足りない部品
泡の街、そう呼ばれていた。石鹸工場が盛んに在り、近くに家を建てた者は文句を言うどころか排気ガスに向かって洗濯物を干すという。鉄で出来た煙突から漏れる廃棄物が、かえって汚れを洗浄するらしい。
私が失ったのは、身体の一部。
「やっばい、また錆びた..」
油さしのポンプを鳴らし文句を垂れる彼女の一日は大概がそうして始まる。
「ほれ、替えのパーツじゃ」
「ありがとうおじいちゃん。スパナ、取ってくれるかな?」
街の修理屋を営む老人キザリは腕の良い技師であったが年齢がたたり、現在は殆ど引退状態に陥っている。
「ほい。」「ありがとね」
核が落ちた頃、古びた車の整備をしていたが、今はそれを解体し娘の部品として崩して使っている。
「足は痛むか?」
「え、痛くは無いよ。
骨ごと機械に変わってるから」
「核の影響か...」
「何でだろうね、街には何の影響も無いのに私の右脚と左腕だけが変な風になってさ。」
元の姿でいるときは街が好きだった今でも嫌いな訳では無いが、良い匂いだと思っていた石鹸の気泡が、身体を蝕む酸に変わってしまっている。
「西の都に行けば治るのかの」
「またそれ?
ただの噂でしょ、嘘だって。」
西の彼方へと進んでいけば、無くしたものが返ってくると言われている。場所によって伝わり方が異なるようで、この街ではその場所を〝西の都〟と呼ぶらしい。
「ほれ。」「...何コレ?」
パンパンのリュックに、飲み物の容器が一面に着けられたベルトを手渡す。
「ありったけの修理器具とパーツ、それと持てるだけのオイルじゃ」
「なんでこんなもの..まさか行けっていうの⁉︎」
「カナメよ、お前はわしの孫じゃ。馬鹿馬鹿しい噂でも可能性があるのなら賭けたいんじゃよ。」
「賭けたいって!
...別に私は、このままで不自由してないし、さ。」
現状に不満は無いと言い張る娘だが、真意の程を親は知っている。
「わしの事は心配無い。
くたばる事も無けりゃあ倒れる事もない、それはお前も知っとるじゃろ?」
「まぁ..知ってるけど。」
「なら気にするな」
倒れたり弱い姿は小さい頃から一度も見なかった。人一倍丈夫で強く、それこそ機械のようによく動いた。
「元気でずっといてくれる?」
「ああ、勿論じゃ。」
祖父はここのところ随分と痩せた。余り夜に眠っていないようだ。偶に目を覚ますと、工具を動かすような音が聞こえる。
「じゃあ..行くよ!
治して来るから、それまでここで待っててね。」
知っていた、寝る間も惜しんで脚に合うパーツを造ってくれていた事くらい
「そうか、気をつけてな。」
ごめんねおじいちゃん、無理させて
「今日からゆっくり眠ってね」
「ん、なにか言ったか?」
怒られた事は一度も無かった。甘やかし過ぎて怒り方もわからなかったのだろう。
「ううん、何でも無い
...行ってきます。」
無くした物を、取り戻す。
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