第四十話 反撃開始(後半)
囚われの身となったベルネル達は、地下にある牢屋へと連れて来られていた。
アイズ国王の命令のままにベルネル達を捕えたレイラは、申し訳なさそうな顔をしており、一層弱弱しく見える。
ベルネルとエテルナはあえて抵抗しなかった。
抵抗しても両者の実力から考えれば突破の可能性がないのは見えていたし、既に周囲には兵士が集まりつつあった。
それならば無駄に足掻いて体力を減らすよりも大人しくしておいて、何とか好機を見付ける方がまだ可能性があると踏んだのだ。
しかし地下に下り、そこにあった牢を見て判断を誤ったかと思ってしまう。
牢というからには個室に閉じ込めて、鉄柵で脱走を封じつつ見張りが出来るあの構造を思い浮かべていた。
そしてそれは正しい。この城の牢は対象……即ち本来は聖女を個室に閉じ込め、そして鉄柵で入口を塞ぐものである事は間違いない。
ただし個室の位置は横ではなく下……15mはあろうかという縦穴を築き、その壁は隙間なく鉄で塞ぐことで取っ掛かりをなくし、そして天井部を分厚い鉄柵で塞ぐことで脱走不能とする造りだ。
こんな牢など、それこそ空を飛べるエルリーゼでもない限り脱出どころか鉄柵に触れる事すら出来ないだろう。
そこに、更に足音が響いて兵士や騎士の足止めを買って出てくれていた仲間達が連行されてきた。
しかも連行しているのは、サプリだ。
「おや、結局全員捕まったのかね。無計画で突入などするから、こういう事になる」
「サプリ先生……」
今回の一件では敵に回ってしまった教師の名をベルネルが呼ぶ。
だが、サプリは意に介した様子もなく、縄で拘束された仲間達を前に歩かせた。
「ご苦労だった、サプリ・メント。
お前が言っていた、聖女奪還に来る可能性のある者はこれで全てのようだな」
「ええ。全く、出来の悪い教え子を持つと苦労しますよ。
こんな正面から馬鹿正直に来るとは、呆れてしまいます」
サプリは目を細め、ベルネル達に冷笑を浴びせた。
それから他の兵士へ声をかける。
「ご苦労様です。もうここは私だけで十分ですよ」
「そういうわけにもいかん」
「我等は陛下の護衛も兼ねているのだ」
サプリは彼等はもうこの場に不要として出そうとしたが、兵士達はそれを拒否した。
するとサプリは頷き、それもそうかと納得を見せる。
それからおもむろに魔法を行使すると、地面が盛り上がって人間大の土人形が数体出来上がる。
これを使ってベルネル達を牢に放り込むのか……そう兵士達は思ったが、しかし土人形は何故かレイラに抱き着き、その動きを封じてしまった。
「サ、サプリ殿!? これは一体……」
この奇行を疑問に思った兵士が言い終える前にサプリの土人形が兵士を殴り倒して気絶させてしまい、兵士は黙る事となった。
それから土人形はアイズを取り囲み、サプリはベルネル達を縛っている縄をナイフで切っていく。
「サプリ先生……これは?」
「全く君達は愚かだ。何の計画性もなく行動してはこうなる事など目に見えていただろうに。
おかげで私の計画が台無しだ。本当はもっと時間をかけて信頼を得て、聖女様を恰好よくお救いするはずだったのに」
何一つ悪びれる事なく言いながら、サプリは溜息を吐いた。
どうやら彼は最初から、この聖女幽閉に賛同などしていなかったらしい。
賛同するフリをして油断させ、そしてエルリーゼを助け出すつもりでここに来ていたのだ。
しかしエテルナはこれに理解が追いつかないのか、目を丸くしている。
「で、でも先生、エルリーゼ様を死なせないように閉じ込めるって同意していたはずじゃ……」
「ふむ、そこは私としても悩みどころではあった。
籠の中の鳥は野生の厳しさを知らず、長く生きる事が出来るかもしれない。
だが一方で、飛ぶ事も出来ずに人に閉じ込められた鳥は精神的負荷により弱り、病に侵され、早死にするという研究もあるのだ」
鳥と人の生活環境は違う。
適切な気候も、明るさも、音も……それらが違えば、鳥が早死にする事は珍しい事ではない。
無知な飼い主によって愛でる為だけに閉じ込められた鳥は哀れなものだ。
飛ぶ事を忘れて翼の筋力が衰え、日々ストレスに晒され、そして大空を夢見て死んでいく。
人にとって適切な温度でも、鳥にとっては猛暑なのかもしれない。あるいは極寒なのかもしれない。
人にとって最適な明るさは鳥にとっては眩しすぎるのかもしれない。
どちらにせよ飼い主が無知で愚かならば、飼われた鳥にとってはただの拷問だ。
「鳥籠に入れて長生きさせ、愛でる。大いに結構。同意する。
ただしそれは適切な知識と、相手への理解……何より深い愛があればこその話」
話しながらサプリは指を鳴らした。
すると物陰から出てきた土人形が何かを投げ捨てる。
それは、土で全身を固められて身動きが取れないようにされたこの国の三王子であった。
仮にも自国の王子であるはずのそれらをサプリは躊躇なくぞんざいに扱い、冷たく見下す。
「
この廃棄物共はこともあろうか聖女様を下衆な目で見て情欲を燃やし、あまつさえ部屋への侵入を試みようとしていた。
困るな、国王陛下。保護するならば、害を与える
サプリの言葉には国王への敬意など微塵もない。
それどころか完全な上から目線……サプリは明らかに、国王を自分よりも下の存在として扱っている。
王子達に至っては最早完全に物扱い……人間とすら見なしていない。
「見てよく分かった……この城には聖女への愛がない。理解がない。だから私は見限る事にしたのだ。
この城は、ただ聖女の美しさを損なうだけの出来の悪い籠だ。
ああ、ここは駄目だ、まるで話にならん。我が聖女に相応しくない。
よくもこんな聳え立つゴミの山を、民から搾り取った税金で建てたものだと感心するよ」
そう言い、サプリは冷たい眼で国王を見下した。
国王への忠義など、最初から彼の心の中にはない。
この変質的で偏執的な男の心にあるのはいつだって、至高と認めた聖女の事ただ一つ。
その害になるならば何であれ、彼にとってはただの排除対象でしかなかった。
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