第六十二話 特訓開始(前半)

 昨日の夜、俺は何も見なかった。いいね?

 というわけで現実逃避からスタートします。偽聖女ロール、今日も元気にいってみよう。

 昨日はモブ子がタコに操られたりエテルナが暴走したりと色々あったが、とりあえず無事に解決したので結果オーライ。

 夜? 知らんな。俺はベルネルが去った後に……いやいや、誰もいなかった屋上を修理して、そのまま真っすぐ帰っただけだ。誰もいなかったよ(大事な事なので二回言いました)。

 で、翌朝。ベルネル、エテルナ、マリー、アイナ、モブA、フィオラ、変態クソ眼鏡のお馴染みチームベルネルと+αの……えーと……クランチバイト何とか……そう、噛ませ犬!

 ベルネルチーム以外で唯一ベスト8入りしたムキムキの筋肉男だ。

 そいつ等が俺の部屋に集まり、そして俺の言葉を待っている。

 しかしエテルナは正直帰ってもいいのよ?

 要らないとかそういう意味じゃない。むしろ魔女と戦うのに覚醒したエテルナは大きな戦力になる。

 だが、エテルナにとって俺は、自分が失恋した原因なわけだ。

 ああ、いやいや。昨日は告白イベントなんてなかったが、あくまで仮定の話ね、仮定の。

 ともかく俺なんかの為に命張りたいとは思わないだろう。

 思うならそれこそ聖女……あ、聖女だったわこの子。


「あの、エルリーゼ様?」

「分かっています」


 あれこれ考えているとレイラにはよ話せとせっつかれた。

 わーかってるよ。今話そうとしてたんだって。

 だがその前に一度だけ、再確認をしておく。

 後からあれこれ言われても困るからな。


「先日も言いましたが、これから私がする話は聞けばもう後戻りできません。

本当に、よろしいのですね?」


 軽く脅しを込めて確認するが、誰も退室する気配はない。

 ふむ、覚悟完了って事か。流石は主人公とその仲間達。

 俺なんかとは大違いだ。

 俺はぶっちゃけ覚悟なんかこれっぽっちもない。

 ただ、他に比べて桁外れに強くなったから覚悟なんてしなくても戦場に出ていけるだけだ。

 誰かが言っていたが、『勇気』っていうのは怖さを知っている事だ。

 その上で暗闇に突き進むからこそ、勇気は尊い。

 俺は違う。俺はそもそも怖さを感じていない。

 ただ、強い力で絶対勝てると保証された戦いで、いい気になって俺TUEEEEEしてるに過ぎない。

 どこまでも俗物で低俗なのが俺だ。

 俺の心に勇気なんて崇高なもんは一欠けらも存在していない。

 だから俺はクソで、そして本質的な部分でベルネル達とは絶対に並び立てない。


「……貴方達の覚悟は受け取りました。

では、単刀直入に言いましょう。

この学園の地下……地下訓練室よりも更に下に、魔女アレクシアが潜んでいます」


 俺の言葉に、ベルネル達に動揺が走った。

 驚いていないのはレイラと変態クソ眼鏡くらいだろう。

 この二人にはとっくにネタ晴らししているので当たり前だが。

 ちなみに一番驚いているのは噛ませ犬君だ。

 彼は『えっ!? 魔女ってアレクシア様なのか!?』と今更すぎる情報で驚いている。

 そういやこいつだけ知らなかったね。


「現在魔女が学園から動かないのは、私が魔女の位置に気付いていないと思っているからです。

逆に言えば、私が少しでも気付いているような素振り……例えば自分で乗り込んだり正規の騎士を送り込むような真似をすれば、すぐにでも魔女はテレポートという特殊な魔法を使い行方を眩ますでしょう。

そして逃亡先で、確実に何人か……あるいは何十人か、何百人か……無辜の民に犠牲が出ます」


 俺の説明に、ベルネル達は何も言わない。

 無言だと何か滑ってるみたいで怖いから合いの手くらい入れてくれてもいいのよ?


「ですから、魔女にテレポートを使わせずにこの学園で終わらせなければなりません。

その為に、正規の騎士ではない実力者……即ち、貴方達の協力が必要なのです」

「あ、あの……どうやってそのテレポートというのを封じるんですか?」


 当たり前の質問をしてきたのはアイナだ。

 これに対し、俺は例の魔力バキューム作戦を説明する。

 魔力を遮断するバリアで地下まで含めた学園全員を閉じ込め、そしてバリア内の魔力を全部俺が取り込む事で魔力を取り込んでのMP回復を不可能にする。

 だがこれでは魔女が最初から自分の中に蓄えているMPでテレポートをしてしまうので、作戦発動前に誰かが魔女と交戦してテレポートが使えなくなるまでMPを消耗させなければならない。

 その『誰か』こそが、ここにいる八人だ。

 そう教えると、流石に全員が緊張を見せた。


「魔女と……俺達が戦うのか」

「……責任重大」


 ベルネルが震える声で言い、マリーも険しい顔を見せる。

 他のメンバーも似たようなもので、唯一緊張を見せていないのは噛ませ犬だけだ。


「ふっ……面白い。俺はこの学園で強くなりすぎた。

この前の闘技大会も50%の力しか使っていない。

どうやら、俺の全力をぶつけるに相応しい戦いのようだ。

楽しみだ。魔女とやらが少しは手応えのある相手である事を願いたい」


 オイオイオイ、死ぬわこいつ。

 まあ恐れをなして逃げるよりはマシとでも思っておこう。

 ちなみに50%しか出していないとか格好つけてるけど、こいつは負けた試合では開始と同時に瞬殺されていたので正確には50%しか出せなかったというべきだ。

 本気を出す暇もなくやられただけなので、全然恰好よくない。


「この作戦には、レイラを始めとした正規の騎士は使えません。

加えて、アレクシアの側近であった『影』は今回の戦いで倒す事が出来ましたが、地下には魔女の護衛である強力な魔物が数体残っています」


 強力な魔物というと、以前に俺が蹴散らしたドラゴンとかそういうのに一歩劣るくらいの強さの連中だ。

 俺にとっては十体いようが百体いようが全体攻撃で一掃してしまえる雑魚なんだが、本来は騎士数人がかりでようやく倒せる怪物達である。

 タイマンでこれらに勝てるのはレイラやフォックスのおっさん、ディアス元学園長くらいか。

 エテルナは聖女に覚醒し、ベルネルも闇の力を使いこなせるようになったので今となってはレイラよりも強いが、それを計算に入れても厳しい戦いになるのは間違いないだろう。

 何とか取り巻きを全滅させた上で魔女を一人に出来れば大分楽になると思うんだが、どう戦えばその形に持っていけるだろうか。

 まずエテルナを中心として魔物を蹴散らすとして……その間の魔女の相手を誰がするかだな。

 やはりベルネルと、後はもう一人か二人くらい補佐がいればいけるだろうか?

 だが、いかに俺が与えた武器があろうと厳しい戦いになるのは間違いないだろう。


「辛い戦いになる事は間違いありません。

ですが、あえて私は言います……古くから続く連鎖を私達の代で終わらせる為に、皆の力を貸して下さい」


 オブラートに包んでるけど要するに、お前等全員で死地に乗り込めーという事である。

 うーん、この鬼畜。

 俺は死んだら天国で悠々自適なニート生活を送るつもりだったんだが、もしかするとこれ普通に地獄行きかもしれんな。

 ……ひ、一人も死ななきゃセーフだろ……多分……。

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