第3話
2月14日。
朝の教室だ。室内は、早速友チョコの交換や義理チョコの配布が行われており、朝からにぎやかな空気に包まれていた。もちろんその中には、タイミングを見計らって本命を渡そうという女の子達も大勢潜んでいるはずで、それらすべてに物語があるはずだった。無論、我々の視点は、それらすべての物語――すなわち世界を観測することなど適わないのだが、さりとて、数多くの視点を通して、世界の断片を組み合わ「はぁ……」
真帆はため息を漏らしながら、教室に辿り着いた。白子はまだ、学校に来ていないようだった。いつも結構ギリギリの時間になるのは、白子が朝は弱いためだった。
「はぁ……」
ため息、再度IN。昨晩、死にそうな気持ちになりながら、それでも渡さないのは納得行かないと、何度も失敗しながら、手作りガトーショコラをなんとかラッピングした。それは今、通学鞄にしているリュックの底に納められているが、しかし、胃に響くタイプのドキドキは一向に収まらない。果たして本当に渡すことができるのか、という不安と、それにも増して、昨晩、スーパーで見てしまったあの表情が、真帆の胸を締め付けていた。
白子には、好きな人がいるのだろうか。
なんだか子供のようで、恋愛なんかには疎い様子だし、恋バナなんかにも参加せずにいる白子が、実は誰かに対して恋心を抱いている、なんてことがあるだろうか?
ある、と真帆は思った。
白子だって年頃の女の子なのだし、それに、あのタンスに入っていたレースの下着なんかが、どうにも引っかかる。子供っぽいのは外見やポーズだけで、白子の心は、実はもっと成熟しているのではないだろうか? 懐いてくれてると思っていた白子が、実際は懐かせてくれてるだけなのではないだろうか?
「はぁ……」
考えてもしょうがない、人の心の中は覗けない……そうは思うのだが、だからといって、自分が好きだからそれでいいと達観できるほど、真帆もまだまだ大人ではなかった。
「おはよー」
と、思い悩む真帆を後目に、当の白子が教室に姿を現した。未だに眠そうな顔で、クラスメイト達におはよーと挨拶している。
痛みすら感じるほど、鼓動がいっそう高まった。真帆は半ばうずくまるようにして、白子のことを目で追いかけた。
白子はまっすぐ、教室の窓側で談笑している男子グループへと歩いていく。その中のムードメーカーにして、クラスで一番イケメンかつお調子者と言われる、川島の元へとまっすぐに歩いていく白子だ。
「お、明治か。おはよー」
爽やかに挨拶する、イケメン川島。彼に挨拶を返しながら、白子は通学鞄から、オレンジ色のビニール袋に包まれた何かを差し出した。
「はい、これ」
周囲の男たちがうおー!と色めき立つ。それは真帆も同じだが、もちろんその主成分は驚きと憤りだった。
(そんな、まさか、川島!? すぐ調子に乗って先生に怒られる川島!? ウケ狙ってクラスのオタクが持ってきてたフィギュアを食べた、川島!?)川島そんなことしてたのかひでーな!
「え、なになに、バレンタイン?」
川島は気取らない風で、冗談っぽくそのビニール袋を受け取る。それは一辺が10センチくらいの大きさで四角く、そして適度に厚さがあった。いかにも、バレンタインのチョコっぽい大きさだったが……?
「あ、なんだ、貸してたEXILEか」
CDだった。ほぅ……と細長いため息を吐く真帆だった。
「どうだった? どれか気に入った系?」
「けっこうすき。お経と同じくらいすきかも」
お経と同じくらい好きというコメントで、グループは爆笑の渦に包まれた。もっとも、笑いを取りにいった訳ではない白子は、きょとんとした様子で爆笑を眺めて、それからどうでもよくなったようにてくてくと自分の席に向かって歩き出した。
「おはよー」
すれ違いながら真帆に挨拶をする。真帆も挨拶を返しながら、その表情をじっと観察してみた。
「? どしたの?」
「あ、ううん、なんでも!」
見たところ、変わった様子はない。鞄の中には、昨日買ったチョコが入っているのだろうか? 未だ、よくわからずきょとんとしている白子に愛想笑いしつつ、真帆は内心でぐぬぬと歯噛みしていた。
そして、休み時間。数学、英語という真帆のあまり得意ではない教科が連続した後でやれやれと思っていると、白子が不意に席を立ち、教室を出て行った。
(もしや!?)
不安に襲われて、真帆はばたばたと廊下へ飛び出した。校舎の棟を繋ぐ連絡廊下に、一人の男子生徒とそれを追いかけて小走りする白子の姿があった。
「槙島くん」
白子が呼び止め、男子生徒が振り返る。
(ま、槙島!?)
隣の3組の生徒で、小柄ですばしっこく、そしてサッカー一直線なところが、一部の女子に人気らしい。
(槙島!? あの、親友の狡噛と、なんかアヤシイ雰囲気って聞いたことがある、槙島!? 女もイケるのかよ!?)たぶんそれ言ってるの腐女子
だけだと思うから。
「ん? あー、明治かー。なにー?」
子供っぽい、間延びした声の槙島だが、これでサッカーのこととなると歯切れよく立て板に水の勢いでしゃべるのだから、そのギャップに萌えている女子も多いのだろう。ともあれ。
「槙島くん、これ」
白子は、再びビニール袋に入れた何かを差し出した。片方の辺が長い、ゆるやかな長方形だ。
(ああ、チョコっぽい! あれ、チョコっぽい!!)
「ん、なにこれー?」
槙島は、子供のように嬉々として袋の中を取り出そうとする。
(ま、待って! まだ、心の準備が!!)
そんな、真帆の心の叫びは届くことなく。あえなく、袋の中身は白日の下に晒されてしまった。
「ん? ああー、貸してた本かー」
(なんだ、本か……)
ほっとする真帆。ちらちらと本のタイトルを伺うと、そこには「分かりやすいサッカー入門」なるタイトルが書かれていた。
「ルール、分かったー?」
「オフサイドだけわかった」
「そこだけ分かるの、逆にすごいよー」
それにしても、なぜ突然サッカーのルールを? もしや、槙島に興味があって、話題作りのために、サッカーのルール本を借りたの!?
と、真帆が思っている間に、白子はくるっと振り向いて、ぱたぱたと教室に戻ってしまった。槙島は、「相変わらずなに考えてるか分からないなー」と苦笑しながら、本を持って自分の教室へ歩いていく。
(う、う~ん、いつも通りと言えば、いつも通りなんだけど……)
白子の行動の意図が読めず、真帆は顔をしかめる。
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