第二十八話 騎士VS騎士(前半)

 あの学園長とアイナと会話を聞いてしまってから二週間が経ち、ベルネルは仲間達と共に学園長一派と対峙していた。

 元々は聖女を守った騎士であり、その功績を認められて学園教師となった者達のまさかの人類への裏切り。その裏切り者達を一網打尽にする作戦に参加した事に迷いはない。

 どうしてこの人達が、という思いはあった。

 だがそれ以上にベルネルにとってはエルリーゼを守る事、彼女の力になる事の方が比重が大きかった。


「聖女様、騙されてはなりません。その男、サプリこそは魔女の手先!

貴女は騙されております!

信じてください! 私の行動、言葉、その全てが聖女様の為です!」

「ええ、信じていますよ。

確かに貴方の行動は全て貴方の聖女・・・・・の為でしょう。

だからこそ・・・・・、私は貴方が魔女の手先と確信しています」


 学園長の言葉に、エルリーゼが落ち着いた声で話す。

 だがその意味はベルネル達にはよく分からなかった。

 学園長の行動が全て聖女の為である事を信じながら、しかしだからこそ魔女の手先? 意味が分からない。

 だが学園長には伝わったようで、彼は顔色を変えた。


「聖女の秘密も魔女の正体も、私は全て知っています」

「なるほど……知っていたか……。

ならば誤魔化しは効かんな……」


 エルリーゼの言葉を聞き、学園長は剣を抜いた。

 一体今の言葉にどんな意味があったのかはベルネルには分からない。

 だが、何か核心に触れる言葉なのだろうという事だけはかろうじて理解出来た。


「聖女の秘密……? 魔女の正体……?

エルリーゼ様、それは一体……」

「レイラ、それは後で話します。まずは目の前に集中して下さい」


 どうやら筆頭騎士であるレイラすら知らない秘密があるらしい。

 それは一体何なのかと考える暇もなく、学園長がエルリーゼへ斬りかかった。

 速い――と素直に思う。

 もう老体だろうに、まるで風が通り抜けたかのようなスピードだ。

 かつて筆頭騎士として聖女を守っていたのは伊達ではない。

 しかしエルリーゼの近くにいるのは今の筆頭騎士レイラだ。

 素早く抜剣して学園長の剣を受け止め、学園長の剣を弾いた。


「ディアス殿! 貴方と言えどエルリーゼ様に剣を向けるならば許さん!」

「レイラ・スコットか……」


 レイラと学園長。過去と現在の筆頭騎士同士の戦いが始まった。

 振るわれる高速の剣は白銀の残像となり、甲高い金属音が断続して響き渡る。

 十字を描くように二人の剣が衝突して火花を散らし、離れたと思ったら直後に剣閃が奔って幾度も衝突した。

 速すぎてまるで複数の斬撃を同時に繰り出しているのではないかと錯覚するほどの剣戟だ。

 達人同士の戦闘だからこそ、互いにまるで指し示し合ったかのように剣がぶつかり合う。

 ベルネルが授業で剣を学んだ時に、あえてゆっくりと木刀を相手に向けて、それを受ける側もあえてゆっくり受けて攻守を交代しながら最善の動きを探すというものがあった。

 技や身体の動きを確認する為に行われるこの鍛錬は、動きから無駄を削ぎ落す目的をもって行われる。

 攻撃側の動きに対し、守備側もゆっくりと受ける。

 この時に無駄な動きがあると、動きがゆっくりであるが故に『見えているのに防御が間に合わない』という事態が発生し、己の動きの無駄を肌で感じることが出来るのだ。

 そして繰り返す事で無駄が削ぎ落され、いくら続けても両者の攻撃が当たらない『動き続ける膠着状態』という矛盾した状態が完成し、そうなった時にこの授業は一つの区切りを迎える事となる。

 レイラと学園長の戦いはまさにそれだ。互いが一切の無駄がない故に互角の戦いとなっている。

 ただし――恐ろしく速い。

 あの二人には世界が止まって見えているとでも言うのだろうか。

 あれだけの速度で攻撃されれば、それを受けるのに要する時間は瞬き一瞬ほどの間もないだろうに。

 だが恐るべき事に二人ともが、その短い時間で最善の動きを瞬時に判断して受けきっている。

 そして攻守を激しく交代しながら繰り返している。

 まるであの二人だけ時間を加速でもさせているかのように、戦いのレベルが違う。


 全員がレイラと学園長の戦闘に呆気に取られる中、エルリーゼだけは別のものを見ていた。

 ベルネルがそれに気付いたのは、アイナの声が聞こえてからだ。

 ベルネルは彼女の事を気にかけてさえいなかった。

 それは決してベルネルが薄情というわけではない。

 この動き続ける戦場で、一人の少女の事を見ている余裕など誰にもない。

 誰もが自分の事で精一杯だ。

 ベルネルは冷たい人間というわけではない。

 ただ、今はそれどころではない。そんな当たり前の心の動きから、アイナを見なかった。

 そして悲劇というのは、いつも『今はそれどころではない』と視線を外した時に起こるのだ。

 それでも、彼女だけは……いつも、どんな時も彼女だけは、誰もが見落としてしまう小さな嘆きを見落とさない。

 それどころではなくても、それでも抱きしめる。


「聖女様……離して下さい……。

私……こんな、こんな事に手を貸してしまって……。

もう、お父様や皆に合わせる顔が……」


 涙で顔をグシャグシャにしたアイナを、あやすようにエルリーゼが抱きしめ、背中を叩く。

 いくら歴代最高の聖女であっても、全てを救う事などは出来ない。

 どれだけ優れていても、人は神ではないのだから。

 それでもせめて、手が届くならば救う。

 救う事が出来る位置にいるならば絶対に見捨てない。

 その、あの日から変わらぬ尊い精神をベルネルは再び目の当たりにした。


「大丈夫です……ちゃんと分かっていますから。

貴女は私を守ろうとしてくれた。

ただ少しだけ、失敗してしまっただけです」

「でも……私……許されない事を……魔女の片棒を担ぐなんて……」

「許します」


 彼女はきっと、自分に向けられたどんな罪でも許すのだろう。

 エルリーゼの声にはほんの僅かすらもアイナを咎める感情はなく、包むような優しさだけが感じられる。

 やがて堰を切ったようにアイナが声を上げて泣き、エルリーゼは自らのドレスが涙で濡れるのも気にせず抱きしめ続けた。


「大丈夫ですよ。みんな分かっていますから。

皆、許してくれます。

そうですよね? ベルネル君」


 エルリーゼがベルネルに同意を求めた。

 それにベルネルは慌てて頷き、仲間達も頷く、

 そして先程まで学園長派と戦っていたはずのサプリ先生は床に這うようにしてエルリーゼの姿を見て「尊い……」などとほざいていた。早く戦いに戻れや変態クソ眼鏡。


「勿論ですよ」

「ええ。そもそもそんな悪い事してないですしね」

「大丈夫だよ、アイナさん。失敗した分はきっと取り戻せるから」


 ベルネル、ジョン、エテルナが笑顔で言う。


「……うん……これから、一緒に頑張ろ……?」

「そうね。貴女が仲間になってくれれば心強いわ」


 マリーとフィオラも、心から同意するように答えた。

 特にマリーは一度手を払い除けられ、卑怯者と誤解されたが、それに対する怒りは一切ない。

 ベルネルとマリーが揃って手を差し伸べる。

 するとアイナは、あの日に一度は振り払ったその手を……今度は、戸惑いながらもしっかりと掴んだ。

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