第二十一話 闘技大会(別視点・前半)
夏季休暇が明け、学園は活気で満ちていた。
年に二度開催される闘技大会は、騎士を志す候補生達にとって絶好のアピール機会だ。
この大会で好成績を残せれば、それは聖女や騎士の目に留まる。
そうすれば騎士として取り立てられる可能性も上がるのだ。
実際、今の近衛騎士筆頭であるレイラ・スコットなどは一年生の時の学年別闘技大会の時点で既に先代の近衛騎士達から高い評価を受けていて、彼等の中ではレイラを騎士とするのは半分ほど決定事項になっていたという。
ベルネルもまた、この闘技大会での優勝を目指す一人だ。
ましてやこの大会はエルリーゼも見ているのだ。決して無様は晒せない。
大丈夫だ、と自分を落ち着かせる。
今日まで積み上げてきた練習は決して裏切らない。ただ最善を尽くすだけだ。
そして始まった大会でベルネルは破竹の勢いで勝ち進んだ。
相手の剣をパワーで捻じ伏せて弾き飛ばし、魔法を避け、ほとんどの試合を一撃で決める。
彼の他にはあの誘拐事件以降友人となったジョンも好成績を残しており、見事ベスト4へ駒を進めていた。
ベスト4に残ったのはベルネルとジョンの他には、父が近衛騎士だというアイナ・フォックス。
そして無名ながら圧倒的技量で対戦者を寄せ付けなかったマリー・ジェット。どちらも美しい少女で、赤と青の髪が対照的だ。
組み合わせはマリーとアイナ、ベルネルとジョンの同性同士での準決勝となった。
まずはマリーとアイナがリングに上がり、武器を持って向かい合う。
獲物はアイナが王道を往くロングソードであるのに対し、マリーは軽さを優先したレイピアを持っている。
無論、どちらも真剣ではない。
学園側が用意した、刃先を潰した武器だ。
こうする事で、生徒同士の財力差による不公平を潰しているのである。
とはいえ、刃先を潰そうが武器は武器だ。
峰打ちだろうが鉄の棒で叩けば、それだけで十分に人を殺せるのと同じように、これも気を抜けば死人が出かねないし、過去には実際に出ている。
故に真剣を手にせずとも二人の表情は真剣そのものであり、張りつめた空気が完成していた。
「アンタの試合は見て来たわ。見事な腕前ね……アンタなら優勝も狙えたかもしれないわね。
ただしそれも、私がいなければの話よ」
「…………」
「私はアンタ達とは違う。誇り高き近衛騎士であるお父様の名に泥を塗らない為にも、こんな所で負けるわけにはいかないのよ」
「……そう」
アイナの父は、聖女に仕える近衛騎士の一人だ。
年齢から、最も聖女の近くにいる事を許される筆頭の座こそレイラに奪われたが、それでも名を知られた騎士である。
故にアイナは、自分こそが近衛騎士筆頭となり、レイラを蹴落として父の無念を晴らすと心に決めていた。
……もっとも彼女の父は、近衛騎士筆頭でなくなった事を別に無念とは思っていないし、むしろ有望な若い世代に任せる事が出来て満足しているのだが……。
そんなアイナの宣言に、マリーは静かに返事だけを返した。
「……それは、凄い事だと思う……けど私も負けない」
「生意気な奴。いいわ、格の違いを教えてあげる」
髪の色のみならず、性格まで対極的らしい。
開始の宣言と同時にアイナがツインテールをなびかせて突撃し、マリーが静かに受け流す。
アイナの剣術はまさに教科書通りの、お手本のような正道の剣だ。
恐らくは幼い頃から父の手ほどきを受けてきたのだろう。
それをマリーは最小限の動きで避け、アイナに手を翳した。
するとアイナの手が凍り付き、動きを阻害される。
慌ててアイナも魔法で炎を出して溶かそうとするも、その隙にマリーが飛び込んでレイピアをアイナの首元へ突き付けた。
「そこまで! 勝者、マリー・ジェット!」
女性同士の戦いは青髪の少女が制した。
手を差し伸べるマリーの手を乱暴に払い、アイナは涙を拭いながらリングを去る。
その背を見てマリーは少しだけ寂しそうな顔をし、そしてまた自らもリングを去った。
二人の後はベルネルとジョンの番だ。
リングに上がり、そして互いに笑みを浮かべた。
「こんな形で戦うとはな。だがお前とは一度やってみたかった」
「ああ。お互い悔いのないように戦おう」
ジョンの言葉にベルネルも好戦的に答え、そして武器を構えた。
ベルネルの武器は両手持ちの大剣で、刀身は1.8mもある。
使いこなすには並々ならぬパワーを要するが、使いこなせば頼りになる武器だ。
そして今やベルネルは、これを使いこなすのに十分な筋力を手に入れていた。
対し、ジョンは双剣。片方は通常のロングソードで、もう片方は短剣である。
本来彼が使うのは、セットで使う事を前提に造られた特注品なのだが、今回はこれで我慢している。
「行くぞ!」
試合開始と同時に、まずはベルネルが仕掛けた。
大剣を振りかぶり、リングに向けて叩き下ろす。
それをジョンは軽快に避けるが、それを読んでいたようにベルネルは剣を薙いだ。
これがここまでの彼の必勝パターンだ。
一撃目で倒せればよし。避けられても必ず左右どちらかにいるので、大剣の射程を活かした薙ぎ払いで確実に命中させてリング外に弾き出す。
だがジョンはそれを跳躍して避け、一気に距離を詰めた。
大剣は強く射程が長いが、距離を潰されてしまえば一気に不利となる。
ジョンの剣がベルネルの首に吸い込まれるように放たれ――ベルネルは上体を大きく逸らす事で回避した。
そのまま驚くべき下半身の強靭さで身体を支え、不安定な姿勢のまま片手で剣を振るった。
これをジョンは転がるようにして避け、距離を開けてしまう。
そこに好機とばかりにベルネルの剣が叩き込まれるが、ジョンは咄嗟に剣をクロスさせて防御した。
甲高い金属音が鳴り響き、衝撃のあまりにジョンの膝が僅かに落ちる。
だがそれでもかろうじて受け止め、二人は力比べの姿勢になる。
「ぐ……この、馬鹿力め……」
「そりゃどうも……誉め言葉として、受け取っておこうか!」
ベルネルが更に力を込める。
このままではジョンが押し負けるのは明白だ。
だからジョンは短刀をベルネルへ投げつけた。
これをベルネルは咄嗟に、身を横に逸らして避けるが大剣の力が弱まった。
その隙にジョンは大剣の下から脱出し、更に刃の腹を蹴る。
するとベルネルの体勢が僅かに崩れた。
「もらった!」
「……!」
ジョンが剣を振り上げる。
それを見ながらベルネルは、自らの足元に落ちている短刀に気が付いた。
先程ジョンが投げたものだ。
それを素早く右手で掴んで大剣を捨て、短刀でジョンの剣を防ぐ。
更に間髪を容れずにジョンの手首を左手で掴み、力を加えた。
「ぐっ……」
ジョンの手から剣が落ち、そしてそのまま足払い。
ジョンを転倒させて、短刀を彼の首へ突き付けた。
するとジョンは苦笑いし、降参とばかりに手を上げる。
「そこまで! 勝者ベルネル!」
勝敗が告げられ、ベルネルが手を差し伸べる。
その手をジョンが掴んで起き上がり、そしてリング上で二人は固い握手を交わして互いの実力を称え合った。
その光景をマリーはどこか羨ましそうに見て、そして先程赤髪の少女に払い除けられた自らの掌を眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます