第六十一話 失恋(前半)
タコによる誘拐から始まったエテルナの暴走も無事収まり、結果だけ見れば被害はほぼ無しで終わらせる事が出来た。
ただ、本来は一月後に退学する予定だったというモブ子が、今日緊急退学になっただけである。
退学にするほどの事かと思ったが、あの子何かキショいんで反対はしなかった。
とりあえず俺なんかに憧れて真似するより、自分のいいところをこれから探して欲しい。
後、あの戦闘は当然何人かの生徒に目撃されていたが、模擬戦という事で納得させた。
そして夜を迎え、俺は屋上へと向かっていた。
あの戦闘で色々と壊れているだろうし、後で弁償代請求されても困るので夜のうちにさっさと直して素知らぬ顔をしようというわけだ。
それに学園の屋上は、ぼっちの聖地なのだ。
俺は知っている。この学園にいる友達の極端に少ない奴や、あるいは一人もいない奴が誰に気兼ねする事もなく飯を食える唯一の場所がこの屋上である事を。
その聖地が壊れ、封鎖などされてしまえば彼等は絶望に沈む事になるだろう。
同じダメ人間として、そんな辛い思いを彼等に味合わせるわけにはいくまい。
しかし屋上に近付くと、誰かの話し声が聞こえてきた。
こんな夜遅くに先客とは……誰だろう。
夜遊びが好きなカップルが『いやんこんな場所で恥ずかしい』、『へっへっへ、あまり声を出すなよ。バレちまうぜ』とか言いながらワッフルしてるんだろうか。
もしそうなら邪魔をするわけにはいかない。
その時はただ、バレないように覗くだけだ。
「信じられない……この破壊を私がやったなんて……」
聞こえてきた声は、覚えのあるものだ。
屋上へ出るドアを少しだけ開けて、隙間から覗くとそこにいたのはエテルナとベルネルの二人であった。
なるほど、深夜に屋上まで来たイケナイカップルはこの二人だったか。
『永遠の散花』は全年齢対象のゲームなのだが、しかし全年齢ゲームでも場合によっては画面外で行為に及んだりして、その事を示唆しているケースはある。
……いいじゃないか。是非事に及んでくれたまえ。
どうぞ……存分に大人の階段を登り続けてください……!
我々は……その姿を心から……応援するものです……!
「それで、話って……何だ?」
ベルネルがエテルナに言うのを聞き、俺はピンと来た。
若い男と女が二人きりになって、話したい事なんて一つしかあるまいよ。
ワクワクした気持ちで、しかし二人の邪魔をしてしまわないように細心の注意を払ってステルスをする。
大丈夫だ、邪魔はしないしさせない。
もし誰かが近付いてきたら、俺が追い払ってやろう。
「あのね……ベルネルが誰を見ているのかは私も分かってるの。
けど、私もいい加減前に進まないといけないから……だから……これを言わないと、きっと私はいつまでも未練を引きずってしまうから……」
エテルナがベルネルと向き合い、真剣な顔をした。
頬は赤らみ、ムードはいよいよクライマックスという感じだ。
夜空も二人を祝福しているかのように星が輝き……いや、これはいつもの事か。
どうせならここで演出の一つも入れてやりたいところだが、それをやると流石に俺がいる事がバレそうなので止めておこう。
「私……あなたの事が、好きだった」
言ったァァァ!
よしきたァァァ、満塁大逆転ホームラン!
誰も幸せにならない
やはりメインヒロインは格が違った!
これは勝ったな。飯食って風呂入って来る。
『永遠の散花』において告白シーンは、好感度によって成功パターンと失敗パターンの二つがある。
勿論好感度によっては、失敗でも相手の反応もまんざらでもないものになったりするが、とにかく大別すれば二つのパターンだ。
そして失敗パターンの共通点は、『ベルネルが告白してヒロインに振られる』である。
逆に成功パターンは好感度が高ければ『ヒロインがベルネルに告白する』というケースが多い。
そしてこのイベントが発生した時点でそのヒロインのルートで固定されているようなものなので、ベルネルが断る事はない。
つまり勝ち確……勝ち確……圧倒的勝ち確……っ!
千載一遇……! 空前絶後……! 超絶奇絶……! 奇蹟っ……! 神懸かり的……勝ち確……っ!
おめでとうベルネル……おめでとう……! おめでとう……!
Congratulation! Congratulation!
ん? いやでも待て。
好き
「いや、違うかな。今でもベルネルの事は好きだよ。
でもきっと、それは家族が好きとかそういうのと同じ気持ちで、恋とかそういうのじゃないんだと思う」
あれ? あれれ?
おっかしいぞおー、この台詞聞き覚えあるなあ。
これ、エテルナの好感度不足で告白失敗した時の台詞だなあ。
……くおらベルネルゥゥゥ! やっぱ好感度足りてねーじゃねーか!
筋トレばっかしてるからだぞおいこらああ!
「私ね、ずっと怖かった。
いつもベルネルは遠くを見ていて、私を置いてどこかに走って行ってしまうんじゃないかって。
だから必至に追いかけて……背中を見ているうちに、恋と錯覚していた。でも……」
そう言い、エテルナは掌から淡い光を発した。
俺みたいな紛い物とは違う、本物の聖女の力である。
どうやら完全に使いこなせるようになったようだ。
「こんな力を突然得てしまって、今まで遠くにあったあんたの背中に近付いた時……もう置いていかれないって思った時……今まで恋だと思っていたものが、スッと無くなった事に気付いたの。
それで分かったんだ。私はただ、家族に置いていかれるのが怖かっただけなんだって」
うーん、これはいけません。
完全に好感度不足の時の台詞です。
好感度が足りていると、『追いかけているうちに本当に好きになっていた』と言うんだけど、好感度が足りていないと御覧の有様となる。
まあギャルゲーだからね。最初の時点でいきなりヒロインが主人公に惚れているなんて事があるはずもなく、恋愛感情に発展するのはあくまでゲームがスタートしてからだ。
エテルナはメインヒロインなので初期好感度が高めに設定されているが、それでも初期の時点では異性としての好意はない。
なので初期から好感度を上げていないならば、恋愛感情など芽生えているはずもなく……そう思っていたのは勘違いだったと自己完結してしまう。
そう、丁度今のように。
「ははっ、何だよそれ。まるで俺がフられてるみたいじゃないか」
「うん、そうよ。私があんたをフってるの」
ベルネルの可笑しそうな言葉に、エテルナも勝気な笑みで答えた。
その距離感は完全に異性同士ではなく家族のそれで、互いに一切の気負いがない。
ああああ……いかん、いかんぞ。
エテルナルートが音を立ててガラガラと崩壊しているのが分かる。
もうベルネルもエテルナも、互いを異性と認識していない。
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