報酬は苦汁

 情報は人によってまちまちだ。豊富に揃える者もいれば全く足りない者もいる。殺し屋にとって情報は不可欠だがそれは仕事の噺。


「何処なんだ、ここは?」

 地図を持たずに金を持つ、必要とあらば支払う為に。殆ど酒を呑む為の資金だが、何より彼女は根本的に常識という日常が備わっていない。

「..静かな街だな。

以前依頼を受けた事があったか?

住人を纏めて殺してしまったか」

 二丁拳銃は覚えが無いと首を振るが、疑う程に人気ひとけが少ない。元々廃れた街なのか?


「..何かいるな」

姿無くとも気配で判る。前方右の建物の中、扉の影に隠れて中腰で座る小柄なシルエット。

「子供か?

撃ち殺してもいいが貴重な情報源だ、丁重に扱うとしよう。」

扉の表面を威嚇射撃、小さな穴が空き薄く煙を上げる。

「声一つ上げない、肝が座ってるな」

押し殺している。もしくは狙われ慣れている。またはその両方。


「...攻めてみるか。」

 拳銃をしまい扉を開ける。家にいたのはひ弱な青年。武器すら持たず、ただ手を上げて震えている。

「君、ここの住人?」「...はい。」

小さく頷き返事をした。体は痩せ細り少し肌が浅黒い。日差しの元で長時間晒さられた形跡を感じる。

「あいつらの仲間ですか」

「アイツら?

誰の事かわからないが。」


 青年はホッとした様子だった。拳銃の音が聞こえたとき、命を狙われていると思ったそうだ。

「詳しく聞かせてくれる?

アイツらってのは何処の誰なのか。」

「炭鉱の、支配者です..」

「....また物騒な集まりがいるな」

青年を含む街の多くの若者は、工場や炭鉱などで理不尽な重労働を強いられているという。


「スーツを着ているそいつらは常に僕たちを見張っています。逃げ出せば即射殺、僕は必死にここへ逃げてきたけど、きっと直ぐに殺されます。」

 家に帰れるのは二月に一度一時間程度、家族のいるものはほぼ会えず子供に顔を忘れられる。

「あなた銃を持っていますよね。どうにかアイツらを追い払えませんか?」


「..報酬は?」「え?」

殺しの世界に温情は無い。金と契約がその証明、利益が有ればこそ動く。

「家にあるもの、何でも持っていってください。..全て差し上げます」

「.....」

絞り出した雇用の可能性は余りにも乏しい。家のガラクタでは、人を殺める程のリスクに相当はしない。

「..聞きたい事がある。

君が知っているかは知らないが、今の私にとても必要な事だ。」

「なんですか?」


「安息の地、街ではそう呼んでた」

「安息の地...!」

 組織の連中も、よくその名を口にしていた。願いが叶う、無くしたものが手に入ると。

「工場の方へ行けば何か見つかるかも

動力室、鍵は誰かが持っている筈。」

「動力室、鍵はそこらに...」

少ないヒントは充分に、情報としての役割で広がりを見せてくれる。

「契約成立だ、逃げ惑う少年」

ほっこりと安堵した表情を見せながら静かに礼を言った。


(ひっそりと侵食する。)

 太陽はいつしか肌を焼くだけの嘘の光に成り果てた。

「ほら手を動かせ!

じゃないと飯はやらねぇぞ」

「いつもロクにくれない癖に..」

「なんだと?

今何て言った、もう一度言ってみろ」


「飯をもっとよこせって言ったのさ、聞き取れないのか。いらねぇ耳だ」

「え?」

銃声で返事は聞こえなかった。だが安心だ、もう音を二度と聞く事も無い。

「ひっ..!」

「何怯えてる?

喜びなよ、自由なんだから。」

その日炭鉱の工事は終わり、大きな墓穴に変わる。太陽は本当に意味のない灯りになった。


「な、なんなんだよお前っ!」

「それは私への質問か?

冥土にまで名前は教えられないね」

 脳幹を一撃、彼女の基本スタイルだ

〝弾は残して酒に替える〟余裕を持って仕事を終えないと不味くなる。

「この先が工場か?

隠すつもりも無いんだな。」

暗い洞穴に白く光る扉、セキュリティは一丁前に指紋認証。登録された印でないと開かない厄介な鍵。


「この手のやつは死体の指紋を使うのがマストだが、それも面倒だ。..勿体無いけど呑ませてやるよ」

指紋認証装置に瓶の酒を流す。

「知ってるか、酒は結構燃えるんだ」

弾を当てると機械は直ぐに酔い潰れ、顔を真っ赤にする。

「さて、いくとしようか..」

 自分でも忘れていたが、昔はよく笑っていたらしい。殺し屋という稼業に属してからは随分と減ったが、楽しいものを素直に受け入れる素振りを持っていたのだ。

「今は何も感じない、選ばれし者っていうのは思っているよりモノの少ない奴を狙うのさ」

感覚を取り戻そうという前に、心を奪われた。知り合いや復讐者では無く名も知らない無機質の衝撃に。


「それを取り戻す為に街を出た

こんな汚い工場に、落ちてるワケもないんだろうけどね!」

 込めた銃弾が工場を荒らす。何の用途か判りもしない機械が二丁の拳銃に壊されていく。

「ひいぃっ!」

「従業員以外は出ていきな、後は家に帰るなり家族話すなり好きにしなよ」


「何者だお前は!」

「一度しか聞かないから直ぐ答えて、

動力室ってのは何処にある?」

大概は答える前に撃ち抜いてしまう。

聞くほどの猶予は持ち合わせておらず待ったところで大した情報は得られないからだ。

 しかし今回はしっかりと話を聞く。

仕事では無く自身の動向では、妥協した殺生は無駄な時間でしかない。


「あっ...!」

「なんだよ..真っ直ぐ行けばあるじゃない、勿体振って教えないんだから」

 入り口の扉は丁寧に従業員が開けてくれた、頭に穴を開け力の入らない腕を使って。

「邪魔するわよ」

「何だお前は、何処から湧いた?」

 闇の工場を束ねていたのは意外にも悪とは程遠いごく普通の眼鏡の男。怪しいとすれば白衣を着ている事くらい


「皆同じ事を言うな、聞きたいことががあるのは此方なのだが」

結局は人を撃たされる。話す言葉の数が、少しばかり増えただけだ。

「安息の地を知っているか」

「...その場所を何処で知った?」

「仕事柄情報は多くてね、無駄な話題に混じって耳に入ってくるんだ。誰が言ったかまでは覚えてないけどね」

 殺し屋は完全に暗殺に限る。故に情報収集は定石とされ、確実に行う。

「失ったものがあるようには見えないが、寧ろ有り余る。」


「元々数える程持っていなかったのさ

..教えてくれよ、あの場所のこと」

些細な話でも今は欲しい。自分を知るということは、余計な情報すらも活用して役立てるという事だ。


「核はどこから降ったと思う?」

「いきなりなんだ」

「安息の地から落とされたと思うか」

含みを持たせた質問に一瞬頭を働かせるも答えを出すには至らなかった。

「何か根拠があるのか?」

「..無くはない

一度行った事があるしな。」

「行ったことがあるだと?

今すぐ教えろ、じゃなきゃ撃ち殺す」

 答えを急ぐのは殺し屋の名残り。こうでもしないと直ぐに皆尻尾を巻く。

「焦るな、血の気の多い奴だ」


「はっ!」「……」

煽って濁すのは大して情報を持たないという現れであり焦りを隠す行為。

「人の事がいえるのか?」

「黙らせる為に撃ち抜くか..。」

 傾向として考えられるパターンとしては資料や映像といった形で物理的に何かを隠しているか、本当に何も持っておらず誤魔化しているかだ。

「何かあるなら直ぐに出せ」

「〝出さなければ殺す〟か...?」

 動力室に有るのはには工場の全エリアを見渡せるモニターの他に煙を噴き出す怪しげな機械、軽く腰を掛けられるような小さな机という質素なもの。


「何か物を隠せるとしたら机の引き出しくらいか、心無しかそっちに寄り歩いている気がする」

「警戒しているのか?

意外だな。銃を構えた冷徹な女でも、恐れるものはあるようだ。」

 引き出しがカラカラと薄く開く、その僅かな音を逃さなかった。

「結局はただの人間か!」

「アンタもな」

男が引き金を引くより早く肩を撃ち抜き銃を下へ落とす。

「くっ!」

「隠してるのはそれだけか?」

「...見たければ、勝手に覗け。」

肩を抑え床に片膝をつきながら開いた引き出しを指差し勧める。

「余計な事はするなよ」

銃を一旦腰に納め回り込み引き出しの元へ、中には薄い冊子のような白い紙の束が置かれていた。


「はっ!」「......」

 弾丸が交差する。女は冷静な態度を保ち、男には穴が増えている。

「かっ..!」

「だから言っただろう、余計なことをするなと。殺し屋との撃ち合いで腕が勝るとでも思ったのか?」

「殺し屋...そうか、道理で..。」

「もう目新しいものは特に無さそうだお前にも要は無い」

「..屑が」「どうとでも。」

今更言葉など刺さらない、鉛玉を撃ち込めば黙る事を知っているから。


「少し消費し過ぎたな..貰っていくぞ

もう使う事も無いだろう?」

落ちている拳銃の弾を移し替え代用。

「質の悪い銃弾だな

使い物にならない代物だ」

 収穫は何かの資料と形だけの弾丸、早速白い冊子の方を炭鉱を抜けた適当な街の明るい場所で開く。

「ふむ、これは..日記か?」

何かの記録の綴りらしいが意図してか日付は黒く塗りつぶしてある。

「殴り書きとはお急ぎだな、面倒だけど読むしかないか」


○月△日

街の地盤は思ったより柔らかい、爆破でもすれば穴が空きそうだ。これで何とか身は凌げる。

「身を凌ぐ?」

恐らく穴は炭鉱になるのだが〝身を凌ぐ〟という言葉が気にかかる。引き続き冊子を読み進めた。


炭鉱の先に工場を設立した。

ここで長い時間街の人々を拘束すれば日も暮れるだろう。これで安全だ、皆が助かる。

「こいつイカレてやがる

心でじゃない、感覚で判るサドだ。」

街の住人を拘束し、支配する事で優越感に浸っている卑劣な愚者。

「これ以上読む必要があるか?」

疑問もあったが未だページは残っている。取り敢えず最後まで目を通してみる事にした。


○月△日

工場を抜け出し、炭鉱を出た者がいた

あれ程日中は外へ出るなと言ったのに恐れてはいた、しかし起きてしまったものは仕方ない。


「どういう事だ?」

支配する為監視下に置きたいのだと思っていた。しかしそれならば〝日中〟という制限はしない。常に見張り、拘束を強いる筈だ。

「何かありそうだ」


核の影響はやはり大きい

あれが街に落ちてから、街の人々は太陽に嫌われ始めた。

「太陽に嫌われた...」


「お姉..サン...ッ!」「..お前」

 浅黒かった青年の肌は赤く燃え上がり一本の火柱と化していた。

「お姉さ...助けっ..」「成る程」

安物の弾が頭を貫いた。しかし炎は消える事なく身体を燃やし土を焦がした


「お前たちも〝被害者〟だった

と言うべきか」

彼等は既に奪われていた

街ごと飲み込まれていたのだ。

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