総大司教は甘味に飢えている~エルリーゼ十五歳~

 固定観念っていうのは厄介だ。

 何の根拠もなく、何となく『これはこういうもの』と決めつけ、自らの選択肢を狭めてしまう。

 その固定観念を国や貴族が広めて、挙句に『悪い物』としてしまうと、更に厄介だ。

 例えばジャガイモは地球の歴史で、聖書に載っていない食べ物だから食べちゃ駄目! と言われ、なかなかその価値が認められなかったという。

 このフィオーリでも、悪い物とまではいかなくても、固定観念によって食用と見なされていない物があった。

 それは畑のお肉……大豆だ。この世界ではソイヤー豆と呼ばれている。

 大豆は痩せた土地でも育ち栄養豊富。おまけに応用性の鬼だ。

 納豆、豆腐、豆乳、大豆ミート、味噌、もやし。他にもクッキーにもパンにもケーキにもなる。

 使い方次第で前菜からメイン、スープ、サラダ、デザートまで全てこなせる万能選手だ。

 選手を選ぶ時に悩んだなら、とりあえずこいつを入れておけば間違いないっていうレベルで何でもやってくれる。

 しかしそんな大豆がこのフィオーリ……特に俺が暮らすジャルディーノ大陸では家畜の餌という不名誉な扱いを受けてしまっているのだ。

 いや、家畜の餌なのはいい。実際それは一つの使い方だ。

 だがそこで思考停止して、人間が食べる物ではないと決めつけられるのはどういう事か。

 勿論小さな村とかになれば、そんなの気にせずに食べるし、何なら彼等は俺がジャガイモを広める前は木の皮とか雑草だって食べていた。

 しかし結局、上の人達が「大豆は人間の食べ物じゃねえ!」と決めつけてしまうと、生産量そのものが落ちてしまい、普及しなくなる。

 何故なら大豆を栽培しようにも、「そんなの栽培してる暇あるなら人が食える物栽培しろよ!」と領主などに怒られてしまうからだ。

 この世界では収穫した穀物や野菜は税金として領主や貴族に納められるので、その時大豆を出すと「ああん!? お前家畜の餌を献上するとかなめとるんかワレェ!?」と言われてしまうのである。

 そんなわけで大豆が広まっておらず、俺はその現状を憂いていた。

 いやいやいやいや。毎日民が飢え死にしてるとか皆で泣いてる割に、すぐ近くにある便利で役立つ食材に目を向けてないってどういう事よ。

 ジャガイモ普及でかなりマシになったとはいえ、それでもまだまだ世界的に食料不足で栄養不足だ。

 しかしこの固定観念はどうも根強いらしく、俺の筆頭騎士を務めるフォックスというおっさんに聞いても返って来る答えはこれである。


「ソイヤー豆? ああ、家畜の餌ですな。あれを食用に? はっはっは、馬鹿を言ってはいけません、エルリーゼ様。あれは人が食べる物ではありません」

「どうして人が食べる物ではないのですか?」

「どうしてと言われましても……あえて言うなら、聖女教会がそう定めているから、でしょうか」


 固定観念を作ってる犯人、そっちかあ。

 つまり地球におけるジャガイモと同じパターンってわけね。

 じゃあ教会のお偉いさんの認識を変える事が出来れば、大豆の名誉も回復するわけだ。

 しかし何で教会は大豆を家畜の餌なんて断言してしまったのか。

 その理由を探るために俺は翌日、教会を訪れて総大司教に話を聞いてみた。

 ちなみに総大司教というのは聖女教会の真のトップだ。

 名目上は聖女教会の名前の通り聖女がトップになっているのだが、いずれ魔女になるようなのが本当の意味でトップになれるわけがない。要はただの偶像である。

 なので聖女教会は表向きには聖女を敬っているようで、実は上層部は聖女を使い捨ての駒くらいにしか認識していないだろう。

 とはいえ、俺に対してはそうした態度を隠すのが上手いようで、本当に敬っているのかと錯覚しそうなほど丁寧に接してくれる。


「おお、エルリーゼ様。こうして貴女様にお目通りが叶う幸福を神に感謝いたします」


 心にもない事をどうも。

 この総大司教、実はゲームでは存在自体は語られるんだが登場しないんだよな。

 何故かというと、ゲーム内では聖女であるエテルナが訪ねても『総大司教様はお忙しい』とか言われて門前払いされてしまうから。

 しかし俺が行くと、かなりの頻度で自分から出て来る。

 来ない時は、総大司教が寝てる時か、別の支部に行ってたりして物理的に来れない場合のみだ。

 ともかく、何で大豆がこんな不当な扱いを受けているのか聞いてみる事にしよう。


「ほう、ソイヤー豆ですか?」

「ええ。ジャッポンでは食用とされていると聞きます。何故こちらでは人の食べる物ではないのでしょうか?」

「ふむ。それはですな、何代か前の魔女がソイヤー豆を好み、魔物にもよく食べさせていたからです。なので当時は穢れた生き物しか食べない豆とされておりましたが、そこから緩和されて家畜の餌くらいになら使ってもいい、となったのです」


 ああ、なるほど。魔女が原因か。

 昔に大豆好きな魔女がいて、そいつが好んでいたというだけで忌み嫌われるようになったのね。

 で、時間が経って嫌悪感は消えても人が食べる物ではない、という固定観念だけが残ってしまったと。

 この固定観念を崩すにはどうすればいいか。

 その答えは既に俺の中で出ている。

 簡単な話だ……お偉いさん達の欲望を刺激すればいい。

 もっと食べたいと思わせればいいのだ。そうすれば人なんていうのは単純で、掌を返す。

 自分に都合のいいルールを作り、都合よく既存の法を変え、都合よく解釈と言い訳をして、自分達がその恩恵を多く得られるように動く。

 もっと食べたいと思わせれば、もっと食べられるように大豆を皆で作るように広めるだろう。

 なら、俺がやるのはいかにして上の連中の欲望を刺激するかだ。

 そして幸い、俺にはその手段があった。



 というわけで、城に戻って用意しましたのはこちらの料理。

 大豆粉から作った大豆ケーキに、豆乳から作った豆乳生クリーム。

 ケーキにクリームをこれでもかと塗りたくり、魔法でインチキしてクリームを花の形にデコったりして派手に盛り付け、見た目的にも華やかにしてやる。

 これを早速、城に招待した総大司教に食わせて、大豆の価値を認めさせてやろう。

 ついでに総大司教以外にも何人か貴族に声をかけておいたので、彼等も大豆の価値を広めてくれる事を期待したい。

 ……と思ったのだが……広間に行くと何か、予想以上に多くの貴族の人が来ていた。


「おお、エルリーゼ様! 本日は新作のクラウドを出すとの事で、いても立ってもいられず、来てしまいました!」

「総大司教様だけにいい思いはさせませんぞ」


 貴族のおっさん達がテンション上げ上げで、言う。

 ちなみにクラウドっていうのは、この世界でのケーキの名前だ。

 この世界には、日本的なフワフワ食感のケーキが存在しなかったので俺が作ったのだが、それを食べた最初の一人が『まるで雲を食べているようだ』とか言ったせいでこんな名前になった。


「やめろっ! 減るだろ、わしの取り分が! 帰れ、帰れ!」


 総大司教が顔を真っ赤にして貴族達を追い返そうとしているが、誰も帰る気配がない。

 貴族達を招待したのは確かに俺だ。

 けど、『暇だったら来てね』程度のもので、絶対来いとは言っていない。

 どうも俺が思っている以上に、この世界は甘いお菓子が不足しているようだ。

 まあ来てしまったものは仕方ない。一人の取り分は減るが、それでも多めに作っておいたのでギリギリ一人一切れくらいは食える。

 全員に配るとお偉いさん達はガツガツと食い始めた。


「以前も食べた事があるが……やはり美味い……!」

「このふわふわとした食感、どうやって出しているのやら……」

「何たる至福か……」

「くそ、くそ……っ! 本当ならもっと食べられたはず……わしのクラウド……っ!」


 貴族の皆さんが食べている中、総大司教だけブチ切れてて草。

 もっとないのか、という視線を向けられるが俺は首を横に振った。

 いや、流石にこんなに大勢来るとは思ってなかったから用意してないわ。

 すると総大司教様はショックを受けたように顔が歪んだ。


「エルリーゼ様! これはもっと多く作れないのですか!?」

「それなのですが、材料があまり普及していなくてですね」

「材料! 確か麦と牛の乳でしたな。ならば大急ぎで……」

「いえ、今回出したものは、ソイヤー豆で作ったものです。その生地もクリームも、どっちもソイヤー豆ですよ」


 俺がそう言うと、お偉いさん達は全員驚きを露わにした。

 まあ、豆が生地になったりクリームになったりとか、割と最初は想像出来ないよな。

 これを最初に考えた人は天才だと思うわ。


「ソイヤー豆は家畜の餌とされていますが、ジャッポンでは食用として普通に食べられています。また、今回のように応用次第で色々な物に使えます。これだけのポテンシャルがあるものを家畜の餌と断じて切り捨てるのは余りに勿体ないと私は思うのですが、皆様はどうでしょう」


 俺の言葉と同時に、全員の視線が総大司教に向かった。

 総大司教は空になってしまった自分の皿を見つめ、それから確認するように言葉を吐く。


「材料がもっと普及していれば……このクラウドはもっと多く作れるのですね?」

「はい。ソイヤー豆から作る生地の製法も皆様に教えようと思います」


 生クリーム付きのケーキの製法は独占しておくつもりだが、生地の作り方くらいは広めてもいいだろう。

 そうすれば庶民の間でも大豆の利用価値が高まっていくはずだ。

 総大司教は少し考え、それから決心したように顔を上げた。


「そもそも……そもそも、わしは言っていない。ソイヤー豆が家畜の餌などと」

「は?」


 ちなみに今の「は?」は俺の声じゃない。

 総大司教の近くにいた貴族の声だ。

 だがその反応も無理はないだろう。何せ今までずっと、大豆を家畜の餌と断じてきたのは他ならぬ聖女教会で、その聖女教会のトップが総大司教なのだから。

 だが彼は周囲の目を気にせず続ける。


「それを言ったのは、昔の人間であって……わしじゃない。そもそもよくよく考えれば意味不明……人間でも食べられる物を家畜の餌と決めつけて食べないなど意味不明! むしろ家畜の餌としては上等すぎる! これは人間の食べ物! 人間が食べるべき物! わしがもっと食べるべき物!」


 総大司教がお目目グルグルしながら自己弁護を始めた。

 おおう、そんなにケーキ気に入ってくれたのか。

 どうやらこの人は、本人自身も気付いていなかっただけでかなりの甘党だったのだろう。

 今まではお菓子と言えるのが精々、砂糖をまぶしたパンくらいだったから自覚していなかったのに、その扉を俺が蹴り開けてしまったんだな。

 しかも今回、貴族が予想外に来てしまったせいで彼はケーキを一切れしか食べていない。

 なので現在、総大司教は欲求不満が大爆発している状態なのだろう。


「エルリーゼ様! わしはこの下らぬしきたりを、帰り次第すぐに撤回いたします! 大陸全土に広めます! ソイヤー豆は人間の食べ物であると!」

「あっ、はい」

「なので! 普及したその時は是非とも! 是非とも!」

「わ、わかりましたから。落ち着いて下さい」


 ここまで夢中になるとは、俺もびっくりだ。

 ただまあ、この勢いなら頑張って大豆の固定観念を壊してくれるだろう。

 一度贅沢を覚えて欲望に火が点いた人間ほど精力的な生物はいない。


「では、わしはこれにて失礼いたします!」


 総大司教は俺に一礼すると、そのままダッシュで出口へ走って行った。

 元気だなあ……もう若くないはずなのに。

 その背中を皆が唖然として見ているが、気持ちは分かる。


 その後、総大司教と貴族と総大司教と王族と総大司教と聖女教会と総大司教と主に総大司教が大豆普及に尽力してくれたおかげで、無事に大豆の名誉が回復し、晴れて大豆は人間でも食べていい物となった。

 ついでに、総大司教は古くからのしきたりを破壊して餓死者を減らしたとして、名声を高めた。

 人の欲望、半端ねえ。

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