ウィンター・レイン

九良川文蔵

冬の雨中にて



 彼は霊園の隅っこの小さな墓の前で、祈るように項垂れていた。

 あまりに人間離れした外見──白くて硬そうな皮膚に爬虫類じみた顔と尻尾。そのうえ全身に綺麗な宝石がくっついている──いや、全身から生えている。

 最初は霊園の管理者が作った新手の墓守ホムンクルスかとも思ったが、それにしては動かなさすぎる。冬の冷たい雨の中、傘もささずにただひたすらにこうべを垂れている。

 ニコラスは半分怖いもの見たさで彼にそっと近づき、あの、と声をかけた。

「……」

「貴方ホムンクルスですか? それとも誰かの使い魔?」

「……」

「うーん……声を発する機能は未実装なのかなあ……」

「……私は」

「あ、喋った」

「私は人間だ。そして君と言葉を交わすことは望まない。去りなさい」

 とてもシンプルな拒絶。

 その声を聴いて、ニコラスは燃え立つような興奮を覚えた。それは下世話な話になるのかもしれないが、それとは別に俗に『情熱』や『感動』と呼ばれるものの方が近かったかもしれない。

「貴方……ねえ、貴方、もしかして、ヴィンセント博士ですか!?」

「……」

「アーロン・ヴィンセント博士ですよね!? 魔術史学者の! 天性の才能を持ち周りの期待を常に上回り続けたのに、三十年前に忽然と姿を消した悲劇の天才! なんでそんな姿なんです!? 変身魔法!?」

「人違いだ」

「いやいやいやいや、いやいや、僕貴方の論文全部読みましたし旧式ではありますが音響水晶に録音されてた貴方の声をなんべんもなんべんも聴いて育ったんです! 間違うことなど有り得ない!」

「……」

 彼はようやくニコラスへ顔を向けた。表情こそ動かないが、ひどく迷惑そうな空気をまとっている。

 そんな空気もどこ吹く風で、ニコラスは傘を投げ捨てて彼の大きく厚く硬い手を握り、ぶんぶんと振った。

「いやあ光栄だなあ! まさかヴィンセント博士を直接見る日が、ましてや言葉を交わして握手までしてもらえる日が来るとは、ああ僕は今一生分の幸福を感じています……!」

「……ウィンターレイン」

「え? はい?」

「アーロン・ヴィンセントという名の男はもう死んだ。今はウィンターレインと呼びなさい」

「えー……まあ良いでしょう。しかしウィンターレインさん、貴方ともあろうお方がこんなところで何してるんです? ちなみに僕は遠い親戚のお葬式です。退屈で抜け出してきてしまいました」

「君には関わりのないことだ」

 言い、ウィンターレインは立ち上がって去っていく。ニコラスはそのあとをひょこひょこと追った。

「ついてくるんじゃない。迷惑だ」

「じゃあひとつお願い聞いてください」

「私にそんな義理があるとでも……」

「それでは遠慮なく貴方のおうちまでお供しますね!」

「……脅しじゃないか。しかもひどく古典的な」

「はい! 脅しです!」

 弾ける笑顔でニコラスは言う。

 ウィンターレインは深くため息をついた。

「で、何だね。願いとは」

「付き合ってください!」

「……何に?」

「何にっていうか、僕と」

「聞き間違いだと笑ってほしいのだが……」

 人間で言えばこめかみの辺りになるであろう場所をこつこつと指先で叩き、ウィンターレインは困ったように目を閉じる。

「……君は私に恋愛関係を迫っているのか?」

「はい! 一目惚れです!」

「さすがに悪趣味が過ぎるぞ、少年」

「僕は本気ですよハニー! ほっぺにキスしてもいいですか!?」

「拒否する」

「ってことは家までついていって良いと?」

「……君がそれ以上私に関わらないと約束するなら、ね」

 ニコラスはやったやったと幼子のように喜びながらウィンターレインの腕に絡みつく。それを振りほどきながら、ウィンターレインは二度目になる深いため息をついた。



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