた。
「もしかするとあの痛みが体に異常をきたすのかも。」
「だとしたら病院の人たちも危ない、でもなんで直ぐに変わらないの?」
「わからないけど、直接じゃなくて遠くの場所から飛沫を浴びたのかも」
核により生じた衝撃波やそれらの名残を微量に受けた事で、徐々に過程を経ている可能性がある。
「残念ながら病院に戻って伝える事は出来ないよ、聞いてくれないし..」
「でも目指す場所はわかったよ。」
ホペイル・ベガダルヒア、ナビの無い車に打ち込んで進む。
「ならあとはガソリンだ!
これはもういらないよね、バレたし」
フードを外して堂々と街を歩き、鼻歌を歌いながら車屋を訪ねる。
「ポリタンク一個分、ガソリン!」
売り屋が怯えてタンクに油を詰める。
勿論お金は払わない。
「どう?」
「充分足りると思うけど。」
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