第二十八話 騎士VS騎士(後半)
アイナを加えたベルネル達は、他のアイナ同様に利用されていただけの者達と共に学園長派を怒涛の勢いで蹴散らした。
勢いは完全にこちらに傾いており、加えて敵はいくら過去に活躍した元騎士といえど、もう歳だ。
その実力は全盛期の半分にも満たないだろう。
だがそれ以上に勝敗を分けたのは、学園長派はどこか……戦いに消極的な事であった。
きっと彼等も本当は自分の過ちにとうに気付いているのだ。
かつては世界を守る為に戦った男達だ。心の何処かで止めて欲しいと思っていたのかもしれない。
だから、まだ生徒に過ぎないはずのベルネル達でも勝つ事が出来たのだろう。
だが最後の一人だけは違う。
学園長……ディアスだけは、まるで衰えぬ実力でレイラと切り結んでいる。
「何故です! 何故、アレクシア様と共に魔女を打ち倒した貴方が!
どうして魔女に魂を売り渡してしまったのですか!」
「売ってなどいないさ、これが私だ。
私が守る者は昔も今も変わらない。私はずっと私の聖女を守っている」
「裏切り者が戯言を!」
ベルネルの今の実力では、剣の残像を追うのがやっとの戦い。
銀の閃光が唸り、剣が衝突する金属音が鳴り響き、円を描くように二人が何度も立ち位置を入れ替える。
僅か一秒の間に三度……いや、四度は衝突音が聞こえ、それがリズムを変えながら鳴り響く。
休む事なく、衰える事なく、響き続ける。
もう何合斬り合った? 何度剣をぶつけた?
少なくとも既に百は超えているだろう。
だというのに二人のスピードは衰えるどころか、ますます加速し続けている。
「レイラ殿! 援護します!」
ベルネル達以外の、利用されていた者達がレイラの援護をしようと走る。
だがこの戦いのどこに割り込める余地などあるというのか。
もしここで、あの戦いに割り込める者がいるとすれば、それはエルリーゼくらいのものだろう。
「ふん、雑魚共が……引っ込んでおれ!
貴様等など何人いようが物の数ではないわ!」
ディアスが剣を薙ぎ払い、雷が訓練室を舐めるように迸った。
近付いていた全員が纏めて吹き飛んで失神し、離れた位置にいたベルネル達も衝撃で尻もちをついてしまう。
そんな中にあってエルリーゼだけはしっかりと立ったまま己の騎士の戦いを見守っていた。
ディアスの薙ぎを跳躍する事で避けたレイラが剣を両手持ちに切り替えて、力任せに振り下ろした。
訓練室の床に剣が刺さり、回避していたディアスがもう一度横薙ぎを放つ。
だがレイラはあろう事か床ごと斬り裂いて、ディアスの剣と自身の剣を衝突させた。
一際大きな金属音が鼓膜を震わせ、レイラとディアスも僅かによろける。
しかし強靭な足腰で床をしっかりと踏みしめ、正面から剣をぶつけて鍔迫り合いの姿勢に入った。
「裏切りだと? 笑わせる。
私達が世界を裏切ったのではない。世界が私達を裏切ったのだ。
君もいずれ知るだろう。そして世界に絶望する」
「何をわけの分からぬ事を!」
「分からぬならばそれでいい。私はただ、アレクシア様をお守りするだけだ」
互いの剣を挟んでレイラとディアスの目が交差する。
ディアスはレイラの瞳に烈火の如き激しさを。
レイラはディアスの瞳に大木の如き静けさを、それぞれ見た。
鍔迫り合いを止めて一度剣を離し、ディアスとレイラが同時に己の獲物に掌を向ける。
ディアスの剣には雷が宿り、レイラの剣には業火が宿る。
雷の剣と炎の剣がぶつかり合い、雷光と熱気が迸った。
レイラの横薙ぎの剣をディアスが身を屈めて避ける。すると訓練室の壁に焼け焦げたような傷が刻まれた。
ディアスの振り上げの剣をレイラは横に避ける。
雷が天井を打ち、白かった天井の一部が黒く染まった。
衝突の度に雷光と火炎が撒き散らされ、訓練所の温度が上がり続ける。
だが二人は退かない。相手の動きを学習して誤差を修正し、より鋭くより正確な攻撃を放ち続ける。
「血迷っているのか? アレクシア様は魔女を倒した時に……」
もう死んでいる相手を守るという矛盾した発言に、レイラが難色を示す。
守るも何もない。既に先代聖女のアレクシアはいないのだ。
名誉を守るという意味かもしれないが、それならばディアスの行動は完全に逆効果だ。
まるで意図が読めない。
「死んだとでも言いたいのかね?
いいや、違う。アレクシア様は生きている。死んだことにされただけだ!」
「な、何だと!?」
「そしてアレクシア様に守られた愚民共は、その恩も忘れてあの方を殺そうとした!
だから! 近衛騎士である私が守らねばならぬのだ!
たとえ世界を敵に回そうと!」
ディアスの口から出たまさかの事実にレイラの動きが一瞬硬直した。
それは一瞬と呼ぶのも烏滸がましい、本当に僅かな一瞬だ。
0.1秒ほど硬直してしまったという、本来ならば隙になるはずもない隙。
しかしそれすらがこのレベルでは大きな後れとなる。
ディアスの剣を咄嗟に受け止めるも、弾かれて壁に叩き付けられてしまった。
そこにディアスが迫り、力任せに剣を叩き付ける。
これをレイラは剣で受けるも、じりじりとディアスに押し込まれていく。
「そ、それは一体どういう……」
「フン……お前の聖女はもう知っているようだぞ?
エルリーゼよ、教えてやってはどうだ? お前の可愛い騎士に真実を話してはやらんのか!?」
更に押し込まれ、剣がレイラの額に近付く。
震える腕で何とか防いでいるものの、体勢は明らかに不利だ。
しかしレイラはディアスの腹を蹴って距離を無理矢理開けさせ、壁際からの脱出をかろうじて成功させた。
そんな彼女に追撃をする事なく、ディアスは眉を下げた薄ら笑いを浮かべている。
それは真実を知らぬ彼女を嘲笑うような笑みであったが……どこか憐れんでいるようにも見えた。
「無理ならば私が教えてやる!
よいか、魔女の正体は――先代の聖女だ!
聖女アレクシア様こそが、お前達の倒そうとしている魔女の正体だ!」
ディアスのその言葉に、今度こそレイラは凍り付いた。
いや、彼女だけではない。
ベルネルも、エテルナも。あのサプリすらも。
エルリーゼ以外の全員が、信じられないかのように凍り付いた。
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