第四十一話 許し(前半)

 サプリの寝返りによって状況は逆転した。

 国王とレイラは身動きを封じられ、兵士は全員気絶。

 上にはまだ他の兵士や騎士がいるが、この異常事態に気付いて降りて来るにはまだ時間を要するだろう。

 何故なら彼等の中ではもう『終わった事』で、『侵入者は全員捕まった』からだ。

 勝利の時ほど、人には隙が生まれる。勝ったと思った時ほど警戒が緩む。

 その一瞬をサプリに突かれた。

 レイラは……彼女の力量ならば自力で拘束を振りほどいて戦う事も出来るはずだが、そうしようとする気配がない。

 それどころかむしろ、行動不能になった事をどこか安心しているようにさえ見えた。


「さあ、降伏して下さい……国王陛下」


 ベルネルがそう突き付けると、アイズの顔が苦渋に歪む。

 彼にとってベルネル達はきっと、何も知らない子供にしか見えていないのだろう。

 大義と大局を理解せぬ、度し難い馬鹿共……だがその馬鹿共に抗う術がないのも事実だった。

 上にいる部下を呼ぼうと息を吸い込み、大声を出そうとする。

 しかしそれも読まれていたようで、土人形が口を塞いでしまった。

 国王の身柄を抑えてしまえば、こちらが有利だ。

 彼を人質にしてエルリーゼの解放を要求する事が出来る。

 ……その後は確実に国家反逆罪で追われる事になるだろうが、それは今考えるべきではない。

 だが事はそう上手くいかないらしく、地下に兵士の一人が大急ぎで駆け降りて来た。

 気付かれたか……? そう思い、マリーとアイラが魔法の構えを取る。

 だが降りてきた兵士は様子がおかしかった。

 明らかに焦っており、冷静ではない。この場の空気も分からないのか、階段を降りながら大声を張り上げる。


「陛下! お、王都より伝令!

大魔と思しき巨大な怪物が魔物を引き連れて王都に接近中!」

「何だと!?」


 兵士の口から出た言葉にアイズは土人形の手から顔を外して叫ぶ。

 それが出来たのも、サプリが驚きで魔法を緩めてしまったからだ。

 このタイミングでの王都への大魔襲撃……それは最悪だ。

 何せ、大魔に対抗出来る戦力である近衛騎士は全員この城に集結させてしまっているのだ。

 ……と、いうよりエルリーゼを裏切った罪悪感から近衛騎士全員が『せめて護衛だけでも』とここに残ってしまったという方が正しいだろう。

 アイズも、すぐに近衛騎士が必要になるような事態になるとは思っていなかったので彼等の気の済むようにしていたのだが、それが完全に失策だった。


「王都の騎士は!?」

「既に迎撃準備に入っていますが……敵の戦力は強大故、すぐに援軍来られたしとの事!」

「何故ここまで気付けなかった!」

「わ、分かりません……突然大魔が発生したとしか……」


 アイズの焦りは仕方のないものだ。

 何故なら彼はしっかりと、付近に強力な魔物や大魔がいない事を入念に確かめてから騎士を連れてこの聖女の城へ来た。

 エルリーゼを閉じ込めたのも、そもそも彼女が必要となるほどの敵がもういないと判断したからだ。

 突然大魔が発生する……そんな事が有り得るのか?

 大魔とは魔女が作り上げたものではなかったのか?

 その魔女は学園に潜んでいる可能性が高いとエルリーゼは言った。

 では何故学園から離れた場所で大魔が生まれるのだ。エルリーゼの見立てが間違えていたのか……それとも間違えていたのは自分達の前提なのか。

 それすら分からずにアイズは混乱した。


「はっ……こ、国王陛下……これは一体」

「当て身」

「あふん」


 多少落ち着いたのか、今になってようやくこの場の異常な光景に気付いたらしい兵士を、背後に忍び寄っていたサプリが手刀で気絶させた。


「どうしようベルネル……国が、滅ぶ……。

王都には……パパとママが……」


 今まさに国が落ちようとしている。

 その恐怖にマリーが、助けを求めるようにベルネルを見るがベルネルだって答えられるわけがない。


「俺のお袋もいる……」

「わ、私のお姉様も王都に住んでるわよ……どうするの、これ……」


 ジョンとアイナもそれぞれの大事な人が王都にいるようだ。

 突然予期せぬ所から出た王国存亡の危機に震えるが、一体彼等に何が出来るというのだろう。

 空を飛べるスティールでも片道一時間かかる距離を今から行って、どれだけかかる。

 馬車で数時間は要するだろうし、それに仮に王都について何が出来る。

 この城の騎士全員を今すぐに送り込むような事が出来るならば話は変わるが、そんな神業など誰にも出来ない。

 歴代の聖女だってそんな芸当は不可能だ。


「こんな所で俺達で争ってる場合じゃない!

陛下、今すぐにエルリーゼ様を解放して下さい! あの人なら、まだ……!」


 今からでもまだ王都を救えるとしたら、それは現在この城に幽閉されている聖女エルリーゼを置いて他にない。

 だがアイズは弱弱しく首を横に振った。


「解放して……それで、君等が彼女だったら私の頼みなど受けるかね……?」


 確かにエルリーゼならば何とか出来るかもしれない。

 それを可能とするだけの力が彼女にはある。

 だが……どの面を下げて頼むというのだ?

 裏切って幽閉しておいて、いざ自分達が都合が悪くなったからやっぱり外に出て助けに行って下さいなどと……それは虫が良すぎるだろう。

 それで首を縦に振る人間などいるのだろうか。

 頷くわけがない。承諾するはずがない。

 何故ならエルリーゼにとっては、ビルベリ王国は自分を閉じ込める『敵』で騎士達は全員『裏切り者』だ。

 何故そんなものを助けなければいけない?

 助ける義務も義理も彼女にはない。それどころかいなくなってくれた方が都合がいいくらいだろう。


「私ならば助けたりしないだろう……当然だ。救った後にまた掌を返して裏切られて閉じ込められるだろう、と考えるからな……。

一度掌を返した人間など信用されんよ……私はもう、掌を返して彼女を裏切ったのだ。

そんな男の頼みを誰が聞くものか」

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