ペパーミント色の傘




「これを飲んだら帰りなさい」

 心底迷惑そうにウィンターレインは言う。それでも自分を家にあげて茶を出す辺りに彼の『お人好し』を感じ、ニコラスはうふふと笑った。

「このハーブティー美味しいですね、オリジナルですか? あ、待ってください何入ってるか当てます。ええとまず初音草と蒼碧花と……この後味はラビットペッパーですね?」

「全部違う」

「ありゃぁ。じゃあ何です?」

「猫ノ眼花とネイビーウッドの葉、スターゲイザーの蕾、それから夜海木の木片を少し」

「んん……初めて聞きましたよそんな組み合わせ。へえ、こんな味になるんですねえ」

 美味しー、と気の抜けた声で言って茶を飲むニコラス。木製のテーブルを挟んで向かいに座っているウィンターレインは、億劫そうに口を開いた。

「ラビットペッパーは人によってはアレルギー症状を引き起こすこともあるから初めての客人には向かない。初音草もかじると甘いが茶にするとえぐみが出る。その点スターゲイザーの蕾と少量の夜海木は相性が良い。酸味が欲しければ檸檬雲を加えるのもありだ」

「……」

「……何だねその顔は。化け物がハーブティーを語るのがそんなに滑稽かね?」

「いやあ……」

 ニコラスは、少し面食らった顔をして。

 その顔はみるみるうちに満面の笑みに変わっていった。

「ヴィンセント博士……ああ、じゃなくて、ウィンターレインさんの声ってやっぱり素敵ですねえ! 僕小さい頃は毎晩貴方の声を聴いて寝ていたので、本当に、本当に目の前に貴方が居るんだって思うと嬉しくて……! もっとお話聴かせてください! あ、お茶のお代わりもお願いします!」

「駄目だ。飲み終わったのなら帰りなさい」

「やだ!」

「シンプルに駄々を捏ねてもいけないものはいけない。こんな化け物と関わっても、お互い益がないだろう」

「化け物じゃないです」

 笑ったかと思えば不意に真面目な顔になる。

「さっき外で言ったじゃありませんか、『私は人間だ』って。自己申告したんなら貴方人間でしょ? 違うんです?」

「……」

「論破ー! 論破論破!」

「論にもなっていないことで相手を呆れさせることは論破とは言わない。……分かった、では二杯目で最後だ。もう一杯飲んだら君は大人しく家に帰る。良いね?」

「はい!」

「それと、親族であれ他人であれ葬式にはきちんと参列しなさい。人の死を、それを偲ぶ儀式を、軽んじてはいけない」

「はーい」

 ニコラスはまた気の抜けた笑顔に戻り、カップに注がれた茶と、それに映った自分の顔を見る。それから顔を上げてウィンターレインを見た。

 ニコラスには彼が人間に見える。本人が人間だと言ったのだから人間なのだろうと思える。何年も憧れ続けた、誰よりも愛しい人に見える。

「あ、僕名乗ってませんでしたね。ニコラスです! ニコラス・ベル! 十四歳、グラズヘイム学園三年生です!」

「十四歳? ……四年も飛び級したのか」

「えっへん」

「しかし素行がそんなふうでは、いくら成績優秀でも教師は大変だろうな」

「えっへんへん」

「褒めてはいないよ」

 ふふ、とニコラスは笑ってティーカップの中身を飲み干した。すかさずウィンターレインが口を開く。

「さて飲み終わったね。帰りなさい。この時期はすぐ暗くなるから。それに今頃、ご家族が君の失踪に気づいて慌て始めているだろう」

「ちぇっ、はーい。……あ」

「ん?」

「傘……霊園に放り投げたまま来ちゃいました……」

「馬鹿なのか君は……」

 頭を抱えため息をつくウィンターレインに、ため息ばっかり、と言ってみる。誰のせいだと思っているのだ、と返ってきた。

「仕方ない。私の傘を貸すから早く帰りなさい」

「はい! でも、でもでもでも、あの、それって!」

「何だね。大きい声を出すんじゃないよ」

「傘を返しに、またここに来ても良いってことですよね!?」

「……」

 もう良い。面倒くさい。

 ウィンターレインは視線だけでそう語った。

「ああ、来るが良い。けれどそれっきりだ。今日のことも他言してはいけない」

「はい、ありがとうございますハニー!」

「ハニーはよしてくれ」

「僕のことはぜひダーリンと」

「もう一度言うよ。よしてくれ」

 ふへへ、と笑ってニコラスは椅子から立ち上がる。

 渡されたのは、ウィンターレインにはあまりにも似合わない、柄の細いペパーミント色の傘だった。



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