第二十話 闘技大会(後半)

「決まったァー! 優勝者はベルネルだ!」


 実況の大声が響き、俺も流石にこれには驚いた。

 ああ……勝っちゃうんだ、そこで。

 マジであいつ、自主練ばっかしてたのな……。

 そりゃそうだよな。普通にやってればこの時点で、五人か六人くらいのヒロインとフラグ立てて仲良くなってるはずなのに、未だにエテルナ以外の女が近くにいねえもんな。

 フィオラ? いや、あれはゲームに登場しないからノーカンだろ。

 それにどう見てもベルネルに気があるようには見えない。むしろ何故かモブAと仲がいい。

 ベルネル……お前ほんとに、どこに向かってるんだ。

 お前このままじゃ『ボディビル♂エンド』だぞマジで。

 ちゃんとヒロイン攻略しろよなーお前。

 二股とか三股とかかけて、もっと色々な女の子にいい顔して八方美人やって惚れられろよ。

 かァーッ、情けない。それでもギャルゲ主人公か。


 まあいいや。

 これで闘技大会も終わったし、後はそろそろアイツが出て来るかな。

 5、4、3、2、1……。

 はい来たぁー! ジャンピングして空から巨人が登場し、リングを踏み砕いて登場する。


「フゥー……聖女ハ何処ダ……聖女、殺ス……殺ス……。

オデ……魔女サマニ、褒メテモラウ……」


 第一声からして明らかに脳味噌足りてなさそうなこいつが、今回の中ボスだ。名前はポチ。

 見た目は身長4mほどの狼男。ワーウルフってやつだな。

 全身は黒毛皮に覆われ、首から上が狼でその下は毛むくじゃらの人間体だ。

 これだけならば強そうなのだが、言動が何もかもを台無しにしている。

 こいつは以前に俺が苛めた鬼みたいな猿と同じく、多くの魔物を蟲毒のように殺し合わせる事で作られた大魔だ。

 ……なのだが、こいつはちっとばかり頭が足りなかった。

 犬の忠誠心で魔女には絶対服従だが、逆に言えば魔女に褒めてもらう事しか考えていない。

 その場限りの事しか思考出来ないから、後先なんて一切分からないし『自分がそうした結果後で魔女がどういう不利益を被るか』も一切考えない。

 子犬の頃に甘噛みをしていたら飼い主が喜んでいたから、成犬になっても子犬の頃の感覚で人の手を噛んで怪我させる犬っているだろ。こいつはそんな感じだ。

 要するに魔女は犬を躾けるのが下手くそで、その躾けられていない駄犬を魔物にした挙句に大魔の材料にしたら何かの間違いで生き残ってしまい、大魔のなり損ないが出来上がったわけだ。

 しかも実力も明らかにあの鬼猿に及んでおらず、ちょっと強い魔物レベルでしかない。

 身体中にはよく見ると傷痕があり、これは魔女からお仕置きされたり、他の大魔のサンドバッグにされたりしたせいである。

 まあ要するにそれくらいしか使い道のない役立たずだって事だ。

 それでもこいつは魔女に褒めて貰いたい一心で今回の独断専行に及んだ。

 だが結果的にはゲームではこいつの登場が、『魔女は学園内にいる』疑惑を深めるんだよなあ。

 魔女さんも大変やね。無駄にやる気だけはあって無能な部下なんか持って。

 そんな雑魚助が俺を見付け、そして大股で歩いてきた。


「聖女……殺ス……オデ、褒メテモラウ。

オデ……ゴミ、ジャナイ……」


 はっ。

 バァーカが。お前如き雑魚助が俺に勝てるかよ。

 身の程ってやつを知れや。

 既に魔力強化は済んでいる。お前如きがいくら攻撃しても俺にゃ効かんよ。

 というかバリアも既に張ったから、攻撃したら死ぬのはお前だ。

 俺は余裕を見せ付けるように椅子に座ったまま、負け犬を見るような目で雑魚助を見てやる。

 ふん……哀れな奴め。


「ヤメロ……ソンナ、哀レムヨウナ目デ……オデヲ見ルナアアア!」


 雑魚助が騒ぎ、拳を振り上げる。

 レイラが剣に手をかけるが、その必要はない。

 バリアに触れた瞬間カウンター発動でジエンドよ。


「エルリーゼ様!」


 しかし拳が届く寸前……ベルネルが飛び出し、雑魚助の顔面を剣でぶっ叩いた。

 雑魚助は怯んだものの、顔は斬れていない。

 ちょ……ベルネルお前それ、試合用の刃先を潰した剣じゃねーか。

 そりゃいくら相手が雑魚助でも切れないって。


「邪魔ヲ……スルナアアア!」


 雑魚助が叫んでベルネルに拳を振り下ろそうとするが、その腕をマリーの発射した氷魔法が氷漬けにした。

 さらにベルネルを援護するようにエテルナとフィオラとモブAと変態クソ眼鏡が駆け付け、六人で雑魚助と向き合った。

 何か『皆……!』とか『お前一人にいい恰好はさせないぜ』とか『私達でエルリーゼ様を守ろう』、『私を忘れていないかね?』とか盛り上がってるけど……あの、俺、別に守られなくても自分で自分の身くらい守れるからね?

 てゆーか君らが邪魔しなきゃ、もうそいつ死んでるはずだったからね?

 何か俺が守られなきゃいけない雑魚みたいな扱いされてるようで、腹が立ってきた。

 もう空気読まずにあいつぶっ倒したろかな。

 あ、それいいな。そうしよう。

 というわけではい光魔法ドー……。


「お待ちくださいエルリーゼ様。ここは彼等にやらせてやっては頂けませんか?」


 えー……。

 スットコちゃん何言ってんの? 正気?


「彼等は今、騎士としての役目を果たそうとしています。

ここでエルリーゼ様が終わらせるのは容易いでしょうが……ここは、どうか彼等の心意気を汲んでやっては貰えないでしょうか。

彼等は今、騎士として大きく成長しようとしている……そんな気がするのです」


 それ気のせいだよきっと。

 実際このイベントが終わっても、特にパワーアップとかなかったしさ。

 むしろプレイヤー的には『いいからそんなクソ見殺しにしろ』と思っていた。

 でもまあ他ならぬスットコちゃんのお願いだし、一応待ってやるか。

 といっても、このままじゃどう考えてもベルネルがやばいな。だって武器、試合用だし。

 ゲームだと設定上だけ試合用の武器を使ってる扱いでデータ的には普段使っている武器をそのまま使えるから全く問題なかったんだが、その辺はゲームと現実の差ってやつかね。

 つーわけで、武器くらいはプレゼントしてやるか。

 はい土魔法ドーン! 地面の中の成分やら何やらをチョイチョイと弄って、硬くて軽い金属にして、それを剣の形に変えた。

 ほれ使えベルネル! 十秒で適当に作った玩具だから返さなくてもいいぞ!


「ありがとうございます、エルリーゼ様!

これなら……いける!」


 剣を手にしたベルネルは凄い勢いで雑魚助を追いつめていく。おおすげえ。

 感心しながら見ていると、何故かこちらを見ているレイラの視線に気が付いた。

 ん、何? どしたん?


「あ、いえ……何でもありません」


 何だ、変なスットコだな。

 それはそうと、戦いはどうやら終わったようだ。

 ベルネルと愉快な仲間達は見事に雑魚助を倒したようで、雑魚助が倒れている。

 もうこいつの呼び名は負け犬でいいかな。


「魔女様……オデ……魔女様ノ為ニ、ガンバル……頑張ルカラ……。

マタ……オデヲ、抱シメテ、クダ……サ……」


 いや無理だろ。

 だってお前モフるにはでかすぎるもん。

 悪いな。俺、小型犬は好きだけど大型犬は怖いから嫌いなんだ。

 ギリギリで柴犬が限界かな。それより大きいのはもう無理。

 それにこの毛もどうせゴワゴワしてんだろ?

 ……お? おお? 何だ、意外にフワフワしてんなおい。

 これなら案外モフれそうだな。むしろこんだけでかいんだし、絨毯代わりに使えそうじゃね?

 案外大型犬も悪くないかもしれん。モフモフモフ。


「エルリーゼ様……この怪物は……」


 レイラが不思議そうにしているが、恐らく『大魔にしてはこいつ弱過ぎね?』と思ったのだろう。

 なので俺は皆に、こいつは大魔のなり損ないのようなものだと教えてやった。

 ついでにこいつが元々はただのワンコロで、ただ褒められる事しか考えてないアホって事もバラしてやった。

 勿論俺が元々知っているとおかしいので、推測という形で話したけど。


「魔女……サマ……」


 あ、お前まだ起きてたの。

 もう寝てていーよ。お前なんかが寝たって、どうせ誰も怒らんから。

 はいおやすみ、おやすみ。

 そう言うと、負け犬は静かになった。

 さて、周囲の目もあるしそろそろモフるのは止めておくかな。

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