なんかもう本当に馬鹿




「まず初めに」

 テーブルにいっぱいに並べられたハーブやスパイス。ニコラスには種類も味の違いもさっぱり分からないが、良い匂いだなあとは思う。

 この前は知ったかぶってハーブの名前をつらつら言ってみたものの、ただ茶をいれるのにここまで凝る習慣はなかった。ウィンターレインはこういったものに面白みを見出しているのだろうか。

「君、アレルギーや苦手な食べ物はあるかね?」

「アレルギーも嫌いなものも特にありません!」

「よろしい」

 ウィンターレインはひとつ頷いて、テーブルの上を指し示した。

「ではまず、ひとつ好きなものを選ぶと良い」

「えー……好きなものって言われてもなあ……全くの無知なもので……」

「香りが気に入ったものや見た目が好きなもので構わないよ」

 ふむ、とテーブルの上に並べられた植物を一通り眺める。手前の左側に置いてある綿のような見た目の花……花? 花なのだろうか。それとも種子か、それを包む綿毛か。ニコラスには分からないが、綿菓子のようで美味しそうだ。

 ひとつつまんで食べてみた。

「あ」

 ウィンターレインが目を丸くする。

 次の瞬間、

「う、うわ、うわああっ……!」

「馬鹿か君は! なぜ食べた!? 水、水を飲みなさい今すぐに!」

 口の中と喉が焼けるように痛い。肺に剣山を入れられたようだ。吐き出そうとしたが口の中で溶けてまとわりつき刺激は一切緩まない。息が苦しい。思わず喉を掻きむしりうずくまる。

 水の入ったコップを持って駆け寄ってきたウィンターレインにしがみつき、ぜえぜえと息を吐きながらなんとか呼吸を整えて、やっと水を飲むと少し楽になった。

「な、何ですこれ……劇薬……?」

「これは檸檬雲と呼ばれる白羽柑橘類に属する花だ。君も身をもって知ったろうがとてつもなく酸っぱい。普通はティースプーン半分ほどを取って茶に溶かし、酸味づけするために使われる。それを君はまるまるひとつ食べたのだ。気をつけなさい馬鹿」

「はい……肝に銘じておきます……」

 途絶え途絶え返事をして引き攣りつつも笑顔を見せると、ウィンターレインはふうと息を吐いた。

「あれ、心配してくれたんです?」

「図に乗るものじゃないよ、次同じ失態を晒したら承知しないからな。しかし参ったな……」

 まだ息の荒いニコラスの背中をさすりながら、ウィンターレインは困ったように口角を下げる。

「あんな刺激物を食べては今日いっぱいは嗅覚も味覚も使い物になるまい。そんな状態で茶を飲むなど、同じページに栞を二枚挟むより無意味だ」

「す……すみません。あ、でもあの、『帰りなさい』はちょっと待ってください」

「ほう。何だね」

「クッキー持ってきたんですよ。お茶に合うと思って。受け取るだけ受け取ってもらえると嬉しいです」

「……」

 ニコラスが鞄からクッキー缶を取り出して差し出すと、ウィンターレインは受け取るでもなく拒否するでもなく、ただじっとその缶を見つめた。

「……どうかしました? クッキーお嫌いでしたか?」

「……ああ、いや。そうだね。ありがとう。次に君が来たときにでも食べよう」

「別に今日食べ切っちゃっても良いですよ。また明日買ってくるので」

「いいや。クッキーはひとりで食べてはいけない」

「え? 何ですかそれ」

「昔そう教わったのだよ」

「へえ……変なの」

「さて」

「帰りなさい、ですか?」

「ご明察。帰りなさい」

「ちぇ。つれないんだから」

 言い、ニコラスは立ち上がって玄関へ向かう。その聞き分けの良さはニコラス自身がいい加減ウィンターレインの頑固さを理解したのと、そんな彼の『次に君が来たときにでも』という一言で舞い上がったことに由来する。

 自分はまたここに来ても良い。

 またこの人に迎えてもらえる。

 それだけで、本当に、本当に、嬉しかった。

 外に出て冬の夕方の空気を吸い込むと、喉の奥に残った酸味が突っかかり、けほ、とひとつ咳が出た。



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