暖冬




 曇り空でも風がいつもより強くて冷たくても、鼻歌を歌いながらウィンターレイン宅へ急ぐ。今日のニコラスはいつもの倍ほど機嫌が良い。

 昨日のウィンターレインの言葉を何度も頭の中で繰り返す。

 埋め合わせ。埋め合わせ。

「一体どんなことをしてもらえるのか……うふふ……」

 扉をノックして、ウィンターレインを待つ。彼は数秒ニコラスを待たせたのち扉を開いた。

「あれ……ウィンターレインさん……?」

 生えている鉱石が減っている。しかも生えかけの鉱石も色が変わっている。怪我は……していないようだが。

「う、ウィンターレインさん! まさかまた強盗に!?」

「うん? ああ……これはただの生え変わりだ。前に言ったろう、私の鉱石は育ちきると抜け落ちるのだよ」

「そうなんですね……びっくりしました……」

 胸を撫で下ろし、家に上がって後ろ手に扉を閉める。それからウィンターレインの生えかけの鉱石に手を伸ばすと、触るんじゃないよと尻尾で膝の辺りを叩かれた。

 椅子に座り出された茶を飲み、いつもどおり過ごそうとして我にかえる。

 そうだそうだ、とニコラスは身を乗り出した。

「埋め合わせ! してくれるって! 昨日約束しましたよね!?」

「そうだね」

「何してくれるんです? 言葉では言えないようなことですか? ああ僕ちょっと心の準備が……」

「君が何を期待しているのか分からないし分かりたくもないが、一応用意はしてあるよ」

 言い、ウィンターレインは席を立つ。そして奥の部屋へ行ってしまい、しばらくすると何やら小さな箱を持って戻ってきた。

 ニコラスは目をこらしてウィンターレインの手元を見たが、それが何なのか皆目見当もつかない。

「何です、これ?」

「私の鉱石から作った指輪だ。使うと良い」

「えっ。……え!? ちょっとちょっと待ってください! 指輪ってつまり婚約ってことじゃないですか!? 気が早いですよ僕まだ十四歳ですしそれにプロポーズは僕からするって決めてたのにそんなそんな」

「落ち着きなさい馬鹿」

「これが落ち着いていられますか!?」

「いいから話を聞きなさい。赤い宝石の指輪は召喚魔術や古い儀式を再現する際の触媒や贄としてたいへん汎用性が高い。君が学校で何を専攻しているかは知らないが、持っていて損はないだろう」

「うふふ……綺麗……僕とウィンターレインさんのとの絆の証ですね……」

「おい。頼むから妙な勘違いはよしてくれ」

「もちろん分かってますよ。一生大切にしますね!」

「……本当に分かっているのか君は」

 分かってますよおと繰り返しながら指輪を左手の薬指に嵌めてみる。やめなさいと叱られた。

「これで昨日のことはチャラだ。……ん」

 ウィンターレインがふと窓の外を見る。

「雨が降ってきたな」

「今年、まだ雪降らないですよね。ずうっと雨だ。新聞にも例年より暖冬だって書いてありましたし」

「ああ。そうだね」

「まさにウィンターレインじゃないですか。嬉しいですね」

「別段嬉しくはないが、まあ君が言いたいことは理解しよう」

 ウィンターレインが言葉を切りティーカップに口をつけると、つられるようにニコラスもハーブティーを口にした。

「あ、檸檬雲入ってますねこれ」

「まあね。君は檸檬雲に苦い……いや酸っぱい思い出と言うべきか。あの大馬鹿事件で苦手意識を持っていたろうから、きちんと使えば美味しいということを伝えたくていれてみた」

「うむ、なかなか美味しいではありませんか」

「偉そうなことを言うんじゃないよ。檸檬雲も決して安価ではないのだからね」

「ごめんなさい。でもまた貴方とハーブティー作りたいです。楽しかったなあ、あれ」

「……そうかね。では明日辺りにまたやろうか」

「ほんとです!? やったあ、じゃあまたお菓子持ってきますので優雅な桃色ティータイムしましょうよ!」

「桃色ティータイムとは何だね」

「それはもちろんハニーと僕の」

「いや、結構だ。君に質問しても仕方ないと昨日再認識したばかりだったよ」

 話しているうちにも雨は強くなっていく。雷まで鳴りそうな勢いだ。長靴履いてくれば良かったかなあと言いながら、ニコラスは少し前の記憶を掘り返した。

 霊園でウィンターレインを初めて見たときも、冬の雨の中だった。あのときは興味本意で話しかけて、声に驚いて、一目惚れして。

 もうすでに懐かしい気さえする。ニコラスは手を伸ばして、ウィンターレインの大きくて硬い手の甲に触れた。

「何だね」

「いいえ? 何にも」

「だったら触らないでくれ。……雨が強いな。今日は傘を貸すからもう帰りなさい」

「あのペパーミント色の?」

「気に食わないかね?」

「いいえいいえ。全くそんなことないですよ。ただ……」

「ただ?」

「……ただ、ハニーと出会った日と同じだなって思って。僕と貴方とのロマンスの始まりですよ」

「口の減らない子だな」

 てし、と頭を軽く叩かれる。ほとんど力もこもっていなかったから、叩かれたと言うより手を乗せられたと言った方が正しいかもしれない。

 ウィンターレインはそのまま反対の手で頬杖をつき、ニコラスの髪をくしゃくしゃと乱す。

 当のニコラスはしばらく硬直したあと、みるみるうちに顔を真っ赤にしてわたわたと両手を振った。

「き、今日のウィンターレインさん変ですよ!? 急にそんな、プロポーズされた挙げ句に体を触られるなんて、僕困ります……!」

「プロポーズはしていないし気持ちの悪い言い方をするんじゃない」

「じゃあ何です!? からかったんですか!?」

「……ふ」

「あっ笑った! 笑いましたね今!? ひどいですよ!」

 ぎゃんぎゃん騒ぐニコラスと肩を震わせて笑うウィンターレイン。

 ふくれっ面のニコラスを眺めながら彼は言う。

「風が強いから気をつけて帰りなさい」

「むう……はーい」

「明日までに新しいハーブを買っておこう」

「じゃあ僕、美味しいクッキー買ってきますね。好きな味とかあります?」

「バニラとアーモンド」

「分かりました。うふふ、それじゃあ」

「また明日」

「はい!」

 ペパーミント色の傘と共に外に出る。

 それから少し歩いたところで、ニコラスはふと気づいた。

「……あ。あの人、今日は玄関まで見送ってくれたな」



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