望まない向上

 「ここで休もう。」

持ち合わせたオイルも底をつき、疲労感も適度に帯びてきた。 

「雨が降らなくて良かった、サビでも生じたらいくらいじっても元が歪んじゃうから。」

泡の街にいた事で多少なりは耐性があるがそれでも万能ではない。


「ここなら色々分けて貰えるでしょ」

 歩いて偶然辿り着いたのは機械産業が盛んな街。カナメとは良すぎる程の相性を誇る場所である。

「取り敢えずは油と、替えの工具。パーツは有り余ってるだろうしね」

その辺のガラクタを改良すれば、いくらでも量産が可能だ。

「ごめん下さーい?」

ガラガラと古ぼけた小屋を訪ね戸を開ける。声は殆ど鉄を削る機械音に遮られ掻き消される。

「懐かしい音..帰ってきたみたいね」

泡の街では珍しく機械を扱っていた為自然と馴染みがよく鼓膜に響く。そうなればまた自然と、それよりも大きく響く声の大きさも理解している。


「すみませーんっ‼︎」

「...あ〜?

なんだよ、でけぇ声出すないちいち」

反応まで殆ど同じ。

「オイルと工具を貸して欲しいんですけどー、分けて貰えませんか!」

「オイルと工具だ?

お前女だろ、何に使うんだよ」

「これ..。」

 質問には決まってコンプレックスを武器とする。女らしく無い幾つかの箇所を見せびらかせば、大概の男は言葉を濁らせる。


「修理したいんだ...。」

「す、すぐに見せろ、な!」

「え..いや。」

貸してくれるだけでいいのだが、機械に携わる男達はどうしても手を施したいらしい。

「足にカラクリくっ付けてる奴なんて初めて見たぜ。お嬢ちゃん、なかなか変わった事を思いつくな!」

「違っ、そういう事じゃっ...」

「何すんだテメェ!」「離して!」

掴む腕を脚で振り払い近くに見えた油の容器とスパナを握り小屋を出る。

「乱暴娘が暴れてる、見つけたらとっちめてくれ!」

通信機器のようなもので要請し、自らもカナメを追う。


「なんなのよ⁉︎」

ワラワラと野次馬のように現れた雑踏がカナメを取り囲む。余程機械に目の無い連中が住み着いているようだ。

「解体させて中見せろ!

そしたらお前も住人の一人だぞ?」

よく見れば皆傍にお粗末な機械を連れている。明らかに失敗作といえるそれらを彼等は作品とでも呼ぶのだろうか


「誰がこんなとこ住みたいのよ!」

「選択肢なんか無ぇんだよ!」

 手前のガラクタが身体を斜めに倒し、首を突出させる。

「わっ!」「へへ、どうだ」

「本当にやる気ね..」

容器のオイルをぐいと飲み干し体制を整える。機械を壊す事には心は痛まない。根本は人間、残酷そのもの。

「もう一発いけ!」

再度首を突出、その後首がもう一度縮まる事は無かった。

「ごめんね、お友達死んじゃった。」

「て、てめぇっ!

オレ達とやろうってか!?」


「初めからそのつもりじゃないの?」

「くっ、こ..この野郎!!」

 部位のパーツが破損するのは生活における不備ではなく不意のトラブルである事が多い。身体を鍛えた事は一度も無いが、その度にグレードアップし金属が硬くなる。

「ちょっと多すぎるよ!

手の長いの、脚が延びるの、ビームを撃つのまでいるし..もっと腕の使い方考えればいいのになぁ。」

 女子にはその辺りのロマンは伝わり難いが仕方ない。ビームを撃つロボよりも壁ドンをするイケメンに惚れる生き物だ、分かり合える日は来ない。


「ちょっと待って!」

「なんだ小娘!」「止めるなよ!」

「まだ何も言ってないのに吠えないでよ、戦うのやめにしない?」

「ふざけんなぁ!」「弄らせろ!」

「はぁ...疲れる。」

外の世界とこの街を一括りにしたら随分と偏見が強くなるがそうせざるを得ない閉鎖的な常識が広がっている。


「おじいちゃんにもう少し色々貰っておけば良かったかも。」

「おじいちゃん?

お前のジイさんも機械イジリか!」

「うん、昔機械技師だった。

今は趣味で遊んでるだけだけど」

「名前は?」

「名前...キザリおじいちゃん。」

「キザリッ!?」「..え?」

 街人の顔が一斉に青ざめた。恐怖というよりは恐れ多いといった雰囲気。

「ていうとお前さんはキザリの娘ということか?」

「娘っていうか、孫ですけど..」

「まさか...そんなことがっ‼︎」

住人が土に頭を擦る。謝罪をしながら神を崇めるかのように腰を低くして。


「ちょっ、ちょっと!

やめてよ何してんの!?」

「何もなにもあるかってんだ!

キザリさんはオレ達の恩人だ、こんなゴロツキに機械技術を教えてくれた」

「へ、おじいちゃんが?」

 そんな話は聞いた事が無かったが、第一祖父が人とつるんでいる姿など見たことも無い。

「ちゃんと知り合いいたんだ...。」

直前までその知り合いに孫を解体させるところだったのだ。

「で、何のようだ?

なんでも聞くぞ、言ってみろ!」

 手のひらを返したようにへり下る様は正に人間。キザリはそれ程に偉大なのだろうか、常に見ているカナメには理解が難しい。

「いや、だからその...オイルと工具を分けて貰いたいんだけど」

「それだけでいいのか?

腹減ってたりしねぇか、なぁっ!」

執拗な気遣いは歳を取った証、ありがた迷惑だと気付くのは死んだ時だ。

「修理は自分で出来るから、分けられるだけの油をくれないかな?」

ベルトを外して住人へ渡す。

 カナメの機械化した部位は骨ごとすげ変わっている為錆びによる身体的な影響は骨組みを直せば改善するが、単純な金属の重みが通常の部位に負担をかける。

「部品を無駄にでも使わないと、どんどん体力消耗しちゃう。..私は思ってるより頑丈だしな、どうすれば...。」

軽く緩んだ脚のネジを閉め、考え込む

部品は必要だが多すぎる。消費しようにも己は強く頑強だ。


「ん、修理?

...そうか、その手があった。」

直ぐに住人をで呼んだ。信者と化している人々は直ぐに飛んできて話を聞く

「どうした!」

「さっきの首長くんどこにいる?

それだけじゃない。手長くん、足長くん、ビーム撃男くんも」

有り余るなら分ければいい。必要なカラダに、足りない部位に。


「はーい並んでー、一人ずつねー?」

 ガラクタが列を作り治療を待つ。折れた首を伸びるように、失ったリーチを修正し、光線のキレをもっと良く。

「これでよし!

すごいね、これを一から作ったの。」

「すごいな!全部直したのか⁉︎

さすがキザリさんの孫ってもんだぜ!」

「..まぁ、それはあるかな。」

 厳しい事は殆ど言われなかったが、何故か機械弄りを深く叩き込まれた。当然こういうった日の為ではないであろうが結果的には役立った。

「おお..しっかり治ってる、有難う!

これ、言ってた油だ。」

ベルトはそのまま感謝の重み、しかしこれは祖父の恩恵。素直な態度も祖父への礼儀。

「まぁいっか」

見返りを求めない。

これはキザリに教わった事でなくカナメ本来の考えた在り方である。

「さて、行こうかな?

西の都かぁ..辿り着けばいいな。」


 彼女は歩を進めるが、仮に辿り着けなくとも機械のカラダで故郷へ帰る。

当然孫を怒る事という概念も無いので家へ帰れば祖父は言う。

「ただいま」と。

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