少年は空っぽ




 普通、という言葉はいつの時代でもどこの国でも、老若男女関係なくまとわりつくものだ。

 学校で勉強して、勉強していく中で得意不得意を見極め、得意なことを仕事にして。あるいは家業を継いで、結婚してあとは子供に託す。それがこの時代のこの国の普通の人生だ。

 その『普通』に入れなかったとある男の子は、全てに無関心になることでその苦痛をやり過ごした。結果、待っていたのは少しだけ居心地の悪い毎日だった。

 それでも人間が生きていくうえで拠り所は必要だ。初めから何にも掴まらず立てる赤ん坊が居ないように。飼い主に依存しない飼い犬が居ないように。

 男の子は手元にあった音響水晶の音質の悪い声にすがって、なんとか感情を保って。

 気がつけば十四歳になっていた。


「ねえねえ、ウィンターレインさん」

「ん?」

「ウィンターレインさんはお茶以外に趣味ないんですか?」

「ないね」

「ふーん……」

「君はどうなんだね」

「僕? えっ、僕のこと知りたいんですか!? そんな情熱的に詰め寄られたら僕困っちゃいます……いやん……」

「君の発想の飛躍は本当に怖いな。耳が腐っているのか? 紹介すべきは耳鼻科か……心療内科か……」

「うふふ冗談ですよう」

「冗談に聞こえないよ君の場合は……」

 でもね、とニコラスは笑う。

「昨日もちょろっと言いましたけど、僕ほんと無趣味で。なーんにもないんです、僕。つまらない人間ですよ」

「何もないということはあるまい。飛び級をして名門校に通う程度には優秀なのだろう?」

「まあ……うん。そうですね」

「何か不満でも?」

 怪訝そうなウィンターレインにどう返したものか迷い、窓の外へ視線を向ける。

 冬休み初日は見事な冬晴れだ。寒さもやや和らいで過ごしやすい。

 ニコラスは昨日より薄手のセーターを着て来た。一応精一杯おしゃれなものを選んだが、案の定ウィンターレインは目もくれなかった。ニコラスとてそこまで期待はしていなかったが少し寂しい。

 閑話休題。

「……それよりもっと楽しい話しましょうよ!」

「ほう。例えば?」

「結婚式はウェディングドレス着たいですか? それともふたりでお揃いのタキシード着ますか?」

「追い出すぞ」

「あははは」

「しかし……太陽が高い時間から君がここに居るのも不思議な気分だな」

「嬉しいです?」

「迷惑だよ」

「またまたぁ」

 ウィンターレインの頬をつつくと手を跳ね除けられた。

 ……話題は逸らせたか。それとも、見逃してもらった、と言った方が正確か。

 少し前にウィンターレインが比喩で言った『月の裏側』。誰にでもある、誰にも触れられたくない、醜くて寂しい部分。

 この話題が自分にとっての月の裏側なのだろうかとニコラスは少し考えた。

「ね、ウィンターレインさん」

「何だね」

「えっと……んん、貴方に思考を伝えようとすると、どうしてか一気に言語化が難しくなるなあ……明日までにまとめてきますね!」

「またそれか。懲りないね。まあ良い、好きにしなさい。聞くだけ聞くから」

「ふふ、貴方のそういうところ、とってもキュートでチャーミングです! 極東の国ではこういうの『ツンデレ』って言うらしいですよ!」

「くだらない」

「うふふ、ツンデレだあツンデレだあ!」

「うるさい」

 それからこの調子でしばらく話をして、夕暮れになると帰らされた。

 もっと一緒に居たいと駄々を捏ねるもけんもほろろ。かろうじて別れのハグだけをしてもらい、ニコラスは帰路についた。



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