第十三話 理想と現実(後半)

「とある事情により、この学園で皆様と共に学ぶ事になりました、エルリーゼと申します。

短い間ですが、皆様よろしくお願いします」


 青天の霹靂。

 日常という雲を裂いて予想外という名の霹靂雷鳴が届き、晴れた大空に蒼天を見た。

 まさかの聖女転入……この嬉しすぎるサプライズにサプリは興奮し、歓喜した。

 この自分が、自分が! 彼女と同じ空間にいる事が出来る!

 そして間近で見る現実は、やはり彼の理想を容易く踏み越えた。


「そこの方……少し体調が優れないようですが……。

……はい、これで大丈夫です。

……え? お礼ですか? そのお言葉だけで十分です。私がやりたくてやった事ですから」


 廊下ですれ違っただけの、緑髪の少女の病を事も無げに完治させた。

 サプリもその生徒は知っている。

 リナ・トーマス……座学はともかく、実技の成績が致命的に悪い生徒だ。

 どうも心臓に病を抱えているようで、少し激しく動くだけで動けなくなってしまうらしい。

 そんなハンデを抱えて尚、この学園にいる時点で彼女の優秀さは疑う余地もないが……だからこそ惜しい。

 並みの回復魔法では心臓の病を治す事は出来ない。

 それを完治させるには貴重な薬が必要だ。

 マンドラゴラ、ドラゴンの羽の皮、グリフォンの毛。

 そうした貴重な素材を集めなけば作れない薬は、代金の高さよりもまず、そもそも作る事自体の難しさから入手出来ない。

 素材がまず手に入らない薬など、そうそう作れるはずがない。

 サプリが思うに、彼女は自らが強くなることでそれらを集めようとしていたのだろう。

 生き延びる為に一縷の望みをかけて、強くなろうとしたが……残念ながら間に合うはずがない。

 いや、仮に一人前の騎士になっても素材を集めるのは難しい。

 それが……どうでもいい小さな病と同じように、呆気なく完治させられた。


 感動に打ち震えて泣き崩れる少女を、聖女が優しく抱きとめる。

 身長は緑髪の少女の方が上だったが、それはまるで幼子を優しくあやすような光景だ。

 尊い――そう言い残し、男の精神は塵となった。

 …………。

 彼が放心から立ち直った時、既にそこに聖女はいなかった。

 それをサプリは心底惜しんだが、しかしそれ以上の感動が彼の心を支配していた。

 ああ……嗚呼! 世界は自分が思うよりもずっと美しく、光に溢れていた。

 現実は理想を凌駕した!

 彼女が何故この学園に来たのかは分からない。

 だがきっと、何か深い理由があるはずだ。

 ならば全霊でそれを支えよう。全力で手伝おう。


 サプリ・メントは人知れずそう誓い、そして恍惚とした表情で天を拝む。

 その姿は有体に言ってとても気持ち悪く、廊下を歩く生徒達に避けられていた。



 リナちゃんって意外と着痩せするタイプなのな。役得役得。

 今もまだ残っている温もりと胸の感触に浸りながら、俺は廊下を歩いていた。

 とりあえず、まず一つ目の問題は解決した。

 その辺フラフラしてたら病弱少女のリナさんを発見したんで、サクッと辻ヒールして治しておいた。

 この世界の医者ってあの程度の病気治すのに貴重な材料無駄使いするんかい。

 まあお陰で俺はいい思い出来たけどな。

 俺のイケメンヒールで病気を治されたリナちゃんが泣き崩れた時、俺はチャンスと思ったね。んで、これ幸いとばかりに抱きしめた。

 後は頭を撫でてやったりして、あやすフリをしながら堪能するだけってわけだ。イヒヒヒ。


「あ、エルリーゼ様」


 お。これはこれは、主人公のベルネル君とメインヒロインのエテルナさんじゃありませんか。

 今日も仲良く一緒に歩いていて微笑ましいですなあ。

 安心しろ、俺は爆発しろなんて思ったりしない。

 何故ならベルネルはプレイヤーの分身。つまりは俺の分身。

 なのでベルネルがエテルナとイチャコラするというのは、俺がエテルナとイチャコラするって事だ。

 暴論だって? でもギャルゲーってそういうモノだろ?

 主人公に感情移入して、主人公を通して疑似恋愛を楽しむ為のものじゃないか。

 だから俺はベルネルに嫉妬しないし、むしろ全力で手伝う。

 ハッピーエンドを迎えて末永く幸せになれやコラ。そんで俺を尊死させろ。

 ところでエテルナちゃん、何か元気ない? どうした、何か心配事か?

 何かあるならいつでも相談に乗るぞ。


「……っ、だ、大丈夫……です」


 ん~? 何か元気ないけど本当に大丈夫か?

 ベルネル君、もしかしてまた放ったらかしにしたんちゃう? これ。

 筋トレばっかしてないで、ちゃんと好きな女の子のケアくらいしないといかんよ君。


「自主トレは……続けてますけど、今はそればかりやってるわけじゃないですよ。

それに俺が好きなのは…………あ、いえ。

それより気になっていたんですけど、どうしてエルリーゼ様はこの学園に来たんですか?」


 お。やっぱそこ気になる? 気になっちゃう?

 んー、どうしよっかなあ。教えてあげようかなあ。

 まあええわ。教えてあげるけど、これ他言無用だぞ。

 そう前置きして、俺はこの学園に魔女がいるかもしれないと教えてやった。

 まあ魔女に関してはこの二人も無関係じゃないどころか、バリバリ当事者だからね。

 早い段階で知っておいて、警戒出来るようにした方がいいだろう。


「魔女が……! この学園に!?」


 まあ驚くわな。

 とはいえ、下手に場所を教えると何するか分からないので場所はまだ分からないという事にしておいた。

 本当はとっくに分かってるんだけどな。

 魔女にはじわじわと追いつめられる恐怖を教えてくれる。ぐへへ。

 さあ、怯えた顔をこの俺に見せるのだ。

 普段強気で高慢なラスボス系悪女の怯えた泣き顔とか、それだけでご飯三倍はイケる。


「……魔女」


 しかし何故か、エテルナが怯えた顔をして後ずさった。

 おん? 何でそこで君が怯えるの?

 ああ、いや、そっか。そりゃ学園に魔女がいるなんて聞いたら怖いわな。

 でも安心してくれ。君達の平和は俺が守る。

 そう、俺は魔女を倒して君達を守る為にここに来たのだから(キリッ)

 大丈夫大丈夫、魔女なんて俺にかかれば多分ちょちょいのちょいだから。


「…………っ!」


 そう言うと、何故かエテルナは顔色を青くして逃げてしまった。

 あ、あれ? 俺何かやっちゃいました?

 助けを求めるようにベルネルとレイラを見るも、二人共わけがわからないという顔で首をかしげている。


 ……?

 ……わけがわからないよ。

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