第二十九話 聖女の行く末(前半)

 ――魔女の正体は先代の聖女。

 ディアスから告げられた信じがたい事実に全員が、疑うよりも先に心の中で否定した。

 いや、否定したかったのだ。

 そんな事はあり得ないと思いたかった。嘘であって欲しかった。

 聖女とは人類の希望だ。光の象徴そのものだ。

 それがもし本当ならば……最悪の未来が想像出来てしまう。


「……で、出鱈目を言うな! アレクシア様が……先代の聖女様がそんな……そんな事……」

「だがもしかしたら・・・・・・、と思っている。違うか?」

「……ッ」


 レイラはディアスの言葉を否定するように叫ぶが、声に力がない。

 ディアスの言う通りだ。

 ずっと前から、本当は違和感を抱いていた。

 魔女と戦った聖女は必ず死ぬ。何故だ?

 魔女は倒されても、しばらくすると別の魔女が現れる。何故だ?

 聖女が誕生する瞬間を目撃した者は何人もいる。引き離されて育てられるが両親だっている。

 だが魔女が誕生する瞬間を目撃した者は一人もいない……何故だ?

 その答えが、今のディアスの言葉で説明出来てしまう。


「そ、それは……アレクシア様だけの例外……なのか?」

「言われずとも分からぬほど、君は馬鹿ではあるまい?

だがあえて教えてやる……全員がそうだ。

かつて私とアレクシア様が倒した魔女も先代の……いや、正確には私達の前の聖女は魔物に殺されてしまっていたから、更に一つ前の……とにかく、聖女の成れの果てだった」


 レイラは無意識のうちに一歩後ずさっていた。

 考えないようにしても最悪の想像がどうしても脳裏を過ぎってしまう。

 あの心優しいエルリーゼが魔女と化して世界を恐怖に陥れる……そんなあってはならない未来が、どうしても脳裏を過ぎる。

 そしてその時、自分はどうするのだろうと考えた。

 ディアスのように主が魔女になっても守るのか? それとも……エルリーゼに剣を向けるのか?


「ショックか。無理もない……私もこの事実を知ったのは前の魔女を倒した後の事だった。

魔女が死ぬと同時に魔女の蓄えていた闇の力がアレクシア様に流れ込んだ。

それでも最初はまだ、アレクシア様はアレクシア様のままだった。

私には何が起こったかも分からず、ただ慌てた。

それでも私はすぐに治療するべきだと考え、大急ぎで聖女の城へ帰った。

アレクシア様を医師団に預けた私は国の王に魔女を倒した報告をして……どうなったと思う?」

「……それは……勿論、全力でアレクシア様の治療を……」


 レイラが希望的観測を、祈るように口にした。

 そうであってほしい、いやそうであってくれ。

 そんな願いを込めた予想は……当然ながら、大外れであった。


「私はその場で、何が何だかも分からぬままに拘束された」

「な……」

「その数日後、私は国の大臣に真実を教えられた。

魔女の正体や聖女の末路……そして、アレクシア様を殺そうとして逃げられたという事……。

奴等は言ったよ。『君は優れた騎士だ。前の聖女の事は忘れて次の聖女を守る為に力を貸して欲しい』とな……。

私は……あえてその提案に乗り、この学園の教師となった……」


 そこまで語り、ディアスは八つ当たりをするように壁を殴った。

 語っているうちに、怒りが込み上がってきたのだろう。

 生まれた瞬間に聖女としての使命から両親と引き離されて、魔女を倒す為だけに育てられ……そして使命を果たしてやっと普通に暮らせると思った矢先に、守ったはずの人間達に裏切られる。

 ディアスは、己の愛した聖女に向けられた仕打ちが許せなくて仕方がなかった。


「私はアレクシア様を守る。たとえ何を敵に回そうともだ」


 強い決意を言葉に乗せ、ディアスが剣を構える。

 だがレイラには構える事が出来なかった。

 ディアスから告げられた事実に、自分が何をすればいいのか分からない。

 魔女を倒して、エルリーゼがエルリーゼでなくなってしまうなら……このまま、魔女を倒さない方がいいのではないかと……そう思ってしまう。

 そうだ。今だって魔女はいるがエルリーゼがいる事で魔女のいない時と大差ないほどに平和が続いているのだ。

 だったらこのまま魔女を残して、エルリーゼにも聖女を続けて貰った方がいいのではないだろうか……そう、浅ましく思ってしまう。


「戦意を失ったか……無理もない」


 ディアスが感情を感じさせない声で言い、そしてレイラを仕留めるべく剣を薙いだ。

 だが直後に剣閃が奔り、ディアスの剣が根本から切断されて宙を舞う。

 やったのはエルリーゼだ。

 魔法で創った光の剣で、ディアスの剣を受けるどころか切って落とした。


「エルリーゼ……!」



 あっぶね~。

 危うくレイラがやられそうになったので、慌てて割って入って何とか学園長の剣をぶった切る事に成功した。

 おいおい何ボサッとしてんのスットコ。

 ちゃんとしゃっきりしてくれよ。


「エルリーゼ……様……彼の言った事は……」

「……事実です。魔女の正体は、前の魔女を倒した聖女……それが、繰り返される魔女と聖女の戦いの正体。聖女が魔女を倒す限り、決して終わらない循環です」


 スットコの質問に答え、キリッと顔を引き締めた。

 終わらない循環って言葉格好よくね?

 まあ俺、そもそも偽物だから循環しないんだけどね。

 俺が魔女倒すと循環せず終わるんだけどね。


「聖女エルリーゼ……歴代最高の聖女か……。

なるほど……私の剣をこうも容易く切ってのけるとは。

その前評判に偽りはないらしい」


 どーも。達人に褒められると嬉しいね。

 まあお前はボコるけどな。

 てめえよくもうちのスットコちゃん殺そうとしやがったな? あ゙!?

 生意気にヒゲなんか生やしやがって。このナイスシルバーが。


「どうやらお前は真実を知っていたらしいな。

では、何故戦う? 戦いの先の末路を知っているだろうに何故」


 お? 何? 今度は俺に精神攻撃?

 ほーん、へー。なるほどねえ。そっちがやる気なら、そんじゃ受けてやりましょうか。

 うちのスットコをレスバで追いつめて戦闘不能にしてくれたみたいだし、じゃあ今度は俺がレスバでお前追いつめたるわ。


「それは、貴方が止めて欲しいと願っているからです」

「……何?」


 必殺、論点すり替え&なすり付け!

 全部お前のせいだYO! と暴論をブチかましてみる事にした。

 ついでにこの際だからゲームの時気になってた事聞いたろ。


「貴方は何故、この学園で騎士を育てたのですか?

魔女を守ると言いながら、その一方で魔女にとって不利となる優秀な騎士を貴方は育て上げている。

授業の内容に手を加えて生徒の質を落とすわけでもなく……レイラのような優れた騎士を輩出している」


 これね。ゲームやってた時から突っ込み所満載だったのよ。

 ゲームでもこいつ、魔女を守るとか言って敵になるんだけど、それなら騎士を育てるなよって話じゃね?

 授業のカリキュラムに手を加えて、わざと生徒の質を落としまくるとかさ、いくらでもやりようはあったわけじゃん。

 なのにそれをせず強い騎士が沢山学園から出てんの。こいつ馬鹿じゃね?

 もうね。やられたいとしか思えませんわ、こんなの。


「貴方は魔女を守りたかった。

しかし一方で、愛していたからこそ……アレクシア様がこれ以上魔女として自分を見失うのを見るのが辛かった。

アレクシア様を誰かに止めて欲しいと願っていた。

……違いますか? ディアス学園長」

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