赤い宝石の指輪、再び



 またいつもどおり、学校帰りにウィンターレインの家を訪れる。彼がハーブティーを入れている間にテーブルにノートと教科書を広げて宿題を始めると、ウィンターレインは「ここでやるんじゃないよ」と小言を言った。

「家よりこっちの方が落ち着くんです。それに貴方のダーリンが勉学に励む姿、素敵でしょう?」

「飽きないね、君も。まあ勉強はするに越したことはない。多少なら許容しよう」

「へへ」

 ペンを走らせる音と、カップに茶が注がれる音。アンティークの時計の針の音。ぽつぽつと交わす声。

「ウィンターレインさん」

「うん?」

 ウィンターレインは視線をニコラスへ向け、ティーカップを傾けた。

「今日は暴力なかったですよ」

「うん……それが聞けて良かった。気がかりだったからね」

「友達の居ないチビだから無抵抗だと思ってちょっかいかけて、一度やり返されると怖気づくんですよ。もうほんとにカッコ悪いのなんのって。ざまあ見ろ、ですよ」

「……ふふ」

「……何です、何の笑いですかそれは」

「いや、全く同意見だなと思ってね。それに君がそうやって他者を拒むこともできるのだと分かって安心した」

 ウィンターレインの言葉にニコラスは少し面食らう。『普通』になれずとも自然体で生きてきたつもりだし、嫌なことは嫌と言ってきたと思うのだが……。

「言い方を変えようか。君が自分を脅かす存在に怒ることができる子で良かった」

「ああ、怒り……怒りですか。確かにあんまり怒ったことないですね、僕。ウィンターレインさんが、その、人殺しだなんだって嘘ついたときはちょっとパニックになって怒鳴っちゃいましたけど」

「そうだね。私が危惧していたのはそこだ。それがプラスのものであれマイナスのものであれ、君が私にしか感情を向けられないとしたら、と考えていてね。それでは外の世界との繋がりが切れかねない。とても危ういことだ」

「僕、そこまで浮世離れしてませんよ。むしろウィンターレインさんの方が他人と会わない生活してますし、話し相手だって僕しか……」

 言いかけて、一瞬の痛みを伴って頭の奥がうずく。

 ウィンターレインと何か大切な話をしたような……いや、ウィンターレインが何か大切なことを話してくれたような。靄がかかっているというより、ぽっかり抜け落ちているような感じがする。その『感じ』さえも曖昧だ。

「……ところで」

 ニコラスが語尾を浮かせている間にウィンターレインが話題を変える。

「それは何だね」

「それって?」

「私は儀式に使えと言ったはずだが?」

「ああこれですか? うっふっふ」

「うっふっふじゃなくて」

「良いでしょー」

 言い、ニコラスはウィンターレインの視線の先、自らの胸で光るチェーンをいじる。以前『埋め合わせ』としてウィンターレインからもらった赤い宝石の指輪を通し、即席のペンダントにしたものだ。

「やっぱりほら、いつでも貴方を感じていたいじゃないですか」

「君という子は、本当に……」

「ときめきました?」

「呆れているんだよ」

「呆れてるハニーも素敵ですよ」

 指輪を照明に透かしてみる。ニコラスの色の白い肌に赤い影が落ちた。

 ウィンターレインはそれを呆れ顔で眺めながらまたティーカップを傾ける。

「君も飲みなさい、冷めるよ」

「あ、はーい。ありがとうございます」

 ニコラスがノートと教科書を閉じハーブティーに手をつけると、ウィンターレインは満足そうに目を細めた。

「ニコラス君」

「はい」

「明日は少し遅めに来てくれ」

「え、どうしてです?」

「少し野暮用があってね」

「何です、それ。何するんです? 僕に言えないようなことですか?」

「言っても構わないが、君に言っても仕方のないことだよ」

「そうやってすぐ秘密をちらつかせるミステリアスなハニー……僕のハートを惑わせる……」

「馬鹿なことを言っていないで、ほら」

「はいはいはい、暗くなるから帰りなさい、でしょ。分かってますよーあっかんべー」

 べ、と舌を出すとウィンターレインは少し笑った。

「ほんとに帰っちゃいますからね! もう明日まで僕に会えないですよ!」

「明日になれば会えるのだろう。ならば問題はあるまい」

「……」

「何だね」

「……ハニー……魔性の男もほどほどにしてください……好き……」

「はいはい分かった分かった。ストップ。触るな。大人しく帰りなさい」

「今日泊まりたいんですが」

「いかん。また追い出されたいのかね」

「はあい……」

 しょんぼりと肩を落として帰り支度をする。

「じゃあ明日、ちょっと遅めに来ますから」

「うん。気をつけて帰りなさい」

 もう当たり前のように玄関先まで見送ってくれるウィンターレインにお辞儀をして、ニコラスは帰路についた。



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