雨上がりの朝



「ちょっとウィンターレインさん! どういうことですか!」

「おはよう」

「おはようございます! じゃなくて! どういうことだって訊いてるんです!」

「うるさいな。何だね」

 朝から息巻いて詰め寄るニコラスと、迷惑そうな顔をして朝食のベーコンエッグを一口かじるウィンターレイン。

「百歩譲ってソファで寝かされるのは許しますよ!? ほんとは一緒のベッドで寝たかったですけど! なのになのになのに、どうして扉を何重にも施錠して僕に拘束魔術までかけたんです!? ひどくないですか!?」

「私も我が身が可愛くてね」

「僕のこと、そんな、ケダモノみたいに思ってたんですか……!?」

「ほう。君は同じベッドで眠っていても私を襲わなかったと?」

「襲いましたよ!? 襲いましたけどそれとこれは話が別でしょ!?」

「別ではない。今まさにその話をしているのだよ」

 そんなことより、とウィンターレインは話題を変える。

「君の言ったとおり君のご家族に連絡も何もしなかったが……本当に良かったのかね?」

「……はい。良いんですあんな家、どうだって」

「身内にそんなことを言うものじゃないよ」

「何でです? 血が繋がってるだけの他人じゃないですか。僕とウィンターレインさんよりよっぽど無関係ですよ」

「……そうかい。まあ、君が良いと言うなら別に私は構わないのだがね。しかし、帰るには帰りなさい」

「ここに住まわせてください」

「拒否する。私の安全な睡眠のために」

 ふふふ、とニコラスは笑った。

 それから今日は学校は休みだとか、新しく生えてきたウィンターレインの鉱石は今度は赤色で美しいだとか、前の青色も好きだったとか、そんなようなことをつらつらと語って「早く食べなさい」と叱られた。

 朝食を終えるといつものウィンターレインによる「帰りなさいコール」が始まるかと思ったが、彼はしばらくニコラスの顔を見つめたのち、ため息をついて口を開いた。

「君」

「はい」

「わざと筆箱を置いていっただろう?」

「……ウィンターレインさんこそ、わざと僕が魔力を感じ取れるように魔術に隙を作ったでしょう」

「なぜそう思う?」

「だって家ごと動かすくらいの魔術を使って痕跡を何もかも残さず消えられたのに、筆箱ひとつにあんな残り香をつけるなんて不自然です」

 く、とウィンターレインは喉の奥で笑った。

 その笑い方があまりに愛しくて飛びつきそうになったが、それを堪えてニコラスは彼の言葉を待つ。

「君に諦めさせようとしたんだよ。途中に何重にも結界を張って、ああこれは駄目だ帰ろう、と君が踵を返すことを期待した」

「僕がそんなことすると思います?」

「しなかったね。全く呆れ返るよ。古典的な目くらましから東洋式のマイナーな結界まで使ったのに全て真正面から解いてくるとは。認めよう、君は優秀だ」

「優秀さじゃなくて愛を認めてくださいよ」

「口の減らない子だ」

 言い、ウィンターレインはニコラスの鼻をつまんで少し引っ張った。いででで、と顔をしかめるニコラスを見て、目を細める。

「よく聞きなさい」

「はい」

「学校にはきちんと通うこと。私が帰りなさいと言ったら速やかに帰ること。それと、君の感情に対しての私の反応に期待しないこと。……この三つを厳守するのならば、そうだね」

 心底呆れたような顔で、ウィンターレインは言う。

「……ハーブティーくらいは出すよ。試作品の味のテストにも付き合わせるがね」

 ニコラスは顔を真っ赤にして両手でしばらく空を掻いたのち、テーブルを叩いて立ち上がった。

「それはつまり付き合うということですか!?」

「話を聞いていなかったのか君は」

「いや、んん、失礼。先走りました」

「君が先走っていないことの方が少なかったと記憶しているが」

「いえ、いえいえ。皆まで言うな、です」

 早くも自らの発言を後悔していそうなほどにうんざりした顔のウィンターレインに、ニコラスは満面の笑みを向ける。

「僕嬉しいんです。すっごくすっごく嬉しいんです。やっと『居たい』って思える場所ができて、そこに誰より一緒に居たい人がいて、そこへ行けばその人が迎えてくれる。こんなに嬉しいことってありますか?」

「……」

 心の底から愛おしそうに言うニコラスに、ウィンターレインは優しげな視線を送った。

「……ああ、そうだね。同感だよ」

「おやウィンターレインさんも身に覚えが? それってもしかして」

「君じゃないよ」

「最後まで言わせてください!」

「時間の無駄は嫌うタチでね」

 さて、とウィンターレインはそのままになっていた朝食の皿を片付けて。

「もう帰りなさい」

「えー」

「私が出した条件を思い出してご覧」

「……ちぇ」

 分かりやすく名残惜しそうなニコラスを鼻先で笑う。鼻先で笑うウィンターレインにあっかんべーと舌を出す。

「では帰ります。帰りますよーだ」

「ああ。昨日夜に雨が降ったために道が凍っているかもしれないから、気をつけて帰るのだよ」

「……うふふ。貴方のそういう小さな優しさが好き」

「はいはい」

 玄関先までお見送り、なんて甘いことはしてくれなかったが、それでも小さく手を振り返してくれたウィンターレインを心底愛しく思いながらニコラスは帰路についた。

 途中、凍っていた地面に滑って転んだことはウィンターレインには内緒にしておこう。




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