『覚えていない』を覚えている




「おはようございます!」

「おはよう」

 朝から元気だね、とウィンターレインは言う。元気もりもりですよ、とニコラスは応じた。

「学校には行けそうかね? 無理して行かなくても良いと思うが、まあどうにせよ一度家には帰りなさい」

「分かってますよう。全くお堅いハニーなんだから」

 正直に言うと、ニコラスは昨日の夜のことをほとんど覚えていない。夕食にミートソースのスパゲティが出たことは覚えているのだが。そのあとがとんと思い出せない。

 しかしウィンターレインと過ごした時間なのだから楽しかったに決まっていると、ただそう思うことにした。

「学校、ちゃんと行きますよ。ウィンターレインさんとの約束ですからね」

「いつそんな約束をした?」

「やだなあ。最初に出されたここに来て良い条件ですよ。ウィンターレインさんったら忘れんぼさんなんだから」

「……ああ、うん。そうだったね。しかし何事にも例外はあるよ」

「心配してくれてるんです? うふふ嬉しいなあ……キスして良いですか?」

「嫌だよ」

「そこをなんとか」

「やめなさい」

「ちぇ」

「良いから座って食べなさい。せっかく作った朝食を無駄にする気かね」

「ああ、はいはい。ごめんなさいね。いただきます」

 いそいそと席に座り、ベーコンエッグとトーストをかじる。凝った料理でもないし特別美味いというわけでもないが、ウィンターレインが作ったものだと考えると非常に味が冴えて感じられた。

 食べ終わると洗濯を終えたコートが渡され、ニコラスは帰り支度を始める。

「本当に大丈夫かね」

「大丈夫ですって。今度は殴り返してやりますよ」

「それもそれで良くないがね」

「正当防衛ってやつですよ。こっちからは手は出しません」

 ふむ、とウィンターレインは低くうなる。やはり心配してくれているらしい。ニコラスはどうにも嬉しくて、昨日の涙にさえ打ち勝てるような気がして。ウィンターレインにハグをして、家を出た。

 寒いな、と思う。

 暖冬とはいえ冬は冬だ。

 そんなことを考えながら歩いていると、ニコラスの口からふと言葉が落ちた。

「……オリ……ヴィエ?」

 何だろう。どうしてそんな名前が口をついて出たのか。分からない。

 どこかで聞いたような。どこで聞いたのか。ただその名前が、ニコラスにはどうにも切なく感じられた。




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