第六十一話 失恋(後半)

「話はそれだけ。あー、すっきりした」

「酷い奴だ。振る為に俺を呼んだのかよ」


 告白(?)を終えて重荷を降ろしたような顔をするエテルナに、ベルネルが何処か安堵したように笑う。

 いやいや、何でそんな顔してんの? お前今ヒロインに振られたのよ? 分かってる?


「ところで一応聞いておくけど、あんたが好きなのって……」

「勿論エルリーゼ様だ」


 ファッ!?

 お前ホモかよォ!?


「……予想通りの即答ありがとう。

でも難しいと思うわよ? エルリーゼ様って誰にでも愛情を持つけど特定の誰かに向けるタイプじゃないっていうか……多分一番恋愛から遠い位置にいるタイプだと思うし」

「分かってる、でもいいんだ。

たとえ俺の気持ちが届かなくても、それでも誰かを想うのは自由だろう?」


 よくねえよ。

 今からでも遅くないからマジで別のヒロイン探せ。

 もうエテルナは恋愛感情ないみたいだが、それでもまだ脈があるかもしれないだろ。


「はあ……本当、一途っていうか馬鹿っていうか……。

何で私、こんな奴に惚れてるって勘違いしてたんだろう」

「ごめん」

「いいわよ、謝らなくても。

……まあ、そういう事なら私もこれからは応援するわ。迷惑もかけちゃったし」


 そう言いながら微笑み、月明りで照らされてるエテルナはまさにメインヒロインの風格に溢れていた。

 エテルナちゃんマジ聖女。

 尚、恋愛フラグが完全に崩壊した後の模様。

 どうしてこんな事になってしまったんだ……。

 誰だよ、メインヒロイン様の恋愛フラグ完全に破壊したエルリーゼとかいう馬鹿は。

 ……俺だよ畜生!


「それじゃ……また明日」

「ああ、また明日」


 エテルナはそれだけ言い、爽やかな顔でその場から走り出した。

 俺はぶつからないように慌てて壁際に退避し、その俺の前をエテルナが駆け抜けていく。

 その瞬間、小声で呟いた声を俺は聞き逃さなかった。


「……さよなら、私の初恋」


 ベ、ベルネル、今ならまだ間に合う! 走って追いかけて抱き着くんだ!

 初恋にさよならさせちゃアカン!

 それで『やっぱり僕には君にしかいないぜベイベー』と告白しろ!

 早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!


「…………」


 しかしベルネル、動かない。

 無言でその場に立ち尽くす。

 この駄目男ォォォ!

 そんな爽やかな笑みで見送ってる場合か!


 あー……しかし、ぶっちゃけ薄々分かってたんだが、ベルネルの意中の相手はよりによって俺かぁ……。

 まあ、ゲームだとこの世界は『エルリーゼルート』らしいし、いくら俺が馬鹿でも分かるんだが、マジで言われるとちょっとなあ……。

  前世で女の子と付き合っても上手くいかず、DTは店で捨てたものの、その時の相手がスマホ弄りながら事に及ぶような大外れだったような俺が、男に想いを寄せられるってどんな罰ゲームだよ。

 これで素直に雌落ちして『精神が身体に引っ張られました』とか『何年も女やってるんだから意識も女になるよね』とか割り切って精神的ホモを受け入れられるような奴なら話は違うんだろうが……生憎と俺の自意識は今でも普通に男のままだ。

 そもそも俺という人間の人格の形成はとっくに前世で終わっているわけで、その前世の知識と人格をこっちに持ち越して転生しちまった時点で、もう変わりようがない。

 もう土台が固まっちまってるんだ。

 人格形成の土台は三歳までに決まり、十歳になる事には完全に自分の人格(ライフスタイル)は確定すると言われている。

 この時までに親に厳しくされすぎたり、友達に仲間外れにされたりすると大人になってもどこか卑屈で自信のない性格を引きずる。

 ましてや俺は向こうで三十年くらい生きて、完全に『俺』という人格を完成させちまっているんだ。

 それを身体だけ女にしたって、内面まで女になるわけがない。

 だから俺の自意識はどこまでいっても『不動新人』であって『エルリーゼ』ではない。

 この先十年生きようが百年生きようが……エルリーゼとして過ごした時間の方が不動新人だった頃より長くなろうが、それでも俺は不動新人のままだ。

 どこまでいっても『不動新人の記憶を持ったエルリーゼ』ではなく『エルリーゼになってしまった不動新人』という意識が残る。


 つまり……ベルネルには悪いが、俺に想いを寄せても絶対報われないし、誰も幸せにならない。

 だって、この期に及んでも俺の中に『野郎と恋愛する』っていう思考は一㎜もないんだからな。

 しかし自分で体験して分かったが、TSっていうのは当事者にとっては肉体の牢獄だな。

 野郎と恋愛すれば精神的ホモォ……で女の子と恋愛すれば肉体的百合だ。

 どう転んでも同性愛になる。

 TSモノも少しは齧っていたが、自分がやるとこれほど罰ゲーム染みているとは……いやはや。


 先に言っておくと、俺はチヤホヤされるのは好きなんだ。

 野郎共から美しいだの綺麗だの言われて崇められるのも気分がいい。

 俺ってやつは基本的に承認欲求の塊だからな。

 だがそれはあくまで、遠くからそう思われるのが気分がいいってだけだ。

 ネトゲでネカマやって、姫扱いされて喜ぶ奴いるだろ? あれと同じだよ。

 要するに周囲から存在価値を認められて、優越感に浸りたいんだ。

 ただ、そういう奴でも実際に画面の向こうにいる野郎とガチで恋愛したいなんて思っている奴はそうそういない…………多分な。


 ともかく、チヤホヤされるだけで満足しているのとガチで野郎と恋愛するのは全然違う。

 ゲーム内で女アバターを使うのはありだ。

 その女アバターを使って姫プレイをして、ゲーム内結婚とかをするのも……大分特殊な楽しみ方だとは思うし、俺自身やった事はないが、まだアリだ。

 自分がやってるわけじゃあないからな……所詮はゲームのキャラクターを動かしているだけだ。

 だがキャラクターではなく自分の主観でそれをやるのは絶対嫌だね。


 そんな俺が、好きだの惚れただの言われても応える事は出来ない。

 ていうかなあ……どうすんだよこれ。どうすりゃいいんだマジで。

 俺は元々、どう足掻いてもエテルナが死ぬエンディングが嫌で、それを変えたいという気持ちがあって行動していたはずだ。

 その結末には確かに近付いている。

 魔女をエテルナに倒させない。俺が倒す事で連鎖を止める。

 そうする事がハッピーエンドへの道だと信じてきたし、そこは今も揺らいでいない。

 そして生き残らせ、かつベルネルと結ばれるのが最良のハッピーエンドだと思っていたのだが……それが今、砕け散った。他ならぬ俺のせいで。

 うえええ……やべえ。

 エテルナは納得しているように見えたし、別にベルネルとくっ付かなければ幸せになれないわけでもないだろうからまだ完全に俺の目的が破綻したわけじゃないが……。

 ていうかぶっちゃけベルネルとエテルナをくっ付けたいというのは俺の我儘であって押し付けのようなものだから、二人には別に結ばれなきゃならない義務なんかないわけだが。

 故に、今俺に出来る事はたった一つ……たった一つしかない。


 聞かなかった事に現実逃避しよう。もうどーにでもなーれ。

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